第八節
「燈ちゃん!一緒に帰ろ!」
放課後になると里咲が私に声をかけてきた。
彼女の顔の火傷跡は以前よりも幾分かはマシになってきていた。
痛々しかった色合いは肌の色合いに近づいてきていて、
出会った頃よりも普通の女の子らしくなった里咲を見ると、彼女が人殺しなんて呼ばれる理由がますますわからなくなった。
彼女はどうして人殺しなんて呼ばれるのだろうか。
あんなにも優しくて子供っぽくて大人びた少女は、何があって人殺しなんて不名誉な呼び名で呼ばれるようになったのだろうか。
気になって仕方がない。
けれど、そんなことを「どうして?」と面と向かって聞けるほど私は不躾な人間ではない。
以前、里咲と下校している最中に私たちを追い越した同じ学校の生徒が里咲を見て「人殺し」と言った後に次いで気になる言葉を発していた。
「人殺し一家」
その言葉はこれまで里咲に向けられていた人殺しと言う言葉よりもより一層と現実離れをしていて、より一層と冷たい感覚を纏っていた。
彼女は私の知らない秘密を私が考えられないほど抱えているようだった。
なんとなく里咲の顔を見ると、里咲は見たことがないほど複雑な表情をしていた。
何か、考えたくもないことを考えてしまったとでもいうような表情だった。
今一度、私に一緒に帰ろうと声をかけてきた里咲の顔を見る。
歪な跡に邪魔をされてはいるものの、里咲の顔立ちはやっぱり整っていて、同じ女の子である私ですら見惚れてしまいそうなほどだった。
里咲と一緒に並んで帰路につく。
もうすっかり日常に溶け込んだ事象。
彼女と出会う前の私とはあまりに遠すぎる日常で、当時の私はこんな未来が来るだなんて思っていなかった。
陰湿で虐められていて、常に現実から逃げるために妄想ばかりを繰り返し、想像の産物を五ミリ方眼のノートに書き綴り続けるだけ。
友人も恋人もいなくて、お母さんに心配かけないようにと嘘を吐き続けて、楽しいと思えることなんて現実からの逃避の先にしかなかった。
だから、まさか私がこんなにも現実を大切にして虚実を疎かにすることになるとは思っていなかった。
里咲と出会い、雅さんと出会い、私は本を読むことがなくなった。
次第に小説を書く量も減っていって、もうここ二週間は全く
もう、私はシンデレラストーリーを夢見る子供ではなくなったのだ。
大人の階段を登ってしまったから、私は大人になってしまった。
少しだけ、寂しさを感じる。
形あるものは壊れるとよく言うが、私の中で形のない何かか崩れていっているような気がする。
家に着くと見計らったように携帯電話が鳴った。
表示された名前は雅さんのもの。
雅さんと付き合い始めてから三日。
あの日から毎日のように帰宅する頃合いに電話がかかってくる。
内容は全部同じ。今から家に来て欲しいと言うものだ。
狙ったように私が家に着く頃に電話がかかってくるのは、私の家に着く時間が雅さんが受講する一日の講義を終える時間とほとんど同じだからだ。
彼は学校が終わり次第すぐに私に電話をかけてきてくれる。
うまくは言えないけれど、なんだか大切にされているような満足感を私は感じていた。
画面に表示される愛おしい名前に思わず笑みがこぼれる。
私は電話に出て少しだけ雅さんと話をした後、制服姿のまま家を出た。
この日、理由はわからないけれど雅さんは少しだけ荒んでいて、彼の寂しさを紛らわせるためにも翌日から下校時に直接雅さんの家に向かうことにした。
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