第6話 第2の難所
「おはようございます」
珍しくフィリップさんが店番を外れ、誰もいない受付には古参の巡回者ローデンが、巡回予定路を出しに来ていた。
「ん、なんだシルバの坊ちゃんか。次はどこへ行くんだ?」
「次はシナログの森です」
ローデンに巡回予定路を書き込んだ紙を見せた。
シナログの森はフズヤグから、北に400マイトの地点にある針葉樹の森、最果てに一番近い巡回地点だ。最果ての人たちがわざと撃ち漏らした
「ハッハッハ、その年で難所ばかりとはたいしたもんだ」
ローデンは何がおかしいのか、自分の太もも叩きながら笑った。
「ローデンはどこへ?」
「俺はズノール雪原をひたすら歩くだけだ。たまには難所の応援に呼ばれたいもんだね」
ズノール雪原はシナログの森からもほど近い。
ローデンの実力ならいつも応援に呼ばれているはず。
「僕の応援はいらないよ」
「そうだといいな。なんだ予定順路はもう書き終えたのか?」
「7日分だけだから」
僕が箱に予定順路を提出すると羨ましそうにしながら、ローデンは自分の予定順路をたてていく。
ズノール平原は2か月分の巡回予定経路を立てて提出する。ローデンが面倒そうにするのはよくわかる。
「シナログの森はお前が来る前にシュピが巡回し終えて帰って来たところだ」
シュピの年は僕が10歳の時にフズヤグに来た。その時は期待の新人だった。最果て行きが、今最も近いと噂されている。
「どうだったって言ってました?」
シナログの森は、意図的に作られた難所で、最果てからの挑戦状であり、最果てで自分が通用するかを確かめられる場所でもあった。
シナログの森は、1週間で巡回する。回る箇所は40箇所。3日間は寝ずに歩き続けなければ間に合わない。失敗した場合は最果てから応援が来て顔を覚えられる。
「最近最果てに行った新人がしょぼいのか、
「気を付けます」
「それが懸命だろう。今は確かタリスが回ってる。お前と行きですれ違うだろう。派遣される頻度が少し早い気がする。良くないことが起こる前兆だ、気をつけろよ」
ローデンはどうやら予定順路を書き終えたのか、ペンを受付に転がした。
「歩き続ける理由を忘れるな。また会える事を願ってる」
ローデンは箱に提出し終えると、リュックを背負って巡回に出ていった。
「ローデンは行っちまったかい?」
「はい、さっき出ていきましたよ、ロジェさん」
フィリップの奥さんであるロジェは、花柄の皿にのせた、出来立てホヤホヤのクリッシュを受付に置いた。
「せっかく好物の温かいクリッシュを焼いて来てやったのに。コル、あんたにやるから無事に帰って来るんだよ」
「僕がもらっていいんですか?」
クリッシュは祝い事の日にしか食べない。ローデンはなんの祝をすっぽかしたのか、実にもったいない。
「いらないならやらないよ。あたしも食べたい出来なんだ」
ロジェさんは皿を取り上げ後にそらした。
「欲しいです」
「素直でよろしい、持ってくだろ?」
ロジェさんは銀紙でクリッシュを包んで僕に渡してくれた。
「ありがとうございます」
ひと口ほうばると、パイ生地のサクサクした食感とカスダードクリームの甘みが口の中に広がった。口の中の幸せの味を舌に刻みこんだ。大切にクリッシュを食べながらフズヤグ出発した。
「やぁ、コル。独り立ちおめでとう」
「ありがとうございます。巡回お疲れ様でした、タリスさん。シナログの森はどうでした?」
巡回者のタリスさんとすれ違ったのは、シナログの森まで残り120マイトの地点だった。タリスさんの服とリュックは
「シナログの森は酷い数だったよ。覚醒者の私でも全て倒しきれなかった。今はククリスが回ってる。引継ぎの時に声はかけたんだが、返事はなかった。コルが着く頃には会えると思うけど。ククリスは変わってるから、何も聞けないんじゃないかな。ホントに数が多いから気をつけるんだよ、コル」
「はい、ありがとうございます」
タリスさん微笑にはの元気がなかった。かなり無理をしたに違いない。
帰りの食料は充分だからと、3日分の保存食を譲り受けた。
巡回者どうしの引き継ぎ、情報交換は重要だ。それだけで巡回が成功するか失敗するかが決まることもある。
ククリスという巡回者を残念ながら僕は知らなかった。引き継ぎの時に話を聞けるとありがたいが、面識のない相手に過度に期待しないことにした。面倒見の良いことで有名なタリスさんが、変わってると言うのだ、余程の相手だ。
シナログの森に着くと自分の知っている空気と違った。雪と森の澄んだ空気ではなく濁ってる。
予定より早くついたのでククリスという巡回者を森の外で待ってみたが、会うことはなかった。
「会わないなんて何かおかしい」
森に入る前に、地図を広げ巡回石で
「浄化が終わってない? 」
「ここのルートは駄目。こっちからそこをまわってと」
ククリスという巡回者はまだ巡回中なのか、それとも戦闘で死んだのか、休んでいるのかわからないが、これ以上時間を無駄にはできないので、地図をしまった。
森から吹きねけてくる異様な風の誘いを肌で感じながら、1つ目の浄化地点を目指した。
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