西が丘高校生徒会の非日常 ~或いは文妻VS生徒会長~ ⑭

 最終チェックポイント、本校舎一階、校庭側昇降口。そしてゴールは、校庭の最奥部テニスコート。校舎内での争奪戦は危険だと放送したこともあり。実行委員会はこの校庭での争奪を意図してコースを決めたのだろう。

 そして、文妻は校庭の中央付近に、矢羽はゴール直前に陣取って、会長のお出ましを待ち構えていた。既にゴール場所の情報が漏れているらしく、少なくない人数が、やたらと広い校庭に点在している。

 待つこと十五分。既に秋の日は西に傾き切ろうとしており、校庭は薄闇に覆われていた。やがて昇降口付近からざわめきが聞こえたかと思うと、小柄な人影がダッシュで飛びだす。そして、タイミングよく校庭にナイター照明が点灯されて、追うもの、追われるものの姿が明るく浮かび上がった。

『実行委員会よりお知らせします。ターゲットは全てのチェックポイントを通過しました』

 短く全校放送が入る。

 校庭に待機していた、参加メンバーが、進路を塞ぐように集まりだした。

 小柄な人影=会長は、後方からの人影を振り切りつつあったが、その分前方の待ち伏せ組への対処が遅れてしまった。コースを変更も出来ず、ラグビー部、サッカー部、野球部を中心とした人波に飲まれかかる。

「つかまるものかよ!」

と言葉だけは勇ましく、華麗なフットワークでかわし続けるが、手の中の荷物と、何より広い校庭を走りつづけている消耗がそろそろ重くのしかかり始めていた。

 見ていた文妻も会長に近づいていく。

 野球部員のスライディングをジャンプでかわし、ラグビー部員のタックルを紙一重で避ける。そこにサッカー部員が横合いから箱に手を伸ばし、それをかわそうと体を捻った会長が何かにけつまずき、派手に転んでふっ飛んだ。誰もが、掛け値なくこの場にいる誰もが本気で会長を捕らえ、箱を奪おうとしていた。

 文妻も駆け出す。会長の元へ。

 痛みをこらえる表情の会長の前に立ちはだかる文妻。ようやく立ち上がった会長は、目の前の人影が文妻であることを確認すると、走ろうとして痛みによろめく。

「嬉ヶ谷」

文妻は手を伸ばした。箱にではなく、会長その人に。一瞬驚きの表情を浮かべ、それでも会長は文妻の手をふりきり、よろめいて走り出そうとして痛みに顔をしかめた。

「このバカが」

 文妻が声をかけると、会長はまた、あの不敵な笑みを浮かべてなおも自力で前進しようとする。後ろには、絶望的に迫る運動部軍団。

 次の瞬間、文妻は強引に会長の手を取って引き寄せると、その小柄な身体を小脇に抱えて走り出した。

 あっけに取られて一瞬止まる後続集団。しかし、すぐに立ち直って追いかけだす。

「文妻ぁ!」

「裏切り者ぉ!」

などの叫びが背後から迫る。そして小脇に抱えられた会長も脚をばたつかせて抗議する。

「ばかもの、文妻、降ろせ、おーろーせー!」

「あほか、今降ろしたら、あいつらに追いつかれて一巻の終わりだぞ、おまえは」

「いいから、このままじゃ、スカートがめくれちゃう」

 その言葉に驚いて小脇の会長の顔を見ると、真っ赤な顔でこっちを見上げて来た。

「文妻」

 懇願するような表情に、文妻は頷いてみせた。

「よし、わかった」

 一瞬安堵の表情を浮かべた会長は、直後、文妻に器用に、小脇から両腕の中に抱きなおされてあっけに取られた。いわゆる、『お姫さま抱っこ』の体勢にされたのである。

「ちょっと、文妻、何をする!」

「これならスカートもめくれまいよ。舌噛むから黙ってつかまってろ」

「いやだぁ、降ろして、こっちの方が恥ずかしい」

 会長の抗議は、今度こそ完全無視。転んだ拍子にすりむいたらしい会長の膝の傷に顔をしかめながら、文妻は二つの大荷物をものともせずに、運動部軍団の追跡を振り切ろうとする。

 後ろも見ずに一心不乱に走る文妻の胸の中で、会長が後ろを見て叫び声を上げる。

「文妻、右だ!」

 反射的に声にしたがって右に避けると、後ろから飛びかかろうとしていた誰かがよろめいて倒れる。

「もう一度右!」

 今度は大きめに避ける。ラグビー部員らしき人間の手の先が脚にかする。ゴールまでもう少し。

「左!」

「ほいよ!」

「右に!」

「あらよっと」

 もう目の前にゴールのテープ。そこで上がる、会長の絶望的な悲鳴。

「卑怯者! 三人がかりか!」

 飛びこんで脚を狙う。もう避けようがない。会長が倒れる衝撃に備えて身を硬くしたその時、文妻は、ゴールに向かって飛んだ。伸ばされた三人の腕をすり抜け、空中で横様に回って背中から着地をする。衝撃を押えきれずに地面と擦れて、テニスコートのポールと激突して、二人の身体は止まった。視界の片隅で、ゴールラインをまたいで入ってくる矢羽の姿を認めて、今度はまだ腕の中の会長の顔を覗き込む。

「無事、か?」

 まだ箱を抱えたままで会長は体を確かめる。

「なんとか、ね」

 柔らかく微笑んで、身軽に立ち上がった会長が手を差し出した。文妻は素直にその手を取って立ち上がる。

「ゴ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ル!!」

と、そこで声が響いた。見ればメガホンを持って、鷲津がコールしている。

 走ってきた方に向き直り、他の参加者がへたり込んでいるのを見て、またゴールへと向き直る。そして、箱を投げ出した会長と文妻はどちらからともなく、ハイタッチを交わして笑い合った。

 後夜祭エキシビジョンは、こうして、最高の盛り上がりで幕を閉じた

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