文妻と私(調理研篇)

 料理は愛情、とか言うけれど、結局、決定的な技術の不足は愛情では補えないのよね。

 と、いうわけで、西が丘高校調理研究会は、会長のわたし、矢羽千里やばねちさとと、三人の部員で日々技術の向上に努めているのでありました。

 今日のメニューはスパゲティ・ポモドーロ。

 本当はパスタから手打ちでやってみたいけど、放課後の活動時間ではとても間に合わない。

 せめてソースはきちんと作るのがせめてもの意地、ってものね。

 ……まぁそりゃ、レトルトのソース暖めてかけるだけじゃ調理って言わないし。

 オリーブオイルで玉ねぎを炒める香ばしい匂い。そろそろトマトを入れてもいいかな?

「さつきちゃん、ホールトマトちょうだい」

「は~い」

 一生懸命缶詰のトマトを潰していた、一年生のさつきちゃん、えーっと、南山みなみやまさんが、ボウルを渡してくれる。

 玉ねぎは火が通って半透明、頃合はばっちり。

 フライパンにホールトマトをあけると、独特の、酸味を帯びた香りが調理室に広がった。

 うーん、たまんないね。

「パスタ、そろそろ上がるよー」

 煮立ち始めた頃合で、同じクラスの鈴城量子すずしろりょうこから声があがる。

 このあたり、絶妙のタイミング。気が合ってないとなかなか出来ないよね。

 パスタを上げて、お湯を切り、フライパンのソースとからめる。

 変な力をいれずに、軽く手首で振るのがコツ。このあたりは、小学校時代から積んだ年季の違いって奴ね。

 テーブルに並んだお皿の数を確認して、綺麗に五等分で盛り付けて完成…………

って、おい。

「やぁ、美味そうだなぁ」

 盛り付けられた五枚目のお皿を、実にいい笑顔で見ているのは、わたしの生まれた時からの腐れ縁だった。

「毎度いいタイミングで現れるねぇ、文妻くん」

 量子がにっこりと笑いながら、椅子を用意する。

 ほんと、毎度毎度良すぎるタイミングで現れるもんだわ。

「はい、文妻先輩、フォークです」

 サラダの盛り付けを終えた、もう一人の一年生、君川利恵きみかわりえちゃんがフォークを差し出した。

「あぁ、悪いねぇ、君川さん」

 はにかむように微笑む利恵ちゃん。元々かなりの引っ込み思案なこの娘がこれだけ慣れるんだから、どれだけ顔を出してるのかわかろうってもんだよね、まったく。

「別にけちけちするわけじゃないけどさ、調理研って、ごはん食べに来るところじゃないんだからね。たまには出来上がる前から顔出しなさいよ」

「いやそれが、美味そうな匂いがしてから思い出すんだよなぁ」

 悪びれずにそんなことを言うのに、わたしは呆れた溜息しか出ない。

「まぁまぁ、いいじゃないの。なんだかんだ言ったって、文妻くんが来た時は、食後のお世話は任せっきりなんだからさ」

「それはそうだけど……」

 量子がウインクしながら言うのに、不承不承うなずきながら、わたしも席についた。

 文句言ってるうちに冷めたりしたら、目も当てられないしね。

「いただきま~す」

 全員で唱和して、早速熱々をいただく。パスタのゆで具合といい、ソースの味付けといい、なかなか絶品じゃないかなぁ、これは。

「いやぁ、これは美味いぞ、千里。お金とって出せるんじゃないか?」

「口に入れたまましゃべらないでよ、もう」

 まぁ、誉めてくれたのは嬉しいけどさ。

「文妻先輩、サラダはどうですか?」

 利恵ちゃんが期待を込めた視線を送る。すっかりなついちゃってまぁ。

「うん、これも美味しいねぇ」

 顔を真っ赤にしてうつむく利恵ちゃん。この子は免疫ないんだから、間違っても毒牙にかけられたりしないように、わたしが気をつけてないとね。

「利恵ちゃん、こいつは何食べたって美味しいって言うからお世辞程度に受け取っておいたほうが良いわよ。でも、このドレッシングはよく出来てるね。美味しいわ」

「だろ? それとな、俺はわりと味にはうるさいほうだぞ。何喰っても美味しいとか言ってるワケじゃない」

「そう? だって、わたしは少なくとも、何か食べてまずいって言ってるのを聞いた事ないけどな」

「そりゃ、俺の周りがみんな料理上手なだけのこった。お前も含めてな」

 ……………う、あ、えっと。

 そ、そりゃあね、小学校のころから積んだ年季ってものがありますからね、上手にだってなろうってもんですよ? ええ。うん。

「顔、赤いけど」

「え、ぅ、あ、う、うるさいな量子」

 いやなニヤニヤ笑いを浮かべながら、肘でわたしをつつく量子に小声で反撃するわたし。

 そうこうしてるうちに、みんな食べ終わって一休み。

 一人、てきぱきと食器を片付けているのは……

「いつも悪いねぇ、文妻くん」

「いやいや、鈴城。ご馳走になってるんだから、これくらいは当たり前ってもんだ」

 きちんとまとめた食器を手早く洗って乾燥器に並べる。こういうとこマメだ。でも、食後のお任せはこれだけじゃないんだよね。

 ポットにお湯を沸かして、人数分のカップを用意する。勝手知ったる調理室って感じで、この当たり実に手早い。

 そう、こいつ、他に取り立ててとりえがないんだけど、コーヒーを淹れるのだけはやたらと上手いんだよね。インスタントだけど。

「まぁ、レギュラーだって淹れられるけど、ここサイフォンないしな」

 そんなことを言いながら手早く淹れたコーヒーを、カップに注いで配る。いい香り。

「あーもう、なんていうか、文妻先輩のコーヒーも、すっかり欠かせなくなりましたねぇ」

 とろんとした目でカップを抱えるさつきちゃんと、その言葉にうなずく量子。

「あ、先輩、実は、ケーキ買ってあるんです」

 ぱたぱたと、冷蔵庫とテーブルを往復する利恵ちゃん。出てきたのは、ベイクドチーズケーキが一ラウンド。なかなかやるなぁ。

 美味しいコーヒーと美味しいケーキが演出する楽しい一時で、今日の調理研は活動終了。

 って、こういうのも自前で作らないといけないんじゃないかな、ホントは。


 帰り道。

 家が近所だから方向が一緒なのは、まぁ、毎度の事だししょうがないんだよね。

 今日は、以前から疑問に思ってたことを訊いてみようかな。

「あのさ」

「ん?」

 なんだか気が抜けそうな、ふなり、とでも表現するのが良いような笑顔で振り向いた。

「調理研。よく来るけどさ、なんで?」

 一瞬、怪訝そうに片眉をぴくっと上げたけど、また元の笑顔に戻って、

「だって、今、千里の料理食えるのそこだけだろ?」

などと言う。…………まったく。

「え、あ、う、うん。そうだね」

「だから顔出すんだよ。まぁ、言われた通り、今度は出来る前に顔出すようにするよ」

「あ、う、うん。そうして」

 なんだか、バカになったみたいにまともな返事が出来ない。

 訊かなきゃ良かった。

 ううん、訊いて良かった、かな。

「また、さ」

「うん?」

「コーヒー、ごちそうしてね」

「あぁ」

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