第48話 決起と代償

 マンションのベランダから見えるのは、大街道を埋め尽くす軍勢だった。眺めただけで何人いるか分からんが、5百とか千とか、そんなレベルじゃない事は理解できた。


「面倒臭ぇことになったな……」


 連中は城攻めのつもりか、辺りの木々を伐採し始めた。マンションと向こうを繋ぐ道が広くなり、むしろ手間が省けた気分にさせられた。


「シンペイさん。あいつらをどうするの?」


 さっきからフレッドがソワソワと落ち着かない。


「どうするったって、これは撃退するしかないよな」


「お願い、ボクにも手伝わせてよ。騎士団のやつらに一泡吹かせてやりたいんだ!」


「気持ちは分からんでもないが……」


 フレッドにとって騎士団とは憎むべき相手。彼が普段からトレーニングに励むのも、もしかすると今日という日を見据えていたのかもしれない。


「まぁ、腕輪の力もあるし、ちょっとくらいなら良いか」


「本当かい!?」


「その代わり、深入りするんじゃないぞ。ある程度叩いたらすぐに引き揚げるように」


「ありがとう! 気をつけるよ」


 まるで、暗くなる前に帰れとでも言ったような気分になるが、内実はもっと血なまぐさい。


 やがて敵陣に動きがあった。攻勢に出たのではなく、騎馬が数騎だけこちらへとやってきた。それは離れていても分かる程度には見慣れたものだった。


「シンペイ殿。私だ、ヤハンナだ」


「よう。一騎打ちの要請か?」


「違う、そうではない。なぜ公爵閣下に危害を加えた、我々は仲間ではなかったのか!」


 先日の事件を言ってるのだろう。唐突に現れた無礼なる貴人は、どうやらヴァーリアスのトップだったらしい。まぁ別に知ったところで変わりはしない。クロエという心理的な人質が居なくなった今は、もはや連中の顔色を伺う理由すら無いのだから。


「わざわざそんな事を言いに来たのか? 団長ってのは暇な身分なんだな」


「考え直せシンペイ殿。その塔を明け渡してくれれば、代わりの住居は私が何とか用意する。だから頼む、降伏してくれ」


「降伏だって? 冗談じゃない」


「我らが全力でぶつかり合えば、その先に待っているのは……」


「もう手遅れだよ、色々とな。お前ら騎士団と仲良くするには、因縁が深くなりすぎたんだ」


 そこで遠くに目をやれば、敵陣の端が急に騒がしくなった。フレッドとシャーリィが攻撃を仕掛けたらしい。


「行くぞ騎士団め、これまでの恨みを存分に晴らしてやる!」


「ウキャーッキャッキャ! 首が何個狩れるかなぁぁ!?」


 それを迎えるのは混乱の極みみたいな叫びだった。


「何だこのガキども、妙に強い!」


「逃げるなお前たち! 陣形が乱れる!」


 2人は子供とは思えない武力を発揮して、敵陣をかき乱してみせた。想定外の強襲であるばかりか、相手が少年少女というのが、よほど衝撃的だったんだろう。長方形に組まれた形が砂粒を散らすように崩れていく。


「現場の指揮に戻れよヤハンナ。早くしないと取り返しがつかなくなるぞ」


「……クッ。もはや是非もないか」


 ヤハンナが自陣へと引き返していく。しばらくすると、崩れかけていた陣が徐々に盛り返し、態勢を整えていく。さすがは団長さんだと言える。


 という事はだ。中央を指揮する人間が手薄になっている可能性が高い。少なくとも、ヤハンナは端っこの対処で手一杯になっていた。


「クロエ、君も憂さ晴らしするかい?」


 隣に問いかけてみた。彼女は予想通りながら首を横に振った。


「私は結構です。人を傷つけるのは好きになれません」


「そう言うと思ったよ。それでも、牙を剥かれた時は立ち向かわなくちゃならない」


「はい。それは理解してます」


「なら良い。じゃあ行ってくるよ」


「どうかお気をつけて」


 ベランダの柵に足をかけ、フワリと身を宙に躍らせた。気負いが無いせいか、比較的緩やかな速度が出た。それでも敵軍は目と鼻の先。余韻を感じる前には相手の顔が見えるようになる。


「出たぞ、魔術師だ」


「弓隊は矢をつがえろ!」


 練度の低い敵だ。だから一々驚くし、急な指示にも対応出来ない。


 まばらに放たれた矢が、脇を通り抜けていく。わざわざ払うまでもない。半身ずらすだけで容易く避ける事ができた。


「さてと。戦意を削ぐには派手にやらなきゃ」


 軍の中央にはバカでかい馬車が見える。どうやら新公爵まで来ているらしい。これは好都合というものだろう。この戦で恐怖を植え付ければ、二度と妙な野心は抱かないだろうから。


「挨拶がわりにくれてやる。ファイアビット!」


 初歩的な魔法だが、オレが唱える魔法はフレッドのもの程可愛くはない。凝縮した魔力は遥か上をいく。その能書きを代弁するかのように、火球は一気に5つ浮かび上がり、色味も青白く輝いている。


「それじゃあお手並み拝見といくか!」


 炎を中央向けて不規則に投げつけた。着弾と同時に青い火柱があがり、凄まじい熱風が吹き荒れた。直撃を避けた連中も、暴風に煽られて木々に叩きつけられたりしている。弱い。所詮は民間人相手に威張り散らす連中か。


 そして馬車の方に目を向ければ、慌てて旋回しようと四苦八苦している。もう逃げるのか。呆れた気分になるが、公爵を脅すには絶好のタイミングだった。


「逃げてんじゃねえぞオラァ!」


 馬車の天井を引っぺがし、壁も粉々に砕いてしまえば、露わになるのは無様な領主だけだ。そいつは最高責任者の気概を一切見せず、奇声を発しながら御者の背を蹴りつけるばかりだ。


「こんな軍勢でオレを殺すつもりだったのか、甘くみやがって!」


「ヒィィーー来るんじゃないぃ!」


 馬車が襲撃者を振りほどこうと蛇行運転を始めた。まぁ、この辺で十分か。ほどなくオレは離脱し、車軸を軋ませながら駆け去る後ろ姿を見送った。それに後追いして、軍勢も続いて逃走した。


 こうして騎士団との初戦は驚くほど呆気ない幕切れを迎えたのだった。


「何しに来たんだよ、マジで」


 腹の底から出た言葉は問いだった。いや本当に、何の為の大陣容だったのか。あるとすれば、多勢でビビらせて無血開城ってとこかもしれんが、それにしたって骨が無さすぎると思う。


 そんな事を街道のど真ん中で考えていると、オレの名を呼ぶ声が聞こえた。


「シンペイさん。敵が急に逃げてったけど?」


 フレッドは事態の急変に追いつけていないようだった。


「総大将が腰抜けだったからな。ちょっと脅したらこのザマだよ」


「ちぇっ。あいつら、全然戦おうとしないでやんの」


「不完全燃焼って感じだな」


「そうだね。僕もシャーリィもね」


 フレッドの背後には、うつむくシャーリィの姿があった。口を「へ」の字に曲げて、今にも泣き出しそうな様子だ。


「どうしたんだ。悔しそうじゃないか」


「ごめんなさい、シンペイ様。シャーリィは、シャーリィは……」


「そんな顔をするなって。戦場から無事に帰れたんだから、まずはそこを喜ばないと」


「全然狩れませんでした。シンペイ様の為に、首や目玉や腸(はらわた)をむしり取ろうと思ってたのに」


「そんな発想するなって。オレは全然喜ばないぞ」


「なんでですか?」


「自分で考えなさい」


 きょとんと呆けるシャーリィを他所に、オレ達は帰宅した。ちなみにそれからは驚いちゃうくらい平穏で、午後にもなれば村人達は日常を取り戻していた。それは我が家も同じ。クロエは掃除を、シャーリィは天井をうろつき、ウサギに模した精霊はフローリングに足を滑らせて転げ回った。


 また穏やかな生活が戻って来る。そう思っていたのだが、翌日には認識を改める必要に迫られた。


「何だアレは! 化け物が出たぞ!」


 村人の叫び声と、アドミーナによる警報が同時に響いた。窓の外を見れば、納得の異常事態。


 何の脈絡もなく、まるで降って湧いたかのように、巨大な男が闊歩していたのだから。

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