西が丘高校生徒会の非日常 ~或いは文妻VS生徒会長~ ⑪

 一方、文妻の勘は静かに当たっていた。

 既に開始から一時間。最初適当に歩き回って探していた会長は、探したところをマーキングしようと思い立ち、校舎の白地図のある生徒会室に戻ってきたのだが、その奥、いつも座っている席の机上に、があった。

「…………おい」

「誓って何も知りません」

 会長の言いたいことを先回りして、影山が答える。

「とは言え、これは仕込み以外のなにものでもないではないか」

 写真の通りの木製、金具と見えたところは一部を除いてプラスチック製で、よく見るとチープなつくりのそれは、長い一辺が四十cm程度の大きさであった。

「意外と大きいな。隠して運ぶのは難しそうだ」

 と、ぽんぽん箱を叩いたところで、会長の携帯が鳴る。着メロはモーツァルトのレクイエム、ディエス・イレ(怒りの日)。一瞬驚いた会長だったが、すぐに応答する。

『いやぁ、無事に見つかったようですね』

「貴様っ、鷲津か」

『はい、鷲津です。とりあえず、会長がまず見つけてくれないとゲームにならないところでした。他の一般生徒はまず入ろうとしない場所ですからね』

「というかだな。貴様一体何を考えているのだ。こんなところにあったら、委員会と生徒会の癒着が疑われかねんだろうが」

 会長が当然の指摘をするが、鷲津は平然とした返答をよこす。

『ですね。ですから、見つからないように慎重に持ち出してください。見つかったら、困るのは会長の方でしょうから』

 まるで、脅迫犯と電話しているような錯覚を覚えながら、会長は声を荒げて携帯ごしに鷲津に詰め寄る。

「要求は何だ鷲津」

『いや、要求と言われましてもですね。とにかく、このイベントが盛り上がってくれればそれでいいんですよ。あ、そうそう。中に地図があります。チェックポイントは順不同でいいですが、必ず全部通ってからじゃないとゴールしても無駄ですから』

「なに?」

 視線を送ると、心得た影山が箱を開き、蓋に貼り付けられた地図を見つけて会長に見せる。それには四つのチェックポイントと、ゴールの位置が明記されていたのだが……。

「待て。学校中を走り回る破目になるようだが?」

『そのように作りましたから。第一発見者がそのままこっそりゴールできるようじゃ盛り上がりませんよ。あ、あとひとつ』

「何だ。まだあるのか?」

 飄々とした鷲津の口調に苛立ちを覚えながら会長は先を促した。

『箱の底にあるボタンを押してください。一応それもゴールの条件の一つになります』

 何の変哲もない押しボタンが、箱の底についている。見るからに怪しいのだが、条件と言われれば押さざるを得ない。

「押したぞ」

『はい。あと一分ほどで、箱からサイレンが流れるようになります』

「なんだとーっ!!」

『発見場所を悟られたくなかったら、早くそこから移動してください。あと、サイレンが流れ出したところで、全校放送で箱の発見を伝えますのでよろしくお願いします。では、幸運を』

 鷲津からの着信は唐突に切れた。

 はたで聴いていた影山には今ひとつ状況が理解出来ていない。

「会長、よろしければ、ご説明願えるでしょうか」

 ぎろり、と影山をにらんで、会長は口を開いた。

「時間がない」

 と、地図を示す。

「チェックポイントとゴール」

 次は箱の底を指差す。

「あと三十秒ほどでサイレンが鳴る」

「サイレン、ですか?」

 地図はともかく、サイレンの意味がわからない。

「鷲津の嫌がらせだ。ともあれ、すぐに出るぞ。ここで発見したなどと知れたら大変だ」

 各チェックポイントとゴールの位置を確認してから、慌しく生徒会室を出る。

 本校舎四階の廊下を移動し始めたところで、間の抜けた救急車のようなサイレンが、箱から流れ出した。当たり前だが割りと音量が大きい。音を聞きつけた生徒が何事かと集まってくる。その内の誰かが

「あ、ターゲットの箱だ」

と、指差して叫んだ途端、スピーカーから、実行委員会ジングルが流れ出した。

『後夜祭エキシビジョン参加者にお知らせします。ただいま、ターゲットが発見されました。ただいま、ターゲットが発見されました。なお、追加ルールとしてターゲットの輸送の際、四ヶ所のチェックポイントの通過がゴールの条件となります。チェックポイント、ゴールとも、ターゲットに記載してありますので、ご確認ください。なお、ターゲットが各チェックポイントを一度通過していれば、新たな所有者がチェックポイントを通過しなおす必要はありません。また、校舎内での争奪は危険が伴いますのでご注意ください。以上、実行委員会からのお知らせでした』

 なんとなく、宙に彷徨っていたその場一同の視線が、終了のジングルと同時に、会長の手元の箱に集まる。

「カゲマル、ゴールの場所は憶えているな?」

「無論です」

「ではそこで落ち合おう。私は」

 刺さる視線に圧力さえ感じながら、会長は箱を頭上に高々と差し上げた。

「逃げるっ!」

 そのままダッシュをかけた会長に、進路上の者がつい避ける。

「会長だ~! 箱は、会長が持って逃げたぞ~!」

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