西が丘高校生徒会の非日常 ~或いは文妻VS生徒会長~ ⑧

「あいつはアホか」

 二年A組の教室で、呆れたように、もう一方の当事者である文妻は呟いた。

「うまく乗せられて、敵を増やしてどうするんだ」

「でもまぁ、条件としちゃ文妻も似たようなもんだろ」

 傍らの南周が苦笑する。

「会長からの妨害だけ気にしてればよかったのに、宝箱持った途端、誰もが敵に回るんだぜ」

 うげ、と文妻は声を上げた。

「そうか、そいつは気がつかなかった。ターゲットが向こうに集中する分楽になるんじゃないかと」

「んなわけないだろ。それに、おまえにゃ会長より不利な点が一つある」

「不利?」

 文妻が繰り返すと南周は呆れたように溜息をついた。

「気がついてないのか。パートナーだよ。会長は影山と組むだろうがな。おまえは心当たりがあるのか?」

 顎に手を当てて考えだす文妻をよそに、学園祭三日目の開会宣言が高らかに放送された。


 とりあえず、文妻が求めなければならないのは、完全なる勝利、である。必要なスペックは、足の速さと戦闘力。と、なると、自然文妻の足は一人の人物の元に向かうことになる。

「あら文妻」

「よう、上坂。ちと相談があるんだが」

 運動部連合の屋台村。その中央付近にある空手部の焼きそばの屋台前で、文妻はかるーく手を上げて、女子空手部部長、上坂陽子を焼きそばの鉄板前から呼び出す。

「わかってるわよ」

 文妻の顔を見れば不機嫌になる常に比べて、実に穏やかかつ、さわやかな笑みを浮かべて上坂は頭の三角巾を外した。軍手で汗を拭う。

「エキシビジョンの件でしょ?」

「わかってるなら話が早い」

「それがねぇ」

 上坂は、なんとも楽しくてしょうがない、という顔付きでにっこりと笑う。

「残念なんだけど、深江と空手部合同チームを組むことに決まっちゃってんのよねぇ。深江がそう言うから」

「え? 確か上坂から提案があっ、ぶほ」

 傍らにいた深江は、顔面への裏拳一発で黙らされる。

「まぁ? お互い長い付き合いでもあるし? 困ってる文妻を見捨てるのもなんだし? 文妻がどーぉしてもって言うなら、深江はうちの部員と組ませて、私が文妻と組んでもいいのだけれど?」

 腕組みした上に上から目線の上坂の表情は、この上ないドヤ顔であった。『文妻に貸しを作れる! しかも正々堂々と!』という内心が透けて見えるどころか駄々漏れである。

 文妻としては正直癪には触るが、背に腹は換えられない、と頭を下げようとしたその時、

「あ、ごめーん。ちょっとこいつ借りるね?」

という声とともに強引な力が腕にかかり、空手部の屋台前から引っ張り出されてしまった。

「ふぁ? え、あれ、ちょっと? 文妻?」

 事態についていけない上坂が呆然と見送る先で、文妻は矢羽千里に腕をとられて引きずられていた。

「……もったいつけたりしなければ、よかったんじゃないかなぁ」

 しみじみと言う深江に振り向いた上坂は、涙目で唸り声を上げた。

 

 一方の文妻は。

 ぐいぐいと引っ張る矢羽に人気のない廊下まで連れて来られた。

「千里? ちっさとー? ちーさーとー? 千里さん?」

 無言で、投げ捨てるように壁側に追いやられた文妻は、これまた常にない迫力の幼馴染に、おずおずと話し掛ける。

「えっと、申し訳ないんだが、俺、割りと忙しいんだが」

 と、文妻が言い終わるか終わらないうちに、矢羽はびしっと指を突きつけながら詰め寄ってきた。

「調理研、見捨てるんじゃないでしょうね」

「……は?」

 何を言われたのか理解できないまま、文妻は間の抜けた声を上げる。

「うちの唯一の男子部員なんだからね、あんたは。だから、調理研を見捨てるなんて真似は許さないって、そう言ってんの」

「つまり、俺と、エキシビジョンに出ると?」

 こっくりと矢羽が頷く。

「あんまおすすめできないぞ? 一応注目選手だから、間違いなくつぶしに来られるし」

「それでも、あんた以外に出る当てなんかないんだからしょうがないでしょ。それにわたしだって、今でこそおとなしくしてるけど元々陸上部だからね。走るのは得意」

「おとなしく、してるか?」

 文妻のツッコミを、痛そうにない拳を振り上げることで黙らせてから、もう一度指を突きつける。

「それで、どうするの? 出てくれるの?」

「異存はありません……」

 文妻は、降参、とばかりに両手を軽く上げた。

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