第5話:雨上がりの宝物

第一節

 三宮雅さんぐうみやびという名前は、彼の使っていた偽名だった。


 彼の本名は三嶋雄大みしまゆうだい


 優しい顔立ちと家庭教師という立場を利用して、様々な女子中学生や高校生と知り合い、甘い言葉を囁いて子供バカな何人もの女子中高生たちと幾度にもわたり体の関係を持った、正真正銘の性犯罪者。


 アルバイトとして家庭教師をする大学生の統括を行っている会社によれば、雅さんは三宮雅という偽名ではなく、三嶋雄大という本名で従業員登録を行っていたらしい。

 だからこそ、三宮雅の被害者はこれまで彼を訴える事は出来なかったという。


 彼女ら被害者は皆、彼の名が三宮雅なのだと信じきっていた。

 だから、会社に電話をかけて彼の名を言ったところで、会社はそんな名前の従業員は登録していないという。


 逆に、彼女らが自分の名前を言って住所を示すと、会社側は「三宮雅ではなく三嶋雄大が担当になっている」と返し、そんなはずはないと被害者たちは情報の差異に混乱する。


 故に、これまで三宮雅の被害者は多くいたが、彼が捕まる事はなかった。

 そんな幼稚な手法で、雅さんは……いや、三嶋雄大は、愛欲を貪った。


 これは全て、ニュースで報道された内容だった。

 あくまでも地方局のニュース番組ではあったが、三十分近くは彼の話題が続いていた。


 報道された何もかもを、私は理解したくなかった。

 彼が偽名を語っていた事も、女子中高生の体目的で家庭教師をしていた事も。

 そして、世間からは彼の所業が犯罪者のそれだと認識されている事も。

 何も、私は理解したくなかった。


 だって、何か一つでも理解してしまえば、私と彼の関係は嘘になってしまうから。

 私もただの被害者に為り果ててしまうから。


 そんな事はない。と、自分に言い聞かせたかった。

 確かに彼は女子中高生を何人も騙し、性欲を満たし続けていただけの犯罪者なのかもしれない。


 けれど、私だけは他の少女たちとは違う。

 彼とは明確に愛し合い、互いに全てを注ぎあった。

 わずか十日ほどではあるけれど、私たちは確かに恋人同士だった。

 私は、他の子とは違う。


 と、そんな思考、ただの現実逃避でしかない事を、私はよく知っていた。

 知っていたからこそ、やっぱり認めたくなかった。

 降り出した雨の影響もあって、立ち直れそうになくて、私はその日、学校を休んだ。


 私の淡い恋心は醜い現実に塗りつぶされ、蹂躙された。

 こうして私の初恋の物語は終わりを迎えたのであった。



 崩れた形ないものは、もう元のていを取り戻せない。


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