西が丘高校生徒会の非日常 ~或いは文妻VS生徒会長~ ⑤

 同日の昼休み。

 文妻のクラスである二年A組へと赴くと、文妻は不在だった。聞き込んだところによると、どうやら大勢の客が押し寄せたため、屋上で昼食を摂っているらしい。

 途中の自販機でパックのコーヒー牛乳を買った影山は、本校舎屋上へ移動した。

 鉄製の重い扉の前に立つと、なにやら騒がしい声が聞こえる。首をかしげながら、がらりと開けて見ると、すぐわきで、文妻を中心として四、五名の生徒が車座になって座っていた。よく見れば、金曜に文妻に先立って呼んだメンバーばかりである。

 最初に気がついたのは正面に座っていた文妻だった。

「よう、治也。よく来たな、と言いたいところだが、あまり歓迎したい雰囲気じゃない」

「だろうね」

 集中するメンバーの視線を感じながら、影山は溜息混じりに返事をした。

 皆が皆、やや険しい、というかしらっとした視線を射込んでくる。中でも、女子空手部部長、上坂陽子の視線はかなり険悪だ。正直、すぐにでも帰りたかったが、用事を済ませないわけには行かなかった。

「おまえらな。繰り返しになるが、今回のことは勝手に俺の名前を名簿に載せたおまえらにも責任の一端があるんだからな。治也に敵意を向けるのはお門違いって奴だぞ」

 そう言って文妻は、影山に座るように促した。

 どうやらここまで、その件でだいぶやり取りがあったらしい。文妻の一言でだいぶ場の空気が和らぐ。

「ま、それはそうだね。それに、どっちかっていうと、影山くんだって会長のぎせ……被害者みたいなものだし」

 最初に口を開いたのは、文妻の幼馴染でもある調理研の矢羽千里。なにか、すごい言い間違いをしかけていたようだが、しれっと流す。

「今回の失敗は、事前にどこの部活が文妻の名前の使用権を得るかを協議しなかった点にある。来年はこの失敗を教訓にして、きちんと話し合いを行うことにしよう」

 茶道部部長、千山宗孝の提案に、文妻と影山を除く全員が、うんうんと頷く。

「待て待ておまえら、俺の意向も少しは汲みやがれ。あとな、俺だって来年は三年なんだぞ。予算折衝の名簿提出時期には引退してるだろうが」

「するんだ、引退」

「引退するのか」

「引退する、ねぇ」

「引退するですって?」

「引退ねぇ」

 頷いた全員が、異口同音同然に言う。

「おまえらなぁ」

 憮然とする文妻を囲んで、一同の笑い声が響いた。

「と、まぁ場が和んでるところで申し訳ないんだけどね、会長から伝言があるんだ」

 その一言で場の空気がまた一瞬で尖ったものになる。

「とりあえず会長は、こないだの文妻くんの言葉にも感じ入るところがあったらしくてね、一理あると言ってた」

「へぇ、あの会長がねぇ。文妻ったら、どんな風に丸め込んだの?」

 ややジト目の上坂に、文妻は首をかしげる。

「いや、どうだろ。後々感じ入るような雰囲気で終わったとは思えんのだが」

「で、まぁ、ここからが本題なんだけどね」

 気が重いなぁ、と思いながら、影山は口を開く。

「文妻には是非、その心意気、というか、叩いただけの大口を実力で示してもらいたい、と会長が」

「なんだそれは」


 会長の提案は、間近に迫った学園祭の後夜祭において開催されるエキシビジョンイベントでの対決だった。勝者となれば、生徒会の権力の及ぶ範囲でなんでも一つ願いをかなえよう、ただし敗者に用はないぞ、と。

「ほほぉ」

 話を聞いた時点で、既に文妻は半分くらい乗り気であった。が、周りの人間は首をかしげる。

「いや、でもよ、生徒会が行事を仕切る以上、そのエキシビジョンイベントだって、いくらでも生徒会有利なルールに出来るんじゃねぇか?」

 南周がもっともな疑問を呈すると、影山が答える。

「今回は学園祭実行委員会に完全に任せることにしたから、その点は大丈夫だと思う。正直、そのエキシビジョンイベントの内容すら、委員会外部には極秘だからね。それに、会長はその辺のインチキは沽券に関わると思ってるだろうからやってこないと思うよ」

 一同、それぞれ思うところがあるのか、納得できるのかしかねるのか曖昧な表情を浮かべる。

 ひとり文妻だけは、含み笑いをしていた。

「クックック、なるほど、欲しいものがあれば実力で取りに来いと、そう言うわけだ、嬉ヶ谷は」

 全員の視線が集まるや否や、文妻はすくっと立ち上がって、生徒会室の方角にびしっと指を突きつけた。

「いい度胸だ、吠え面掻かせてやるぞ、嬉ヶ谷ッ! は~っはっはっはっはっは!!」

 呆れ顔の全員の胸の中で、図らずも『似たもの同士』という考えが浮かんでいたことを知る者は誰もいなかった。

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