西が丘高校生徒会の非日常 ~或いは文妻VS生徒会長~ ⑬

 そのまま第二のチェックポイントも過ぎて、このまま何事もなく最終チェックポイントまですむのかと思われた、第三チェックポイントのすぐ近く。

 チェックを済ませて体育館から出てきた会長の目前に、柔道部部長の姿があった。そして、後ろから襟締めにされている影山の姿も。

「会長、その箱をこっちに寄越してもらおうか」

と、柔道部部長が口を開く。襟締めにしている腕に少し力が入る。会長は呆れたように、犯人と人質の姿を見遣って、一つ溜息をついた。

「面目次第もありません」

 影山が、さほど済まなそうでもない口調で謝ると、会長はふん、と鼻を一つ鳴らした。

「ま、カゲマルが謝る必要はないな。謝るとしたら」

 すぅっと、視線を細くして柔道部部長を見遣る。

「この私に人質などという手段が通じると思っているその愚か者の方だ」

「ややや、やかましい。その箱を寄越さないと、こいつがどうなっても知らんぞ」

「ほう、どうなると言うのかな? そいつをどうにかしてみろ。お前はもっとどうにかなることだろうな」

 気圧されないように必死に気を張ってるさまが丸わかりの柔道部部長だが、どうも初志を貫徹する気は満々のようで、影山を決して離そうとはしない。

「ふん、やり始めた以上、後に退けるか!」

「そうか、ならせめて、前のめりに倒れるようにしてやろう」

 その悲壮な覚悟を鼻で笑い飛ばす会長。

「とはいえ、こんなものを持ったままというわけにもいかんな。文妻」

 突然名前を呼ばれたにも関わらず、文妻は驚いた様子もなく前に出てくる。

「へいへい、荒事だったらお断りだぜ」

「誰も貴様にそんなことは期待しておらん。ちょっとこれを持っていろ」

 と、既にサイレンが鳴り止んだ箱を手渡す。周囲の全員が、唖然とした。

「あいよ」

 と、受け取った文妻も、おとなしく箱を抱えて成り行きを見守っている。矢羽を含め、誰もが『持って逃げないの?』と視線で語りかけているが、我関せずである。

「さて、身軽になったことだし相手してやろうか」

「な、何だってそいつには渡して俺には渡さねぇんだ!」

 当然の疑問である。会長はまたも鼻で笑って

「それは、おまえが卑怯者だからさ!」

と答えて構えを取る。そこに、

「スト~~~~~~~~~~~~ップ!!」

 と、割って入ったものがいた。すぐそばのチェックポイントに待機していた実行委員である。その眠たげな目つきの眼鏡の女生徒は、外見に似合わぬ大声を上げて二人の動きを止めると、すたすたと割って入って、まだ影山を締め上げたままの柔道部部長の額に、大判のスタンプをぺたりと押した。

「はい、あなたは失格です」

「え?」

 凍りつく一同。柔道部部長の額には、『失格』と鮮やかに朱色が踊っている。

「今回のイベントルール、直接争奪以外の妨害禁止に抵触したため、失格とします~。今後ターゲットをゴールまで運んだとしても、無効になります~」

 ゆっくりと額に手を当てて、鏡文字になった『失格』を確認した柔道部部長は涙目でその場にくず折れた。

「せ、洗濯機購入の夢が……」

 そう言えば、柔道部は道着のにおいが酷くて、運動部共同購入の洗濯機の使用から外されたんだっけな、と箱を抱えたままで文妻は思った。多少気の毒ではあるが、会長にこんな真似が通用すると思った時点で負けだったのだからしょうがない。

 ようやく開放された影山が、構えを取ったポーズのまま固まっている会長に歩み寄る。

「いや、ご迷惑をおかけしました」

 そこで初めて、会長は我に帰った。

「まったくだ。余計な手間をかけさせおって」

 まさに振り上げた拳のやり場がなくなったわけだが、特に気にした風もなく、実行委員に向き直る。

「よく場を治めた。感謝する」

「はい~。でもあのまま暴力をふるっていたら、会長も失格になるところでしたよ~?」

 のんびりとした口調で、実行委員が指摘すると、会長は渋い表情になった。

「うむ、まぁそれも当然だな。それも含めて感謝する」

 あらためて会長が言うと、女生徒はにっこりと笑って辞去した。会長の視線は、今度は文妻に移る。

「文妻」

「ほいよ」

 名を呼ばれただけで、あっさりと箱を返す文妻に、周りが驚愕の視線を送る。

「んじゃ、続きだな」

「うむ」

 そして、何事もなかったかのように会長が歩き出す。やや呆然としていた一同もその後にぞろぞろ続いて歩き出した。

 後に、文妻と矢羽が残る。

「まったく、人がいいのだか、悪いのだか」

 矢羽が苦笑しながら文妻を見る。

「ま、性格は悪いよな。とりあえず、チェックポイントとゴールの場所は見せてもらったから、大名行列に参加する必要はなくなった」

 にやっと、笑って文妻は矢羽を見る。

「それでは、待ち伏せに変更しますか」

「了解」

 矢羽も、文妻にそっくりの笑顔で頷いて、肩を並べて歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る