第1話 旅立ち
荒れ狂う風に、降り積もった雪たちが舞い上がり、視界は白一色。左手に持った杖の先端には、巡回石が山吹色の光りを放ち、北の果ての拠点までの距離と方角を表示していた。
人々が地上の星を巡り始めて500年、地上で輝く星たちは、今日も浄化の時を今か今かと待ち続けている。僕たちの住む星は今日もゆっくりと死に向かっていく。
「残り10マイト」
旅立った日から1ヶ月、拠点を経由し、途中1か所だけ浄化を行った。巡回者が怪我をしたり体調を崩し、行けなくなったところを誰かが代わりに浄化を行うことは、北ではよくあることだった。
初日に知らない男に声を駆けられ、何年巡回しているのかと聞かれたので、生まれてからずっと、14年間だと答えると、男は何かを決意したような顔で、黙って自分の進むべき道へと歩き出した。
僕は生後間もない頃に、北の巡回路に捨てられていたらしい。たまたま通った巡回者のシルバに拾われ、北の果ての拠点フズヤグを根城に、巡回者になるよう鍛えられた。
「一撃で仕留めろ」
シルバが職人に頼んで特注で作らせた、僕用のクロスボウガンで、人型の
バシュッ、放たれた矢は
「馬鹿やろう、来るぞ」
師匠は笑ながら僕の頭を叩いた。師は優秀な巡回者であったが変わり者でもあった。最果ての巡回を仲間に任せ、今は自由気まま間に巡回をしている。
最果てを巡回することは、巡回者にとって大変名誉なことなはずなのに、師は今は最果てなどうでもいいという。
師の師もまた優秀だったらしい。
師は剣を鞘から抜き、浄化石から剣に浄化水を1滴たらした。
「いってこい」
師の剣がまだ重たく感じた。
剣を前方に構えたまま、
「やぁあああああー!」
剣はいとも簡単に
フズヤグに着くと巡回石は山吹色に光るのをやめた。どうやら今日の仕事はここまでのようだ。
「今日からお世話になります、コルニット・クロイツです」
「何年一緒に住んだと思ってんだ、そういう挨拶はいらん」
宿の扉を開けると、知った顔が宿番をしていた。金髪のフィリップはカウンターの下から、師が良く使っていた空き部屋の鍵を取り出し、僕はそれを受け取った。
「コル、シルバはほんとに死んだのか?」
「はい、師は死にました」
僕の言葉を聞くと、フィリップは残念そうにメガネを外し、自分の息を吹きかけ、置いてあった銀の布で磨き始めた。
星が眠り、死が迫ってきて500年。僕たち巡回者は、人が生きていける場所を星が再び眠りから覚めるまで、確保し続ける使命を背負っている。
北から迫ってくる死を防ぐためには、各地に点在する
師の使っていた巡回道具一式と巡回石は、僕が譲り受けた。
杖から巡回石を外し、外側のガラスを磨く。磨き終えた後、自室の宿の床に大きな古びた銀の布製の北の地図を広げた。師の師が使っていた物であり、100年以上前の地図で、師と回った記録と、師が残した記録が記されてある。
記録を再度見返し、頭の中にどこが危険なのか情報を入れ直す。
地図には師の筆跡よりも古い物や、仲間の巡回者たちが書き込んだ情報も記録されている。最果ての奥地までの詳しい情報も書き込まれていた。
「この地図はゼガ・クロークス。クロエラ・オリーブス。イッサカル・リベリクス。シルビア・バーミリオン。シルバ・クロイツ。ハロルド・マーフィス。スオガオ・ガンガスによる共作である」
いつになるかわからないけれど、地図の右隅に縦に名を連ねる人物達の下に自分の名も書き足すつもりだ。
師の偉大さを地図からも感じながら、巡回石を地図の上に載せた。
近くの
「ここは、大丈夫」
拠点の近くから外に向かって、
明日から回らなくてならないのは、拠点から左斜め上に50マイト離れた場所だった。僕はどう向かうかルートの作成を始めた。その後に向かう浄化地点はさらに北で、薄く黄色に光る場所が多かった。
場所は山岳地帯が続く、北の果ての難所のひとつフォルニダ山脈。標高3000メルト級が連なり、巡回者の行く手を阻む山脈地帯。フォルニダ山脈の巡回路で一番の難所は、フォルニダ山の標高5270メルト地点の洞窟にある、
巡回石をその地点に持っていくと、赤色に近い山吹色になっていた。師が残した手帳によると、浄化が行われたのは今から120年前だ。それ以降誰も浄化に成功した者はいない事になっている。
いきなりの難所だが、成功すれば巡回者として誇っても構わない場所だと言えた。けれど僕が目指したい場所は、フォルニダ山脈の巡回などかわいいと思えるような危険な場所だ。
そこは巡回者の墓場、北の最果て、どこも赤い
師が最後に挑んだ場所であり、師の死に場所となった場所でもある。
「泣くな、コル。仕留めそこなった俺の負けだ。俺の代わりに北の最果てを攻略し、その先の真実を探してくれ」
師は
過去の記憶に別れを告げ、山に登るための道具を再度確認をする。アイゼンにピッケル、ナイフとロープ、ハーケンにベルト、火打石と着火剤など、必要な物を鞄に詰め込み、必要のない物は宿に残していく。
明日の支度を終え、宿の夕食の温かいシチュウーを食べて、他の巡回者より一足早く硬いベットに入った。
「死にたくなければ、一撃で仕留めろ」
師の言葉を忘れないために、手帳に書いてある師の言葉を一節口にして、明日からの巡回を思いながら部屋の蝋燭を消した。
師に託された最果ての攻略を胸に眠りについた。
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