第47話 袂を分かつ
適性の問題から魔法使いへの道を断念したクロエだったが、召喚師としての暮らしは楽しめているようだ。
「精霊さん。お掃除を手伝ってくださいな」
彼女はぬいぐるみを両手で包み込むと、ささやかな魔力を込めた。そうして誕生したのは、もっちりと動き回る布製のウサギ。これはいつだったか、ゲーセンの景品として持ち帰ったものだが、元ネタすら知らないキャラクターだ。女の子へのプレゼントに良さそうと思って幾数年。誰の手にも渡ること無く、異世界に来る事でようやく陽の目を浴びる事ができた。
「楽しそうだな、クロエ」
「そう見えます?」
「だって鼻歌混じりだし、ステップも軽やかだし」
「えへへ。だって、教えてもらった術で可愛い子を呼べるんですもん」
「まぁ、愛玩動物みたいな感じかもな」
今回クロエが呼び出した精霊は人畜無害だった。かと言って有能でもなく、フローリングを滑ってはズベシと壁に激突するなどして、特に掃除の役には立たなかった。だがクロエは愛らしさに夢中らしく、慈愛の視線を向けている。オレはその優しさに夢中になり、似たような視線をクロエに向けている。
「良いな、賑やかで」
不意にそんな言葉が漏れた。2人で肩を並べて拭き掃除。他愛のない雑談、そして駆け回る小動物。壁に張り付いて監視する少女……はちょっと違和感あるものの、概ねが理想通りの暮らしと言って過言じゃなかった。
「ありがとうクロエ。君のおかげだ」
「急にどうしたんです?」
「オレさ、ここに来る前は結構寂しい生活を送ってたんだ。朝から晩まで働いて、一人でひっそり飯食って寝起きして、そんな毎日でさ。今は1日1日が楽しくて仕方がないよ」
「ミーンミンミン」
「私だってシンペイ様と出会わなかったら、ずっと野宿生活でしたよ。そもそも魔獣に襲われて大変な目にあってたかも」
「ミーンミンミン、ミーンミンミン!」
「シャーリィ。虫ごっこなら外でやってきなさい」
「ダメです。なんか良い雰囲気になってたんで、阻止するんです」
「これさえ無けりゃ満点なんだがなぁ」
やはり物事は完璧には運ばんらしい。何かをクリアすれば、別の何かが問題になるというか。世界の条理に意思があるとすれば、人間を満足させない力を働かせてたり。
そんなガラにもなく小難しい事を浮かべていると、突如、室内に警告音が鳴り響いた。
「ピーヨピヨ。ピーヨピヨピヨ」
「やばい、騎士団が来るぞ!」
急いで窓を施錠し、カーテンも閉じる。室内のクロエとシャーリィはどちらも見つかれば大事(おおごと)になってしまう存在だ。人目に、特に騎士団連中の眼に晒す訳にはいかない。
「やって来たのは……誰かと思えば」
ベランダに立って見据えた街道には、割と大仰しい一団の姿が見えた。中央にただずむ巨大な4頭立ての馬車は豪華絢爛(ごうかけんらん)な外装で、山道に全く向いてない仕様だ。その前後を守る騎士団の数も多く、100人近くは居そうだ。
そんな集団から進んで歩みだしたのは、いつぞや世話になったアーセルだった。
「聞け、魔術師よ。今日は貴様に恐れ多くも公爵閣下が……」
やつの足が敷地に踏み込んだ時、アドミーナがいつもの調子で告げた。
「たった今、ゴミ虫が進入しました。抹殺してもよろしいでしょうか」
「うん。良いよ」
「では焼却します」
正面玄関から放たれたのは一筋の光。魔獣さえも一瞬で焼き焦がす光線なのだが、それは反射的に避けられた感じで、空だけを裂いた。成果といえば、アーセルの後ろ毛を軽く燃やした程度。勘の鋭い奴め。
「貴様ァ! 話を最後まで聞かんか、この愚か者め!」
「うっせぇぞボケ。オレはてめぇと仲良くお喋りするような間柄か、オイ?」
「良いから聞け。今は公爵閣下と……」
その時だ。後方の馬車が開き、若い男が姿を現した。スラリと伸びた足が地面に降りる、ハズだったが、それは供の人間が絨毯を敷く事で回避された。野外で長々と展開された赤絨毯。その光景の異様さもそうだが、野外にも関わらず靴の汚れを嫌う神経が、何よりも強く嫌悪感を誘った。
「口やかましく騒ぐな。耳が汚れる」
「大変申し訳ございません。今すぐにあやつを説き伏せますので」
「退がっておれ、下郎が。子供の遣いすら満足にできぬ無能にこれ以上任せられるか」
何だか偉そうなヤツが登場した。立ち振る舞いや仕草から、遠目でもいけ好かない人物だということが分かる。傍に居たら悪態のひとつでも投げつけたくなりそうだ。アーセルの野郎を万座で罵倒したのは好ポイントだが、それを差っ引いても悪感情の方が強い。
「魔術師よ。貴様は誰に断ってこのような塔を建てたのだ?」
男がアゴを反らしながら言った。地上から5階の人間を見下そうとすると、かなり無茶な角度を求められるんだが、アイツは成し遂げた。なんて無駄な技術力だろうか。
「別に許可は得てない。だが前の公爵さんには黙認して貰えたぞ」
「前任のボンクラなど関係ない。今はもう別の時代なのだ」
「ほう。随分な言い草だな」
「些末(さまつ)な話など、今はどうでも良い。本来ならば貴様を反逆分子として始末する所だが、この塔を明け渡すというのなら命だけは助けてやる」
「何言ってんだお前?」
「この慈悲が分からんか。私がその気になれば、万余の軍が動く……」
その時、男が敷地に足を踏み入れた。そこで聞こえたのは、やはりというかアドミーナの声だった。
「たった今、ゴミカス野郎が進入しました。抹殺してもよろしいでしょうか」
「うん。良いよ」
「では焼却します」
致命の光が男を襲う。だが寸での所でアーセルが身を挺して庇い、男を光から遠ざけた。その代償として、アーセルのケツが燃え始める。
「い……命が要らんようだなッ!」
男は叫んだかと思うと、アーセルの体を蹴って押しのけ、這う様にして馬車へと駆け込んだ。そして去り際に「この恨みは忘れん」みたいな言葉を残し、一団は去っていった。
「何だったんだ、アイツら」
よく分からん組み合わせが、よく分からん要求をして、最終的には逃げた。これをどう解釈すれば良いのか分からず、クロエ達に質問されても上手く答えられなかった。
「今のは何だったんですか?」
などと聞かれても、こっちが知りたいくらいだ。
それから数日後。明け方という早すぎる時間帯にピーヨピーヨと鳴る。朝っぱらからウルサイなと思っていると、アドミーナの言葉に絶句し、カーテンを開けた。
窓の向こうには、今にも昇らんとする太陽のもとで、街道を埋め尽くす程の軍勢がひしめき合っていた。
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