第三節


 たまに怖くなる。



 ふと目を逸せば里咲に与えてもらった素敵な時間の尊さが消えて無くなって仕舞いそうだから。

 私の知らない内に、世界の輝きは消えて無くなってしまいそうだから。

 

 それらはつまり、私が変わってしまった事を指し示す。

 里咲の帰る場所では居られなく為ったという事を指し示す。


 私は何時までも里咲の帰る場所で居続けると決めた。

 だから、変化は決意の崩壊を表すものだ。

 変化は私が里咲を切り捨てる事の前兆だ。


 そのどれをも私は望んでいない。

 絶対に避けなければならない。


 けれど、気を抜けばすぐに足元を掬われてしまいそうで、私は怖くなる。

 身震いがした。


「冷えてきたなぁ」


 初夏の朝だ。

 多少肌寒くはあるけれど、日が昇っているのに体が冷える事はない。

 ただ、根拠の曖昧な身震いに理由付けをしたかっただけだ。

 そうやって、誤魔化してまた日常を維持しようと思っただけだ。


「今日も宝物は見付けられなかったなぁ」


 何時になれば見付けられるのだろうかと、虹の麓の宝物など”見付けられない”と分かりながらも呟く。


 懇願の自己暗示だ。

 きっと、何時になっても私は虹の麓には辿り着けない。


 思えばある種の願掛けだった。

 虹の麓には宝物がある。

 その人がその時最も必要としているものに出会える。

 だったら、私は虹の麓に辿り着く事ができたのなら里咲に出会う事ができる。


 そう自分に言い聞かせ、雨上がりの散歩を続けてきた。




 もう八年になる。


 未だ、里咲には会えていない。





 何時になったら里咲に会えるのだろうか。



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