第3話 不浄石 バゴット


 フォルニダ山の道中にいた不浄石バゴットとの戦闘で雪の下の氷に足を取られ足をくじいた。そのため山を登るのに時間を要していた。天候にも恵まれず、外に立っていられないほどの吹雪に見舞われ、テントの中で3日を過ごした。


 設定した期限まで残り2日、4000メルト地点で200メルトの氷壁を登るか、避けて別のルートを進むかの選択で、足のことを考慮して氷壁を避けて通る方を選んだ。どちらのルートからでも行けると手帳には書いてあったからだ。

 氷壁を避けたルートでは、進むルートの先に、雪に埋もれ身動きがとれなくなった不浄石バゴットたちとその頭上に雪庇が確認でき、今にも落雪が起きそうだった。仕方なくあきらめて、僕は氷壁を登ることにした。


「はぁ~ヒュー、はぁ~」


 アイゼンが氷に食い込む、震える手でピッケルを氷壁に打ち込む。砕けた氷が地上に落下してゆく。フォルニダ山の高さ200メルトはある垂直の氷壁は、ひどい横風により風がやむ間しか登れなかった。両手のピッケルから手を放せば、地上まで真っ逆さまに僕は落ちていくだろう。僕を吹き飛ばさんばかりに、強風がリュックを襲う。そんな死に方はごめんだと、ピッケルを握る手に力が入った。


 100メルトほどの氷壁を垂直に師と登ったことはあったが、今回はその倍。100メルト上ったあたりから指先の感覚が、おかしくなってきていた。背中のリュックは、今すぐにでも地面に投げ捨てたかった。


「やった、登りきった」


 リュックを下ろし、一時休憩と、その場に寝転んだ。

 手帳を開き、残りの道のりの順路を確認する。


「残り1マイト」

 

 浄化し終えても、山小屋まで戻るのに5日かかる、そのうち3日は何も食べないで1日中歩き通さなくてはならない。山小屋までの帰りのことは、考えないようにした。

 リュックを背負い直し、巡回石のついた杖を両手で持ち、あちこち痛む体ですがるように歩いた。


 洞窟には風の唸り声が響いていた。120年間誰も足を踏み入れていないその聖域に、僕の足跡だけが続いていく。

 リュックを雪が風に乗って入ってこない位置でおろし、地図を広げ巡回石で浄化地点を確認する。浄化地点は赤く光り、浄化を待っていた。


「急がなきゃ」


 もし、浄化が間に合わず不浄石になってしまったら、フォルニダ山脈の大半の山は崩れ、草木は枯れ、何もない雪原の平地になってしまう。

 拠点を建てるのに木材や金属は必要だ。フォルニダ山脈は資源の宝庫であり、フズヤグの拠点はフォルニダ山脈の木々や金属で造られている。


 巡回石が秒読みを始める。残り10メルト、9、8、7、6、5。洞窟の先に黒くくすんでしまった生命石マゴットの光が見えた。揺れるその光は、助けを求める人の悲鳴のように思えた。


「我、北の大地を巡り、到達せし。命の水よ、星の命を紡ぎたまえ」


 かざした浄化石からは4滴、雫が落ちた。黒くくすんでしまった星命石マゴットに、命の水マナウォーターが吸い込まれていく。穏やかな白い光を取り戻し、星命石マゴットの120年ぶりの白い光は力強く洞窟内を照らしていた。


「終わったー‼」


 僕はその場に座り込んだ。体は鍛えているとはいえ、全身筋肉痛に襲われた。歩き疲れた足は、しばらくここで根が生え動かないだろう。

 

 巡回石は光るのをやめた。

 

 さて、巡回石は何日僕に休みをくれるだろうか。再び巡回石が光ればまた地図を開き、巡回する場所を巡回石で探し、手帳を見ながらルートを考えなくてはならない。


 次はもっと楽なところにしてくれないかなと、甘い考えを思い浮かべた。

 

 いつまで寝転んでいたか正確な時間は覚えていないが、星の命マナに祈りをささげてその場を去った。心なしか、リュックは軽い気がした。

 

 洞窟の外は相変わらず、吹雪いており、5日の道のりを2日分の食料でしのいで帰らなければならないのが辛いところだった。


「お腹空いた」


 腹のなる音と、雪を踏みしめる音、風に揺れる針葉樹に、月の見えない夜空。師と巡回した日々もにたようなものだった。違うのは気の利いた面白い冗談を話してくれる師がいないだけ。深々と雪が降り積もる中、それだけでこんなにも足取りが重くなるものかと、師の存在の大きさを改めて実感しつつ進んだ。


 巡回石を青く光らせ、山小屋までの距離を表示させる。


「残り150マイト」


 巡回石のガラスを何度か叩いても、表示される距離は変わらなかった。


 巡回石はどうやって作られたのかは謎で、浄化石においても同じだった。師匠の手帳にも似たような疑問を探求した過去が記録されているが、途中で破り捨てられてあり、内地で祭司たちとひと悶着起こしたところまでしかわからなかった。


 僕は歩きながら、今回の巡回の記録を残した。


「ウバの年、柘榴の月、蒼の星の日。フォルニダ山、標高5270メルト地点の浄化に成功」


 かかった期間は2か月、食料はそこを着きかけている。山小屋まで無事に着けば生きて帰れるだろう。フォルニダ山の道中、複数の不浄石バゴットと遭遇、戦闘に勝利したとも、書き足した。

 

 不浄石バゴットを倒すには、浄化石の命のマナウォーターで清めた武器で、不浄石バゴットの黒い核を破壊しなくてはならない。


 不浄石バゴットの強さや大きさは、元の星命石マゴットの大きさによって変わってくる。今回遭遇したものは小さく。浄化頻度が高い場所の星命石マゴットの浄化が間に合わず、不浄石バゴット化したものだと考えられた。


 ヘルビッツの巡回路は大型の不浄石バゴットがどこにでもうろついている。自分はまだまだ実力が足りないがそこに行かなければならない。それが巡回者の使命でもあるのだから。


 不浄石バゴットは大きな星命石マゴットか僕らの持つ浄化石を求めて北の大地をさまよう。そのため大きな星命石マゴットがある場所は常に巡回の難易度が上がり巡回者たちの間では難所の名所となる。


「師を越えよ。さすれば着かん、死の待つ果てに」


 腹の空いたのをごまかすために、師の手帳に書かれた一節を口ずさみながら夜道を歩き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る