文妻先輩とわたし(占い研(予定)篇)

「学内有名人の運勢を勝手に占う、『ユゴス宮川の星に訊け!!』のコーナーがやってまいりました」

 いつものとおり、自前のデジタルビデオカメラが回ってる事を確認して、わたし、ユゴス宮川こと、本名、宮川みやがわ由比香ゆいかはしゃべり始めた。

「第三回目の今回は、少し変わった有名人の運勢を占ってみたいと思います」

 流石に三回目ともなればカメラの操作もなれたもの。的確にセルフ撮影も出来るようになった。……ってまぁ、手伝ってくれる人もいないんだけど……。

 今回の目的の人物は、この廊下の角を曲がったすぐそばにいることは既に確認済み。初回みたいにオープニングを入れてから延々探し回るようなドジはもうするもんか。

「こんにちは~、占い研究会の、ユゴス宮川です~」

 怪訝そうに振り向いたのは、今回のターゲット、人呼んで部活ジプシーの文妻先輩。

 ここであたしは、またカメラを自分に向けて台本どおりにコメントを言う。

「今回は、こちらの二年生、文妻先輩の運勢を占ってみたいと思いま~す」

 カメラを一旦止めて先輩の方を見ると、物凄い勢いで眉を寄せて、わたしを見つめていた。

「と、いうわけで、占い研究会なんですけど、運勢占わせてください」

「占い研究会? そんな部活あったか?」

「むむ、流石は部活ジプシーの異名をとる文妻先輩ですね。実はまだ非公式の団体でして、こうして、ビデオ番組を作って実績を上げて、正式認可を取ろうと思ってるんですよ」

 にっこりと、スマイルで応じるわたし。

「ふーん、そう。…………一人?」

「……はい」

 先輩ったら、興味なさげな顔で、痛いところをついてくるなぁ。

「そっか、じゃまぁ、がんばってな」

「はい」

 にっこりと応じるわたしにひらひらと手を振って歩き出す先輩。わたしはその背中をじっと見送って……って違う!

「あ、あの、先輩? ですから、運勢占わせて欲しいんですけど……」

「いや、いらん」

 ちらっとわたしを見た先輩の言葉は、なんともにべもないものだった。

「え~なんでですかぁ?」

「俺は占いとか信じてないんだ」

 真っ向から存在意義を否定するし。わたしは少々むきになって訊き返した。

「どうしてですか?」

「だって、非科学的だろ? 血液型占いなんか、あれを信じてたら人類の運勢が四つに決まっちまうって事だぞ? おかしいだろうが」

「わたしの占いは、血液型だけじゃなくて、生年月日とか、星座とか、姓名判断とかを使った総合的なものですから、あんな簡単なものとは違いますよ。ばっちり、先輩個人の運勢が占えます。非科学的だなんてことないです」

 自信を持って言うわたしの言葉に、先輩の眉間のしわが深くなる。

「あのさぁ、その星の配列とか、名前の画数がどう運勢に影響するのかってのが、科学的に説明出来ないだろ?」

「それを説明するのが、占いの科学ってものなんですよ。第一、先輩の言う科学的ってどういうことを指すんですか?」

 だんだんテンションが上がってきたわたしに、人差し指をびしっと突きつけられた先輩は、少し考え込んだ。

「そうだな、再現性があるってことかな。誰がやっても同じ結果が出ると、そういうこと。でも、占いってのは占い師によって結果が変わるじゃないか。再現性がない」

「それは、人によって違う理論に基づいてやってるから生じるんです。わたしの理論で占えば毎回同じ結果になります。再現性があるでしょ?」

「んじゃその理論が正しいって保証はあるのか?」

「それは、占ってみればわかりますよ」

「その手に乗るか」

 ……ちっ、流石にだてに年上じゃないな。でも、どうしてこんなにむきになって否定するんだろ。

「えっと、名前なんていったっけ?」

「宮川です。ユゴス宮川。本名でしたら、宮川由比香です」

「ふん、じゃぁさ、みやがー」

 はい?

「ちょっと、先輩、今なんて言いました?」

「みやがー」

「なんですかそれは」

「あだ名」

「そ、それはわかりますけど、なんで?」

「宮村ってののあだ名が『みやむー』なんだから、宮川のあだ名は『みやがー』だろ?」

「ちょ、やめてください、そんな琉球料理みたいなあだ名」

「そりゃミミガーだろ。まぁともあれだ、みやがー」

 わたしが嫌がってるのを見て、軽く笑みさえ浮かべながら畳み掛ける文妻先輩。おのれ~負けてたまるかっ。

「この際、自分を占ってみろ、それが信じられるようなら占われてやろうじゃないか」

「えっと。占いでは、自分を占うのはタブーなんですよ?」

 その言葉を聞いて、にやりとする先輩。

「ほほぉ。再現性があるのなら、被検体としては自分が一番適してると思うんだが、何故自分を占うのがタブーなのかな?」

 ふっふっふ、それで弱点を突いたつもりですか、先輩。

「それは、自分に関する事に対しては、主観が入るので観測誤差が生じやすいんですよ。科学にだってあるじゃないですか。先入観によって観測の結果を誤って取ったりする例が」

「ふむ、なるほど。んでは、みやがーの占い理論が正しい事を、客観的に証明する術は今のところないわけだな?」

 むむむ。そう来ますかぁ。

「まぁ、ほら、確かに科学万能なんて言われて久しい世の中ですけど、そればっかりじゃロマンてものがないじゃないですか。ここは一つ、ロマンに触れましょうよ、先輩」

「言ってることが矛盾してるぞ」

 やっぱりごまかされないですか……でも、ほんと、なんだってこんなにむきになって否定するのかなぁ。

「ね、先輩、減るもんじゃ有りませんし、ただで占いますし、悪い運勢だからって壺売りつけたりしませんから……」

 あ。なるほど。なんとなくわかったぞ、先輩がここまで占いを嫌がる理由。

「もしかして」

 声色の変わったわたしに、何かを見て取ったのか、余裕のあった先輩の表情が一瞬こわばった。やっぱり、思ったとおり?

「先輩、悪い結果が出るのが怖いんですか?」

 ひくひくひく、と引きつる表情。幽霊の 正体見たり 枯れ尾花って奴? なんか違うかな。

「そんなことはないぞ。そもそも信じてないんだからな」

 すごく無理している表情をのぞき込むと、先輩は微妙に視線をそらした。

「文妻先輩?」

 にやり、と口元が動いたのが自覚できた。

「えっと、用事を思い出したので失礼する。また今度な、みやがー」

 早足で立ち去る先輩を、わたしは間髪いれずに小走りで追いかけた。

「待ってくださいよ、先輩~。大丈夫ですよ、先輩はきっと、強運の持ち主ですから~。占わせてくれないと、研究会が、発足、できなくて、困るじゃ、ない、ですか~」

 叫びながら走るのって結構大変。だんだん息切れもしてきたところで、遥か先の角をくるっと曲がる文妻先輩。

 と、叫び声と悲鳴が上がって、誰かが倒れる音がした。

 少し遅れて角に着いたわたしが見たのは、倒れる文妻先輩と、それと衝突したらしい二年生の女子の先輩だった。えっと、この人は確か、調理研究会会長で、文妻先輩の幼なじみらしい、矢羽千里先輩、だったかな?

「ちょっと、なんだって廊下を走ってるのよ、危ないじゃない」

「いや、わるい、千里。ちょっと事情があってな」

 謝りながら手を差し伸べて矢羽先輩を立たせた文妻先輩は、わたしが追いついてる事を確認すると、眉間を人差し指で押えて溜息をついた。

「さ、文妻先輩、覚悟を決めてください」

 にっこりと、多分やや邪悪な笑みを浮かべたわたしの顔を見ると、文妻先輩は覚悟を決めたような表情をして……手をつないだままになってる矢羽先輩を前に引っ張った。

「そうだ千里、お前占いとか好きだったよな」

「え、あ、まぁ、うん」

「そうかそうか、大好きかそれはよかった。この子はな、みやがーといって、占い研究会をたった一人で立ち上げて、正式認可をもらおうと孤軍奮闘している健気な子でな」

「え、あ、そ、そう」

「そのために、いろんな人を占って実績を作っているのだそうでな、今回は特別にただで見てくれるし、運勢が悪くても壺とか売りつけたりはしないそうだから、この際お前見てもらったらどうだ」

「そ、そう? それじゃ見てもらおうかな」

「うん、そうしろ。それじゃ、みやがー、折角なのでこいつを見てやってくれ。じゃぁな」

 物凄い勢いでまくし立てた文妻先輩は、あっけに取られたわたしと、良く事情を飲み込めていない矢羽先輩を後にして、あっという間に去っていった。

 なんとなく目を合わせてぎこちなく笑みを交わすわたしと矢羽先輩。

「えっと、みやがーさん?」

「ユゴス宮川です」

「宮川さん、ね。相性占いとか、出来るかな?」

 えぇえぇ、この際お引き受けしますとも。

 胸に宿る敗北感を隠して、わたしはにっこりとうなずいた。

 おのれ文妻先輩、いつか必ず、あなたを占ってやるからな~~~~!!


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