第46話 変わりゆく情景

 半月ぶりにやって来たヴァーリアスの街は、割と沈鬱な空気だった。吹き付ける寒風と、空に居座るドンヨリ雲が一層拍車をかけるようだ。


「景気の悪そうな感じだな」


 1人で走らせる馬車は、開放感よりも退屈の方が強い。話相手が馬一頭とくれば、想像に難くない。だがそれも商店街に差掛れば事情が変わる。


「セルシオさん。小物店エリアに着いたぞ」


「わかりました。それでは品を持って、店主と商談をお願いします」


「あいよ。朗報を期待しててくれ」


 荷車から大きな麻袋を2つ手に取ると、そのまま店の中に足を踏み入れた。


 中の様子はというと、薬品やら飾り物などが棚に所狭しと並ぶ、中規模の広さだった。品数が多いのに客の姿はまばらで、店主は退屈そうにカウンターであくびを撒き散らした。 


「なんだい、客?」


 年配の男はそう言いつつも横を向き、もう一度大きなあくびを振りまいた。この労働意欲の低さはなんなのかと尋ねてみたくなる。


「工芸品を持ってきたんだ。買い取ってくれ」


「商人ギルドに加入は?」


「してない。一般人だ」


「だったら買取額から1割の手数料を引く。それでよけりゃ品を出せ」


 ぞんざいな扱いが気になりつつも、麻袋をカウンターに並べた。そこには村の皆が汗水垂らして造った品の数々が詰められている。


 民芸品として木彫りのハトを持ってきた。今にも飛び立たんとする躍動感は見る眼を惹くに違いない。また実用品には鉄器がある。カマやナイフとか色々とあるが、どれも十分な切れ味だ。熟練者たちによるこれらの逸品は、果たしてどれだけの値がつくだろうか。


「物は悪くない。しめて3千ディナといった所だな」


「そんだけ貰えたら十分だ。買ってくれ」


 この取引を終えたら、いつもの食料品に加え色々と買い足す予定だ。概算では2千500ディナくらいなので、お釣りが来る計算になる。


「じゃあ手数料を引いて2千700ディナだ」


「あいよ。渡してくれ」


「それでそこから売買税が5割掛かるから、1350がお前さんの取り分だよ」


「は? ふざけてんのかオイ」


 反射的に店主を睨み据えた。こんなボッタクリ許せるか。視線に怒気と、ほんのり闘気を乗せてみると、男は真っ青になって震えだした。


「足元見すぎだろ。素人だと思ってバカにしてんのか」


「ち、違う! ウチが勝手にやってんじゃない。そういう新税が出来たんだ!」


「本当かよ。5割ってどう考えてもおかしいだろ」


「そう思うなら他所に行けばいい。どこだって似たりよったりだ」


「言われなくてもそうするよ」


 麻袋を引っ掴むと、近くの店に向かった。今度の主人は大柄な女性だ。彼女は品を褒めてはくれたが、付けた値段は2600。そして問題の税も当然のように徴収しようとした。やはり売るのは断念する。


 そしてやって来た3件目。こちらの店は愛想の良い老夫だった。品物と長らくにらめっこをして出した結論は、こうだった。


「ふむふむ、3千ってところかのう」


「マジかよ。それは税金とか考えないでの話か?」


「さよう。手数料1割引いた後に5割の税がつく。だからお前さんには半分も渡せんのよ」


「村の皆に食い物と毛皮を買って帰りたいんだ。もうちょっと上乗せしてくれないか」


「だったらウチの店で買っていきなさい。お前さんの品を売ってくれるなら、ウチの商品を格安で提供しようじゃないか」


「うーん。そうしてくれるなら、ここに決めようかな」


「商談成立だな」


 店主が荷をかたす間、オレは店内を見せてもらった。だが毛皮にしろ、根菜やジャガイモなどの食い物にしろ、軒並み値上がりした印象を強く受けた。


「なぁ爺さん。どうしてこんなに高いんだよ。品不足か?」


「いんや。馬鹿げた新税のせいじゃよ。同じ値段で売ってたら破産しちまう」


「そういう事か。ロクでもねぇ話だな」


「おっと批判は止めてくれんか。騎士団にでも聞かれたら大変だ」


「どうしてだ?」


「ちょっと傍まで来なさい」


 店主が耳打ちしてくれたのは、ここ最近の状況についてだ。前の公爵さんが亡くなった直後に新たな領主がやって来た。それは公爵さんの跡取りではなく、国王の子、第2王子が任命されたらしい。


 どんな人物かはヴァーリアス民は知らなかった。だが速攻で定められた新税から、どんな人柄かは調べるまでもない。


「とんでもないヤツが来た、と街の皆は口を揃えているよ」


「そうだな。いきなり重税とか、暴君の臭いしかしないぞ」


「だから悪く思わんでくれ。お前さんだけでなく、誰もが辛い想いをしておるのよ」


「もしかして、騎士団に聞かれるってのは」


「批判はご法度。文句のひとつでも牢屋に連れてかれちまう」


「ヤバいなんてもんじゃないな」


 歴史に疎いオレだが、時代小説に出てくる極悪君主と引けを取らない気がする。これで先祖の墓を暴(あば)くとか、手当たり次第に処刑を始めたら役満クラスと言えそうだ。


「はぁ……タダでさえ冬支度で金がかかるのに、税が暴利とくりゃ、どうにもなんねぇな」


「お前さん、物入りだってんなら、お尋ね者でも捕まえたらどうだ。何やら強そうだしな」


「お尋ね者ってどんなヤツだい?」


「これよこれ。今しがた店の中に貼り付けようと考えておった」


 店主の差し出したのは大きな羊皮紙だった。だがポイントはそこじゃない。そこにはクロエを始めとしたセルシオ一家が描かれており、名前まで丁寧に書き込まれていた。


「これが人相書きか。随分リアルに描かれてんだな」


「商人ギルドのメンバーだったからな。どんなギルドでも、登録の際に水晶板で顔を登録するのが習いだ。トラブルを起こした場合に、こうする為にな」


 だからか、合点がいった。セルシオの隣にオレの人相書もあるのだが、そちらは酷くクオリティが低い。似ているのは髪型くらいで、顔は「3」を並べて描いたような、恐ろしく雑なものだった。捕まえる気が無いのかと思える程だが、オレはギルドに登録した経験がない。つまりは参照すべき顔のデータが存在しない事になる。


「この中の1人でも捕まえれば1万も支払われるぞ。気が向いたら探してみなさい」


「お、おう。そうだな」


 それからは食料と、いくつかの毛皮を購入し、そそくさと後にした。やはりクロエ達は厳重にマークされている。マンション付近をうろつくくらいは問題なくとも、街に繰り出しでもしたら捕捉されるに違いない。


 どうにかならんものか。クロエ達が大手を振って歩くには、何をすれば良いんだろう。今朝の出立時を振り返ってみれば、セルシオが馬車の紋章を消すように繰り返し言っていた。その紋章がキッカケで足が付くというのだ。1万ディナという高額な報奨金を考えれば、それも杞憂(きゆう)では済まないだろう。


「おっと。この辺に仕立て屋があったよな」


 他と比べて立派な店が視界に入った。この洋裁店は人気が高く、店内は界隈では珍しく人の入りが激しい。ここは生前の公爵さんが紹介してくれたお店だった。


 すぐすぐの依頼ではないにしても、顔合わせくらいは済ませておきたい。話の流れ次第では、さっき買った毛皮で繕ってもらい、腕前を確かめても良いだろう。

 

「お邪魔しますよ……って、何だこれ」


 店内はちょっとした紛争状態だった。老若男女問わず、商品を奪い合い、時々口汚くののしったりしている。仮に超人気店だったとしても、こうはならんだろ。


「ちょっとごめん。通してもらえないか?」


 どうにかして店内に入ろうとしたが、肉の壁に阻まれてしまった。


「何だお前は、順番を守れ馬鹿野郎!」


「ちょっと待て。この有様で秩序があるってのか!?」


「うっさいザマス。素人はすっこんでるザマス」


 客の手によって追い出されてしまった。何という熱気だろう、この一区画だけ別世界のような熱気だった。


 これは店主にも期待が持てるってもんだ。オレはそんなささやかな収穫だけ手にして、馬車を帰路に導いた。


 ちなみに冬服についてはシリアンナが請け負ってくれた。彼女は手先が器用だそうだが、桃レスリングのイメージが払拭される事はあるまい。

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