死にゆく星の果てに

石田ゴロゴロ

第0話 星の命を紡ぐ者たち

 星々が死に始め、人類は衰退した。


 星の命マナの恩恵を受けた、大地に埋まった星命石マゴットは、その輝きを失い黒く染まり、不浄石バゴットと言う怪物に変わり果てた。


 大地は人を襲う不浄石バゴットの群れで溢れ返った。人々は逃げまどい、多くの者が死んだ。


 人の住める場所は、月日が経つほどに減り続けた。西では大地が荒廃し、北では大雪が振り続け、東は砂塵舞う砂漠の地となってしまった。

 ついに祖星石ハゴットの周りの南の大地だけが、人が安心して暮らしていける場所となった。


 生き残った人々は、祖星石ハゴットの元に集い、星の命マナの恩恵を受け、不浄石バゴットと死に抗った。


 不浄石バゴットと戦い、地上の星々を巡り歩く者たちを、人々は敬意をこめて巡回者と呼んだ。


 星は今も眠りにつき、人々は500年間地上に残された星命石マゴットを巡回し、浄化し続けた。

 


「おい、見ろよ。唯一東の果を回った。ディーガン・フラノースだ」


 今日は新しく巡回者となった者たちが旅立つ日だ。 俺は式の開始まで期待の新人として少しばかり注目を集めていた。


「ディーガン、君は私より非常に優秀な巡回者になるだろう。今日より独り立ちを許可する。試験を受けに行きなさい」


 師から許可を受け、巡回者となるための試験を受けた。実技試験では一年間で東の果てまで回った。東の果てを回ったのは俺一人だけだった。

 その後宮殿に招集され、三か月巡回者になる心構えと一般的なことを習った。すでに師から聞き及んでいたことばかりで、難しいことはなかった。

 

「お前達、この通路に一列で並べ。この先で大祭司様がお待ちだ」


 俺たち新人は、守護者に言われた通りにロウソクの明かりが灯る会堂へ続く通路に向かって、一列に並んで進んだ。


 ようやく師と同じ巡回者になり北を回れる。すぐに師を追い越し、巡回者として名を上げるつもりだ。


「お前はどこを目指す?」


 通路の先から大祭司の声が聞こえてくる。


「僕は南を回ります」

「紡ぐ旅人よ、その先に星の命マナの加護があらんことを」


 大祭司の祝祷を受けて、また一人、また一人と己の目指す場所を胸に、建物を出て旅立っていく。

 白いローブに身を包み、地図や食料の詰まった、今にもはちきれんばかりの重たいリュックを背負い、俺たちは通路で自分の番を待っている。


「お前はどこを目指す?」

「私は西の果てへ」


「勇敢な女よ、その先に新たな未来を見るだろう」


 大祭司の前に立つと、俺たちは星に何処へ向かうよう示されているか、大祭司に口伝するのと同時に、球体のガラスに入った巡回石コンパスを、その証明に見せなければならない。


 大祭司は、巡回石を確認し祈祷し始める。


「お前はどこを目指す?」

「俺は東を回ります」


「過酷な道を行くものよ、星の導きを信じて進め」



 南や西の果てを回る奴らは、師についていた期間が短い奴らだ。西と南はまだ巡回しやすい安全な大地が広がっている。危険なのは東と北だ。そして最も死亡率の高い北を、俺は回る。10年もの間、師の元で東と北を回ってきた。ひとり立ちを許され試験に受かった今、新たな目標を胸に、やる気に満ち溢れていた。


 ――――いつか絶対、北の最果まで行ってやる。


 この世界の方位は4つしかない。内地の広がる南、内地の一部と荒廃した大地の西、砂塵が舞う東、そして、死の待つ凍てつく北の大地だ。

 円を描いてあらわすと半分から上が北だ。残りの半分を三等分したのが西、南、東とされている。


「お前はどこを目指す?」

「私は東の果てへ」


「星に選ばれし命を担う者よ、師の言葉を忘れるな」


 女で東の果てまで行くのはなかなか過酷な道だ。俺もフラフラになって帰還した。彼女はこれから同じ体験をすると思うと、無事を祈るばかりだ。


 列の先頭が見え始め、ようやく俺の番が近づいて来た。

 残すは十数人。目の前の小さい、女性だと思う人物が、旅立って行けば、次は自分の番だ。

 列に並んだ時から自分の前に並んだ人物が気にはなっていた。他の奴らよりも一回り膨れたリュック。そのリュックからはみ出た銀の矢じり、リュックにひっかけてある珍しい形の白銀のクロスボウガン。

 重装備な奴だとは思っていた。


 ――――まてよ、こんなやつ試験会場にいたか?


「次の者は前へ」


 俺の前の人物は駆け足で、自分の体より大きな白いリュックを揺らしながら進み出た。通路の先の円形に少し開けた部屋の中心に立ち、おそらく大祭司がいるであろう方に体を向け一礼した。


「お前はどこを目指す?」


 大祭司に尋ねられると、そいつは顔を隠していたフードを外した。


「僕は北の最果てへ」


 俺はそいつが男だったことや、まだ成人もしてない子どもだったことよりも、少年が言った言葉に自分の耳を疑った。


――――こいついま、北の、それも最果てって言わなかったか?


 俺の後に並んでいる奴らも、会堂に集まっている祭司や関係者たちまで、ざわつき始めた。


 大祭司のいる方に巡回石コンパスを取り出し、少年はそれが自分の誇りであるかのように力強く高く掲げて見せた。

 巡回石は出口のある北の方角を指しており、北に450マイトと表示されている。

 北を目指す巡回者ならば誰もが知っている、現在の北の果ての拠点、フズヤグを指していた。


「……皆祈れ」


 大祭司がそう言うと、周りに控えていた祭司たちは、膝をついて星の命マナに祈った。ざわついていた他の新人や関係者も、静かに少年の門出に無言の祈りを捧げた。

 祭司たちの小さな祈り声が、部屋にこだます。北の最果てを目指す者の祝祷はそうそう聞けない。たいていの者は死んで戻らないからだ。旅立ちの日に北の果てから巡る者など過去にいたのだろうかと、俺は疑問に思った。


 祭司たちの祈りが終わり始めた頃、大祭司は少年のために祝祷した。


「師を越えよ」


 続いて少年が口を開いた。


「師は偉大なり」


 まだ声変わりしていない高い声が静まり返った部屋に響く。少年と大祭司は交互に言葉を交わしていく。


「死を恐れよ」

「師の死を憶え」

「赤き巡回の地を」

「血を流して巡れ」

「汝、死の待つ最果てを目指さん‼」


 少年は大祭司たちに一礼し、出口向かって駆けだしていった。


「汝に星の命の加護があらんことを」


 大祭司はその少年の背中を彼が出ていくまで、我が子を心配する親のように見送った。


「よし、次」


 自分の番だとわかっていたが足が動かなかった。


「どうした? 次の者は前へ」


 通路から部屋の中央に歩いて行く足が重かった。静まり返った会堂に自分の足音だけがゆっくりと響く。


「ディーガンか、彼は今の後では出ていくのが辛かろうな」


 会堂の座席に座る関係者たちがこちらを見下しながらひそひそと何か言っている。それが自分をあざ笑っているように思えた。


――――俺は人より努力した。しかし、あの少年よりも足らないのか?


 今まで巡回したどんな険しい道よりその一歩を踏み出すのが怖くなった。


「お前はどこを目指す」

「お、おれは北を回ります」


 旅立ちの日に北を回る者は珍しいが、さっきの後ではざわめきなど起きなかった。その沈黙が冷たく感じた。

 大祭司の前に立つと、先ほどまで自分が一番優秀だと思っていた自分が、馬鹿らしく思えて仕方なかった。


――――何が自分が一番優秀だ、だよな。


 自分よりも優れた巡回者など何人もいる。


「死の待つ北を行く者よ、偉大な師の背中を追い行きなさい」


 大祭司の言葉が、優しく心に響いた気がした。


「ディーガンいいかね。北の最果てに行けるほど優秀であることも重要だが、自分の使命を果たし続けることの方が、私はもっと大切だと思うんだ。ではディーガン、君の果たすべき使命は何かね?」


 師の問いかけがふと頭に浮かんだ。

 俺は一礼し、先に出ていった少年を、大急ぎで追いかけた。


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