第六節
六月になり、今年は例年に比べて梅雨入りが遅くなるとテレビで報道され始めた頃、私は運命の日を迎えた。
中間テストの結果発表日だ。
前回は赤点を取ってしまってお母さんに怒られてしまった。
けれど、今回は雅さんに勉強を教えてもらって最初のテストだったから自信はある。
きっと、赤点は取らない。
もし高得点だったらお母さんは雅さんとの契約を解除すると言っていた。
けれど、今の私はそれがどうしようもなく嫌だ。
雅さんに褒められたくていい点数であって欲しいと願う私と、雅さんとさよならをしたくなくて悪い点数であって欲しいと願う私が私という一人の人間の中に混在する。
相反する二つの願いが頭の中で互いに主張をしあって少しだけまいってしまいそう。
私が通う高校は商業高校で普通の進学校と違うから学内での成績順位を廊下に張り出されるという漫画やドラマでよく見る成績の発表はしない。
実際の進学校はどんなシステムなのか知らないからあまりハッキリということはできないけれど。
でもまぁ、私の学校ではテストの成績は数日にかけて提出したテストを返却されながら、順に少しずつ発表されていく。
そして、最後に全ての成績が記載された小さな紙にを配布される。
順位も一応は書き出されるけれど、学年全体での順位は算出されない。
学科によってテストの科目数が違うからだ。
テストの結果発表は丸二日かけて行われた。
一限目から六限目まで一教科ずつ丁寧にテストを返却され、一教科ずつ丁寧に全ての問題の正解を確認していく。
そんなじれったい時間をなんとか過ごし、最終的に手元に戻ってきたテストの中に赤点はなかった。
それどころか平均点が七十点以上もあり、高校に入ってからトップレベルでいい成績だった。
素直に嬉しかった。
けれど、素直に悲しくもあった。
私の点数を見た里咲は「ほえーっ」「はへぇ〜」と機の抜けるように言葉を零し、最後に決まって「凄いなぁ」と言った。
ある種の私の憧れである里咲が私を褒めてくれたと言う事実は、私にとってこれ以上はないくらい嬉しいことだった。
それこそ、テストでいい点数を取れたという事実よりも嬉しかった。
一方の里咲は「あまり見せられない」と言って私にテストの点数は教えてくれなかった。
テストが全て返ってきて、その振り返りが授業で開始された。
なんとかいい点数は取れたけれど、数学なんかはやっぱりまともに理解できやしなかった。
振り返りが終わったのは金曜日。
毎度、テスト返却の週には一週間かけてテストの復習をするのだが、私にはその必要性がわからなかった。
どうせ社会に出て使うようなことがない知識を刷り込む必要などないだろうと思っていた。
疲れた体でスキップ気味に家に帰ると、家には人の気配がなかった。
お母さんに渡されていた合鍵で家の鍵を開けて中に入ると家中の電気が廊下も含めて全て消えていた。
不思議に思いながらリビングに行くと、お母さんからの置き手紙がテーブルに置かれていた。
『
お父さんとお母さんの昔からの友人が亡くなったのでお通夜に行ってきます。
帰ってくるのは明日の朝になりそうです。
明日はお葬式なので一日中居ません。
申し訳ないけど、これでご飯はなんとかしてください
』
そんな内容の置き手紙と共に、一万円という女子高校生の二日分の食費としてはいささか多すぎる金額のお金が置かれていた。
あまりにも突然のことで呆然とした。
今日から二日間、家に一人きりであることが決まった。
その事実を頭が正確に認識するにつれ、少しずつ寂しさがこみ上げてきた。
私はこの寂しさを紛らわすための仲間が欲しいと思い、里咲に電話をかけた。
ワンコール。ツーコールとコール音がなり、留守番電話の案内が流れ始めた。
寂しさがよりいっそう強くなった。
私はうさぎではないけれど、寂しさのあまり死んでしまいそう。
だから私は別の人へと電話をかけた。
その相手、雅さんとはしばらく会っていない。
理由は雅さんが大学のテスト期間だから。
私には私の日常があるように雅さんには雅さんの日常がある。
家庭教師と生徒と言う関係である以上、私たちには明確に境界が存在する。
互いの日常を混ぜ合わせることはできない。
そう理解していたつもりだった。
けれど、私はこれまで、自分の日常に雅さんの日常を混ぜ合わせたくて色々とアピールをしてきた。
だから、もう今更どうこう言う必要はないと思った。
里咲とは違い、ツーコール目で雅さんは電話にでた。
「もしもし? 燈ちゃん?」
「あ……はい」
「どうかした?」
「あの……ですね。ちょっとお話がありまして」
「話? ああ! テストのことね。どうだった?」
「いえ……その、あ、いや、違わないんですけどそうじゃなくて」
「……大丈夫?」
不安そうに雅さんは聞いてきた。私のことを気遣ってくれているのだと言うこの事実がまた私の心に突き刺さる。
恋心とは厄介だと改めて感じた。
「……いま、お時間ありますか?」
そう切り出して、私は雅さんを呼び出した。
家庭教師と生徒の関係としてではなく三宮雅と西野燈の関係として雅さんを呼び出した。
話は飛躍するが、この日、私は大人の階段を登ってしまった。
ありふれた表現ではあるけれど、私は寂しさを紛らわすために雅さんを呼び出し、雅さんの言の葉に操られるように、雅さんに手を引かれるように大人の階段を駆け上がった。
終始頭がふわふわしていてまともに何も覚えてなどいなかった。
ただ覚えているのは、雅さんの吐息がくすぐったかったことと彼から匂うタバコの副流煙の香りが少し嫌だったこと、そして…………
……雅さんの表情が見たことないほど悪人のように見えたことだけだ。
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