第5話 シルバ・クロイツ

 右に敵、左にも敵、正面にも敵、後方にも敵、敵敵敵敵敵敵敵敵。


「起きろ、起きろコルニット」

 師の呼ぶ声で目が覚めた。

「移動するぞ」


 師に不浄石バゴットの群れの中に突き落とされた翌日、無事に生還した、くたくたな僕を、師は巡回へといざなった。


「すぐに行きます」


 巡回を終えると師の浄化水が切れたので、フズヤグから星の命マナのある内地の神殿まで帰還するっことになった。

 師と一緒に内地に赴くのは、これが2度目である。内地には、今も安全に人々が暮らしている。食べなれた凍った干し肉ではなく、焼き立てのパンの香り、甘い果実のジャム、ふわふわの宿のベット、北の果てでは考えられない生活が待っている。巡回者にとっては至福の時だ。


「内地で宿はとらないぞ」

「え?」


 師は僕の脳内を覗き見たのか、絶妙なタイミングでそう言った。

 浄化石に水をため込むには最低でも1日はかかる。内地のどこかで宿を取るのが通例であった。


「内地に着いたら、お前はひとりで東の果てまで1年以内に行ってこい。俺はその間に内地で用事を済ませておく」

「師はいいですね、内地に2年ですか」

「東の果てまで一度行っておかなくては、弟子として最果てに連れていく許可がおりなくてな。文句を言うな、早く帰ってきたら自由にしていい。それとも最年少記録を塗り替える機会を逃すつもりか?」


 東の果ての最年少記録はシルバの持つ10歳と2か月、僕は今8歳と1か月だ。東の果てにたどり着くだけでいいなら、1年もあれば余裕で着くだろう。

 内地までの道のりは、東の果てまでの最速ルートを地図を見ながら考えた。少しでも早く帰って、内地の食べ物を食べたり、自由の時間が欲しかった。


「巡回者のシルバ・クロイツだ。浄化石に水を汲みに来た」


 いつもは白い光を放っている師の浄化石だったが、水が切れてからは光を放つことはなかった。


「どうぞ、お通りください」


 門番が許可を出すと、重厚な門が金属の軋む音と一緒に扉が開いた。


 門が上がりきると前方の神殿まで続く緩やかな坂の一本道が続いていた。道の脇には、レンガで囲われた色とりどりの花が咲く花壇、整えられた芝生に木々、北では見ることのでいない景色が神殿の敷地内には広がっていた。

 


 神殿は天井から光が差し込んでいるロトンダと言われる円形の建造物で、階段を降りながら師はこの建物について詳しく話始めた。


「この神殿は2000年以上前の建物だ。祖星石を守るために建てられた。お前もひとり立ちをしたらここに水を汲みに来るようになる。道を覚えておけ」


 師は迷うことなく神殿の中を進み、地下へと進む階段を降りて行く。


「ついたぞ」 



 小さな部屋の半分には水が薄く張られ、奥に行くほど深くなっていた。

 

「ここが星が眠る部屋ですか?」

「そうだ、この泉の地下深くに星が眠っていることになっている」


 師は祭司たちはそれを星の命マナと呼んでいるが、師はあれは違う物だと言った。


「では、星はどこで眠っているのですか?」

「さぁな、だれも知らん」


 来た道を戻り、師は管理者の祭司たちに明日の夜に取りに来ると告げて神殿を出た。


「準備はいいか?」

「大丈夫です。必要な物はすべて持ちました」


 北を巡る装備からすると、いかばかりかは軽かった。師がいつも持っている巡回石の杖を片手に、砂塵舞う東の大地の果てを目指した。


「飛ばしすぎて、帰りにへばるなよ」

「気を付けます」


 師はにこやかに僕を見送った。


*


 コルニットを東に遠ざけた翌日の夜、シルバは巡回石を神殿の泉から取り出し、丁寧に水をふき取ると、いつものように首にかけず、布製の紫色の袋に入れた。シルバは大祭司に袋を預け神殿を後にする。


「弟子はどうした、シルバ」

「東の果に行かせました。これで失礼します」

「星の加護があらんことを」


 大祭司に深く頭を下げシルバはその場を去った。



――――さて、コルがどんなに頑張ったとしても、帰ってくるには1年半はかかる。東の果ての友にも引き留めるよう帰り道に手紙を出して頼んでおいた。


 クロエラが死んでから7年間彼は最果てから遠のいていた。スオガオから送られてくる手紙には最果ての現状が事細かく書かれたあった。

 シルバはスオガオの手紙に目を通しながら、内地の入り組んだ住宅街を人気のない方に進んでゆく。通路の行き止まりには、オリーブの柄のが施されてある扉があった。


「私が死んだら、この部屋を訪ねなさい」


 共に内地に戻ってきた時に、すでにクロエラからは合鍵は渡せれていた。


――――師はあの時すでに、自分が死ぬことを知っていたに違いない。


 扉を開けると部屋は散らかっており、何者かが先に侵入したようだった。


「女性の部屋に許可なく立ち入るとは、無粋な奴らめ」


 シルバは荒らされたクロエラの部屋からチェスの駒を拾い盤面に並べ、部屋の片づけ始めた。


「さて、師は俺に何を残したかったのかだが」


 師が弟子に残すものと言えば、巡回道具一式と地図、巡回した記録を残した手帳。どれもひとり立ちした際に師から譲り受けていた。


 片づけた部屋をぐるりと一周眺めていく。


 ――――渡された鍵は2本。残り1本をどこで使うかだが。


 部屋の棚に置かれてあるものは、師がよく集めていた木製の小さな動物のオーナメントや趣味の編み物道具。他にも大量の毛糸に布切れや作成した作品。作品は棚には収まらず、他の箱からもあふれ出てていた。

 本棚には歴代の巡回者たちが残した自伝の数々、内地に帰ってきたクロエラが休むにはちょうど良い部屋の広さだった。


 ――――荒らされることまで想定済みだとするなら。師と自分以外誰も思い着きもしないような場所になるか。


 師の言葉をシルバは思い起こす。


「いいですかシルバ。真実はいつも表と裏、どちらも理解しなくては見えてきません。真実はいつも巧妙に隠されてあるものです」


 シルバは師が編んだ作品を片付けた部屋の床にまき散らした。まき散らした物の表裏を確認しながら、パズルのように文字を組み立てていく。


「真実は彼と眠る」


 シルバは言葉の意味を理解し、すぐに片づけて部屋に鍵をかけた。





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