西が丘高校生徒会の非日常 ~或いは文妻VS生徒会長~ ⑮
……ハズだった。
「ちょっと待て鷲津。確かに私の優勝なのは間違いないだろう、だが、何故、文妻がペアなのだ!」
「そうだ、ペアでゴールしたのは、俺と千里……矢羽のはずだぞ。なんで嬉ヶ谷と俺なんだ!」
はいはい、と言わんばかりに両手を広げて、鷲津は二人をなだめる。
ここは保健室。派手にこけて怪我をした二人は、『優勝は生徒会長文妻ペア』と発表された直後に、抗議の声を上げながら運び込まれたのであった。
二人とも制服が酷く汚れたので、今はジャージ姿で、隣同士のベッドに腰掛けて鷲津を挟んでいる。
「今一度ルールを確認していただきたい。自由参加、事前のエントリー申告なし、男女ペアで、そういうことだったはずですが」
「……たしかに」
「そうだった、な」
「そして、必ずペアで到着すること、そしてペアのどちらかがターゲットを所持してゴールしたと判定された時に勝利者が決まると、そういうことでもあったはずです」
会長も文妻も無言で頷く。
「ひるがえって見て、まず会長がペアであると主張する影山副会長については、あの時点でゴールはおろか、校庭にすらたどり着いていません」
「う、うむ」
会長は渋面で頷かざるを得ない。
「そして、文妻くんがペアであると言う矢羽千里さんについては、ほぼ同時にゴールにたどり着いたことは確認されています。が、文妻くん、矢羽さんの双方ともに、ターゲットは所持していませんでした」
「ま、厳密にいうとそうなるか」
文妻もそれは認めざるを得ない、と言う顔で頷く。
「しかして、ターゲットを所持していた会長と、最初にゴールした男子であった文妻くんが、ペアとして成立することになります」
「いやだがしかし」
「でもだなぁ」
「それにですな」
結論になおも反論しようとする二人の言葉を完全にさえぎって、鷲津は決定的な台詞を吐いた。
「客観的に見て、ペアであると認めざるを得ないような状態でゴールしたのですから、これはもう議論の余地など無いと思いますが?」
会長は、顔を真赤にしてうつむき、黙り込んでしまった。
文妻も、会長のその反応を見て頭を掻きながら窓の外に視線を送る。既に日はとっぷり暮れていて、暗い窓に映った自分の表情を見ることになってあわてて視線をそらす。
「ま、そういうわけで、判定は覆りません。よろしいですね」
ろくに返事をする隙も与えずに、鷲津はニヤニヤ笑いながら保健室を後にした。後にはこの上なく気まずい雰囲気が残される。
文妻はベッドに横になって、会長に背を向けた。表情を見られたくないのはお互い様だろうと思って。
しばらくの沈黙の後、常からは考えられない小さな声で、会長が文妻を呼ぶ。
「あの、だな。結果は結果として、きちんと礼は言っておきたい。助けてくれてありがとう、嬉しかった」
背を向けたままで文妻は返事をする。
「結果そうなっただけだ。現に俺は千里をゴールに待機させてたんだしな」
「そうじゃない。あの場で、私は箱だけ奪われてもしょうがないと思っていた。でも文妻は、私ごと抱えて助けてくれた」
「あれは、どうせ箱だけ持ってこうったって渡しゃしないだろうと思ったからな。丸ごと運んでって、嬉ヶ谷ごと所有権を主張すれば勝てるかと思ったんだが」
「私の……所有権?」
ものすごく微妙な言い回しをしてしまったことに気がついて文妻は振り向いてフォローしようとする。
「い、いや、所有権ったってそういう意味じゃなくてだな、ってどういうもこういうも、意味なんかはその、そのままの意味でだな」
慌てる文妻を見て、会長はぷっと吹き出す。文妻も、しどろもどろで言葉に詰まったところでつられて吹き出した。
「ま、ともあれ、優勝は私たち、ということらしいから、文妻も希望をどうするのか決めておけ」
「こうなったらかなり微妙ではあるがな。とりあえず嬉ヶ谷、予算削減はやめとけ。俺まで恨まれそうだ」
情けない表情で言う文妻に、会長は苦笑する。
「あぁ、やらないことにする。つい勢いで言ったが、私も恨まれるのはごめんだからな」
「それがいい」
頷いて、文妻はまた背を向けて寝転がった。
先ほどよりは心地良い沈黙が流れて、また、会長は口を開く。
「なぁ、文妻」
「ん?」
また背を向けたまま返事をする文妻。
「以前、文妻に、私が嬉ヶ谷忍であることを憶えていてもらえなくなるぞ、と言ったよな」
「あぁ、確かに言った」
「それで、あれから私もいろいろと考えた」
口調が改まった会長の声音に、文妻は自然と起き上がって向き直っていた。
「それで?」
「今まで、私自身が、『会長』であることにこだわりすぎて、『嬉ヶ谷忍』であることを忘れていた。会長になる前、自分は、肩書きの前に、個人であるべきだとそう思っていたはずなのに。だが、私もまだまだ未熟だから、今の『会長である私』は、そう簡単に変えられないと思う。だけど、任期が終わるまでに、『嬉ヶ谷忍である自分』も、いろいろな人に知ってもらえたら、とそう思う」
「たいした進歩だ」
声音に純粋な賛辞をこめて文妻は答える。
「ま、嬉ヶ谷なら、その気になりゃ簡単だと思うぜ」
「そうか」
「あぁ」
くすぐったそうな笑顔で賛辞を受け止めた会長は、思いつき顔で、ぴんとひとさし指を立てた。
「そうだ、これからは私も文妻を名前で呼ぶとしよう」
「は?」
話の脈絡のなさに、文妻の口が半開きで固まる。
「今のところ、私を苗字で呼ぶのは文妻だけだからな。だったら私も対抗して、他に誰も使っていない呼び方で文妻を呼びたい」
「いや、意味がわからん。そんなことで張り合う必要はねぇだろ」
「いいじゃないか。それとも文妻は自分の名前が嫌いか?」
笑顔で問い掛けられて、文妻は顔をしかめる。
「そういうわけじゃない。ただ、なんか慣れないだけだ」
「だったら慣れるのだな、
こうして、生徒会長『皇帝』嬉ヶ谷忍と、『部活ジプシー』文妻京司郎の学園祭は幕を閉じた。まだ片付けなければならないことは多々あるにせよ、それはまた明日からのお話。
後日談。
結局、文妻の希望は、調理研究会の会費増額となった。土壇場で裏切られた格好となった矢羽が大層へそを曲げたからである。聞いた会長は大層呆れ、本当にいいのか確認しにいったが、憔悴した表情の文妻を前にして何も言わなくなった。
会長本人は、予算減額、折衝中止を撤回し、部活、委員会関係者を安堵させた。結果、エキシビジョンで最も激しく会長と敵対した運動部も含め、ほぼ据え置きで確定しそうである。特に柔道部、野球部、サッカー部、ラグビー部の各部長は、据え置きなら折衝に及ばず、と文書で回答した。会長自身の希望については本人が全く言及しないため、そのまま棚上げにされている。
男女部長で組んで参加した空手部は、空しく箱を探し回るだけで競技の終了を向かえた。女子部部長、上坂は、あとで顛末を聞いて文妻へのしごきを誓ったらしい。
優勝をかっさらわれて茫然自失していた矢羽千里は、結果として希望が叶ったのでおおむね満足している。しかも、耳元で囁くだけで文妻が大凡何でもいうことを聞く魔法の言葉まで出来たので満足この上ないようだ。
困ったらこう言えばいい。『お姫さま抱っこ』、と。
なお最近、会長はこんな事を周囲に言って、文妻をうんざりさせているそうだ。
「私の次の生徒会長は、文妻に決まりだ」
嬉ヶ谷忍、文妻京司郎は来年四月で三年生になる予定である。
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