第七節


 お母さんが私に雅さんとの解約の話を持ちかけてきたのは週明けだった。


 雅さんが久しぶりに家庭教師として家に来た時、雅さんとお母さん二人の口から「今日が最後」と言われた。

 あまりにも唐突すぎる別れだった。


 お母さんが部屋から出て行って足音が遠のくのを確認すると、私は震える声で雅さんに確認した。


「あの……これからも、会ってもらえますか?」


 私の言葉に雅さんは優しく笑顔を返してくれた。


「いいよ」


 そんな肯定の言葉を添え、彼は私に笑顔を返してくれた。

 私と雅さんの関係は完全に家庭教師と生徒の関係ではなく、三宮雅と言う大学生と西野燈という高校生の関係に変わった。

 ただ、二人の関係には清純と言う言葉が似合わず、不純な色が差し込まれていた。


 いくら綺麗な色の絵の具同士を混ぜ合わせたとしても、そこにほんの僅かだけ暗くて濃い色の絵の具を混ぜれば瞬く間に濁って見るに堪えないものになってしまう。


 それは人間関係でも言えることなのだろう。

 私たちは濁った絵の具だ。


 最後の家庭教師の時間から三日後、私は雅さんに呼び出されて雅さんの家に行った。

 彼は一人暮らしだった。


 最初は雅さんの部屋にある本を見て互いに好きな本などの話をしていたのだが、途中で雅さんの雰囲気が変わり、私たちはあの日を繰り返した。

 やっぱりくすぐったくてぼんやりとしていて、あまり記憶に残らなかった。


 雅さんの家を後にする時、私は思い切って好きだと伝えた。

 雅さんは優しく微笑んで「俺も燈ちゃんのことが好きだよ」と言った。


 雅さんが俺という一人称を使ったのは初めてのことだったけれど、私はそんなことに気がつかなかった。

 それほどまでに、彼の使う俺と言う一人称に違和感がなかった。


 別れ際に重ね合わせた唇はガサついていて少し硬かった。



 それから、私と雅さんの短い恋人生活が始まった。

 



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