第4話 帰還する者
「誰か戻って来たぜ、へスク」
「っけ、シルバの弟子だな。先導はまだか?」
「ヘスク、俺にも見せろ」
フズヤグに帰還したのは、提出した帰還予定日より1週間遅れだった。宿主なら、救助要請を出すか出ないかの瀬戸際のはずだが、フィリップさんのことだ出すわけがなかった。
師と北の果を回っている時に、急に巡回石の目的地が変わり帰還予定日を1ヶ月も過ぎたことがあった。その時もフィリップさんは救援要請を出さなかった。
出さなかった理由をフィリップさんに聞くと、『俺の見込んだ巡回者が北の果くらいで死ぬわけがない』と言っていた。
2ヶ月ぶりにフズヤグの拠点の門をくぐった。
「戻りました」
真夜中に宿の扉を開けると、2ヶ月前にはなかったドアベルが鳴った。
「そろそろ生きて戻ってくると思っとた」
宿番はいつものようにフィリップさんだった。2ヶ月で変わったことはなかったかと聞くと、へスクが5つ目の難所を越え、今現在最果て行きの先導を待っていると教えられた。
「なら、あいつらのことだからここに来るよ」
「噂をすればだ」
品の無い笑い声と一緒に、ドアベルが3回連続で鳴る。フィリップさんも面倒そうに、入ってきた男3人を見つめた。
「少しの間、邪魔するぜフィリップ」
一番初めに入ってきた長身の金髪の男がへスク。同じ北の難所の巡回中に、師の邪魔をして、シルバにボコボコにされた男だ。それ以来何かと目の敵にされている。
へスクの仲間はあと二人いて、青のバンダナを付けた男がガルタ。寒くないのか、防寒着を脱ぎ、筋肉質の体を見せつけている。
もう一人は、僕のクロスボウガンより一回り大きい黒のクロスボウガンをこちらに向けているセスタという男。犯罪歴があり、ヘスクの下に付いてはいるが3人の中で一番残酷で危険な男だ。
3人とも、今では内地でも噂されるほど実力を上げた巡回者だ。現在いる北の果ての巡回者の隊で、右に出る隊はいないだろう。北の果の隊など片手で数えれるほどしかいないのだけれど。
「コル、シルバが死んで残念だったな。俺たちに偉そうに説教たれといて自分が死んじまうとわな。シルバの方がたいした巡回者じゃなかったてことだ」
3人は嫌な笑顔を僕に向けてくる。
彼ら3人は、シルバに最果てには来られないと言われた者たちだ。師が死んでから見返しに来られても困る。師は死んだのだから。僕は師の判断が、今も間違っていたとは思わない。
「コル、難所は大変だったか? 噂じゃ1人でフォルニダ山脈の巡回をしてたらしいな。まぁ、2ヶ月はかかり過ぎだがな。俺たちならひと月もあれば終わる。期間予定日に帰ってこないんで、お前も師のあとを追って死んだ方にかけてたのに、帰ってきやがって」
3人も居てひと月も掛かるのは遅すぎる。師ならフォルニダ山脈の巡回など、ひと月もかからないだろう。
「遅いな」
フィリップさんも僕と同じ意見のようだ。
「何が遅いって?」
「いや、最果てへの先導が来るのが遅いと言ったんだ。もう約束の時間になった」
ヘスクたち3人もフィリップさんの指差した時計を見た。
「ッチ、コル最後に問題を出してやろう。お前が行きたがっている、最果てへの片道切符を手にするには、どうすればいい?」
ヘスクの表情からして、答えたところで馬鹿にされるのが落ちなのだが、先輩の巡回者の問には、答えるのが礼儀なので、礼節を尽くすことにした。
「3つの条件を満たすことです。1つ、1年以内に北の果ての難所を5か所以上巡回すること」
「俺たちはやり終えた」
ガンタは誇らしげに言ったが、3人での話だ。最果てに行くならば本来ひとりで5か所を回れるほどの実力がいる。僕も後4個所を、1年以内に回るつもりだ。
「2つ、浄化石が既定のサイズを越えており、その能力が目覚めている者」
「お前は目覚めていない」
セスタは目覚めている自分の浄化石を見せつけてきた。彼の浄化石は
僕の浄化石はサイズは足りているが、まだ目覚めてはいない。
「3つ、最果てを共に歩む、成人した巡回者が自分の他に2名以上いることです」
「つまりお前は、後5年間は最果てには連れってってもらえないわけだ。早くいきたいのに残念だなぁ」
そんなことは、わかっている。僕も早く年を取りたいぐらいだ。
「ただし‼ 次の項目を満たす者は、その条件は適用されません。巡回石の行先がヘルビッツと表示される者」
自分の手に持つ巡回石は、僕の行く先を紫色でヘルビッツと表示する。それを見て3人達は大声を出して笑う。
「そんなに笑わせるなよ。確かにヘルビッツと表示された者は最果てに行けるが、浄化石が目覚めていない者は送り返される。2年前のお前がそうだったじゃないか。あれは傑作だったぜ‼」
3人は泊まっている他の巡回者の迷惑など考えずに、馬鹿笑いを続ける。
確かに2年前の僕は追い返されたが、それは師が死んだからであって、浄化石が目覚めていないからではない。師が死んだことはその当時は情報が伏せられていた。この3人が何があったか真実を知らず、勝手に僕が送り返されてきたと思っているだけだ。
「先輩方、ご指導感謝します。けれど先輩方では実力が足りません。砦の番がいいところでしょう」
僕の言葉を聞いて、悠長に待ち合わせの時間を過ぎても宿で高慢な態度を取り続けてきた3人が激昂した。
「あぁ? なんだって‼ もういっぺん言ってみろ」
「おれたちじゃ、戦力にならないだって?」
「へスク、こいつ殺っちまおう」
セスタのクロスボウガンから、僕に向かって矢が放たれた。射線からして、僕の心臓を狙われた。近距離過ぎてよける間などなかった。
宿は一瞬肌が裂けるような、冷え切った殺気に覆われた。
「ガキ相手に吠えるなよ」
入ってきた男はセスタの放った矢を僕に当たる寸前で、素手で掴んで止めた。3人は震えながら黙った。男の侵入にドアベルは鳴らなかった。
「よう、フィリップの爺さん。久しぶりだな」
防寒服に赤いマフラーが、彼のトレードマークだった。
「お前が来るなんて珍しいな、ハロルド。そこの馬鹿どもを、さっさと連れていけ、どうせすぐ死ぬがな」
「待ち合わせ場所には誰もいないんで、馬鹿の笑い声が聞こえたここに寄ってみたらこれだ。ほら、お前ら突っ立ってないで行くぞ。最果てへ出発だ」
最果ては昼夜とわず
ハロルドは自分より体格のいい3人を宿から追い出すと、最果て目指してフズヤグを出ていった。
「おい、ちょっと待ってくれ‼」
「おまえ、次何かしゃべったら殺すぞ」
ハロルドは遅れてくる3人のことを気にも留めずに、ヘルビッツに戻っていくだろう。ハロルドは結局、僕の方を見ようともしなかった。
僕のせいでシルバが死んだことを、彼はまだ恨んでいるのだろうか? 宿のベットで師と巡った、日々を思い起こした。
「一度の巡回成功で喜ぶな、二度目には死ぬからである」
寝床に入った時点で、嫌な夢を見そうな気がした。
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