第九節

「燈ちゃん! 一緒に帰ろ!」


 もう当然となりつつあるその言葉に、私は「ごめん。今日からしばらく一人で帰るね」と返した。

 その理由はもちろん雅さんの家に向かうからだ。


 里咲の下校の誘いと私の応答はクラスメイトからすれば一種の茶番のように見えていたのだろう。

 だから、私と里咲が茶番をした上でいつも通りに二人揃って帰るのだろうと、皆がそう思っていたところで私がいつもと違う言葉を返すと、教室中に微かな騒めきが生まれた。


 きっと、皆からは里咲の唯一の味方である私が里咲を拒絶したように見えたのだろう。

 視線が私に集まり、ちょうど聞こえない程度の音量で意味のない言葉たちが投げかけられる。


 里咲の驚いた表情と悲しそうな視線も私に突き刺さって、私は居心地が悪くなった。


「ごめん」


 それだけを言い残して、私はぐように教室を後にした。

 この日は私も荒んでしまって、私と雅さんは互いを慰めあった。


 何がとは言わない。

 言わないが、自分は悪くないのだけれど、自分が悪いのだと分かっている。

 どちらも正解で間違い。

 そんな意味のない思考をしてしまう。


 いつもそう。

 私は自分で自分を否定して、自分の中で異なる幾つかの考えを生み出してしまって、矛盾に苦しんでしまっている。


 勝手なことをして勝手に苦しんで、他人に言い訳を求めてしまっていて、総括すればただ私が悪いだけ。

 けれど、里咲の悲しそうな顔が頭に焼き付いていて、あんな里咲の表情の責任が私にあって、私が彼女を悲しませてしまっただなんて思いたくはなかった。


 いや、認めたくなかった。

 だから私は荒んで、雅さんと慰めあった。


 翌日、里咲はいつも通り一緒に帰ろうと言ってくれた。

 私は彼女へと放つべき言葉を分かっていた。

 言葉足らずだったのだからしっかりと補足すれば良いのだと分かっていた。


 けれど、私の口から出た言葉は「ごめん」なんていう突き放すような言葉だけだった。

 もう、なんだか自分が嫌になってしまいそう。


 心境に変化があったわけではない。

 ただ、心境に変化がないからこそ、どうすれば良いのか分からなくなってしまっただけだった。


 さらに翌日、里咲はいつも通りに私に接してくれて、昼だって休み時間だって同じ時間を二人で共有した。

 そして、放課後になるといつも通りに「一緒に帰ろう!」と誘ってくれた。

 それが彼女の優しさなのか、それとも彼女の異常なところなのかはわからない。


 もしかしたら、彼女は優しさだとかそんな無粋なことは考えず、自分が普通の人にはできないことをしているとは思いもせず、そんなことをしているのかもしれない。

 拒絶された相手に歩み寄っているのかもしれない。

 正直……彼女のことが、私にはわからない。


 私は、


「ごめん」




 そう言ってそそくさと彼女から逃げた。

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