第45話 それぞれの才覚
「よし、じゃあこれから魔法の授業を始める!」
マンションの中庭で、オレの堅苦しい声が響き渡った。陽射しはあっても肌寒い陽気。それも運動するうちに気にならなくなるだろう。
本来なら生徒はクロエだけのはずなんだが、割とゾロゾロ居る。2人でエントランスから出た所をシャーリィに捕捉されてしまい、それからすぐにフレッドが駆けつけてきた。事情を知ると、兄妹揃って魔法を習いたいと叫び、こうして同席している。
ちなみに、そのついでとばかりにヤミールまでもが参加していた。ちょっと生徒が多くはないか。
「じゃあ手始めに実演してみせるから」
ここでクロエの様子が気になった。当初の予定ではプライベートレッスンだったはずが、いつの間にか小クラス授業みたいになってしまった。これは彼女と交わした、魔法を教えるという約束を破る事にならないか。そんな不安がよぎる。
あっ、大丈夫だわ。クロエは、新しいオモチャを与えられた犬みたいに眼を輝かせて、次のシーンを待ち侘びている。機嫌を損ねたようではない。
「いくぞ、ロックウォール!」
掛け声とともに、オレ達の四方には厚い石壁が出現した。これは魔法による被害が出ないよう配慮した結果だ。
ちなみにコアルームが使えたら楽なんだが、あそこはオレ専用だと言ってアドミーナが譲らない。
「うわぁ、これも魔法なんだね。すごいや!」
フレッドが年相応にはしゃぐ。
「この魔法があれば、中でシンペイ様と好き放題できるです」
シャーリィが年不相応なコメントを晒すが、そんな展開は認められない。聞き流そう。
「さてと。まずは簡単な魔法から覚えてもらうぞ。火の玉をイメージして、ファイヤビットと唱えてくれ」
その言葉とともに、皆が好き好きにポーズをとる。太陽と交信するかのように両手を頭上に掲げたり、見えない花束を持つ感じで胸の前に据えたりといった具合に。
「ファイヤビット!」
率先してフレッドが叫び、みんなも続いた。すると、全員の両手には頭サイズの炎球が浮かぶようになる。
「うわっ。ほんとに出たよ!」
「こんなに大きい火の玉を出すだなんて、初めてだわ……」
彼らも魔法が使えないわけじゃない。料理をするのにマッチサイズ程度の火を、掃除に微風だとかを当たり前のように出したりする。だがこれは正式なプロセスを踏んだ本格的なものだ。威力、機能ともに段違いなんである。
「よしよし。第一段階はオッケーだな。じゃあ次は、その火の玉を壁にぶつけてくれ」
「ぶつけるって、どうやるの?」
「例えばラジコン……いや、ええとだな。玉が前進するもんだと考えてみなよ」
「前進……。あっ、動いたぁ!」
フレッドが大声で喜んだ。そして彼の炎が緩やかな弧を描くと、壁に激突して一所を焦がした。それからまた大はしゃぎで、さながら決定ゴールを決めたストライカーのようになった。この少年らしさはとても可愛いと思う。
シャーリィとヤミールの炎も、順調だ。スピードこそないものの、一応は予定通り扱えた。
そこで問題になったのはクロエだった。
「むむむ。むぅぅーー!」
彼女は顔を真っ赤に染め、両手をバタバタを仰ぐのだが、全く進展が見られない。
「どうだい。難しいかな?」
「プハァ! すみません。全力でやってるんですけど」
「感覚を掴めたらスグなんだがなぁ」
もしかすると、火属性は不得手なんだろうか。テーマを変えてみると良いかも知れない。
「じゃあ次の魔法を試してみようか」
「やったぁ! 教えて教えて!」
フレッドの好奇心がフルスロットルしてる。
「今度は風魔法だ。エアボルトと唱えてみてくれ。イメージするのは突風だ」
「エアボルトーー!」
その声とともに魔法は発動した。そこらの草が真ん中で切れたり、地面が弾けて土塊が舞ったりする。
だが、肝心のクロエはやはり厳しいらしい。
「えい、やぁ! エアボルトーー!」
一応、微風程度のものは起きている。だがそれが魔法によるものか、それとも大げさな身振りによるものかは判別が難しい。
「あらあらクロエさん。まだ出来ないんです?」
シャーリィが不敵な笑みとともに絡みだした。
「そうなの。アナタは上手なのね」
「もちろんです。楽勝なのです」
シャーリィの合図とともに、地面が大きくえぐれた。風魔法についてなら、4人の中で一番上手く扱えているかもしれない。
「羨ましいな。私もそんな風に使ってみたい」
「ホラホラどうです。ホラホラホラどうです、シャーリィはこんなにも!」
「うわぁすごい! 魔術師様みたい!」
やばい、調子に乗り出したぞ。早い内に止めなくては。
「おいシャーリィ。乱発は控えろ、さもないと……」
「ウキャーッキャッキャ! シャーリィはクロエさんより魔法が上手です、だからシンペイ様に相応しいのもこのワタシ……」
「あぁ、遅かったか」
シャーリィが眼を回して倒れてしまった。魔力損耗状態だ。
「いいか。無計画に使いすぎると、弱い魔法でも辛くなるからな」
「ねぇシンペイさん。シャーリィを家に連れて帰って良いかな?」
「そうだな。その方が良いだろ」
「じゃあ僕たちはこの辺で。また教えてね!」
フレッドはそう言うとシャーリィを抱きかかえ、壁を器用によじ登って立ち去った。妹の窮地をみるなりお兄ちゃんに戻るのか。一人っ子のオレには感覚的に理解が難しい。
「それにしても、クロエは風魔法も苦手か」
「すみません。どうも勝手が分からなくて」
「なぁヤミールさん。原因は何だと思う?」
「そうねぇ。クロエは昔から極端な子で、得意と不得意の差が激しいの。たとえば5年前、湖で遊んでた時に……」
「姉さん、その話はやめて!」
「あっ。ごめんなさい。とにかくクロエは苦手な物はトコトン苦手なの」
湖で何があった。気になる、しかし聞き返して良い雰囲気でもない。
「じゃあどんな適性があるか、専門家に聞いてみるよ」
「専門家って、そんな人いるの?」
「アドミーナ。話は聞いてたろ。クロエの適正を教えてくれ」
ものの数秒も待つと、アドミーナは傍に現れた。そして深々と頭を下げるなり言葉を発した。
「承知しました。ご質問の内容は魔法の適正でしょうか。それとも夜の情事における変態適正の方でしょうか」
「話を聞いてたんじゃないのか。魔法の適正だよ」
「では魔法の適正についてお調べ致します」
「どう聞き間違えたら、その2択で悩めるんだ」
それからアドミーナは、クロエの頭に手をかざした。すぐにボヤッとした光が起こり、消えた。
「お答えします。クロエ様は炎適正D。氷D、風Dマイナス、土がDと全適性が胸のサイズと等しくなっております」
「そうなんだ……っておい、今なんて言った!?」
「魔法を活用するだけの適正をもっておりません。こればかりは体質ですので、ご理解ください」
みるみるうちにクロエの顔が曇っていく。それも無理はない、彼女は魔術に対して憧れを抱いてるのだから。
そうなればオレのかけるべき言葉は明らかだ。それは「胸が大きいんですね」でもなければ「上を脱いでみてもらえますか」でもない。
ましてや、「ちょっと揉ませてください」でもないのだ。
「あまり気を落とさないで。何か良い方法があるかもしれない」
「……そうだと良いんですが」
「アドミーナ。対案があれば教えてくれ」
「承知しました。クロエ様に魔法適性はございませんが、代わりに召喚術に対する適正が図抜けております」
「へぇ。どんなもんだ」
「最上位のSSSクラスとなります。訓練次第では、あらゆる精霊を呼び出す事が可能となります」
「だ、そうだ。どうしようか?」
「使ってみたいです。教えて下さい!」
教えてと言われても、オレだって知らない。何かを召喚しようだなんて考えもしなかった。
幸いにもアドミーナの説明は、案外簡単だった。やり方は、依代(よりしろ)となる対象物に触れながら命令をするだけ。依代のサイズや命令内容によって、呼び出される存在が変わるらしい。これはランダム要素というやつか。
「せっかくだからやってみたら?」
ヤミールの勧めがクロエの気分を持ち上げた。
「そうだね。試してみる」
そう言って、クロエは両手を地面に重ねた。そして「精霊さん、私を守って」とつぶやく。
すると次の瞬間、辺りに大きな揺れが起きた。そしてクロエの足元が膨らむと、そのまま天に向かって伸び続けた。その結果現れたのは土の柱か。
「グルァァーーッ!」
それはよく見ると人型をしていた。概算で20メートル級の巨人が、クロエを乗せたままに降臨したのだ。
「な、何だコイツは!?」
「これは邪神イカレス。ひとたび姿を見せれば、地上の半分は焼け野原になると恐れられる、伝説の存在です」
「説明しろってんじゃねぇ! どう対処すりゃいいんだ!」
「ご安心を。タキシンペイ様が全力で戦えば、3日足らずで打ち倒す事が出来ましょう」
「そんな長期戦やってられっか! 別のアイディアは!」
「クロエ様自らが命令を無効にしたならば、たちどころに退散します」
「そっちを先に言えよ、アドミーナこの野郎!」
オレは急ぎ飛翔した。思ったよりも遠い。かなりの高さがある。とにかくクロエのもとへ。巨大な足、腰に腹と見送った頃に、それは来た。
「うわっ。あぶねぇ!」
鋭い拳打が飛んできた。身をよじって避ける。掠めた肌が凍りつくほどの攻撃は、これまで見た中でダントツの威力があるように思えた。これは即戦で終わらせなくては、周囲に甚大な被害が出るだろう。
「クロエ! 命令を取り下げるんだ!」
クロエは巨人の肩にしがみついていた。無事なようだが、すっかり錯乱してしまっている。
「ほわわわ! 助けて、助けてくださいぃーーッ」
その悲鳴に合わせたかのように、巨人は攻勢を強めた。激しく繰り出される拳は執拗で、うかつに近寄る事は出来そうにない。
「クロエ、それじゃ逆効果だ! 命令を取り下げるんだ!」
「ほわ? 取り下げるったって、どうすれば」
「帰るように頼むんだ、早く!」
「あわわわ。精霊さん、もう大丈夫なんでお帰りくださいぃ!」
その言葉とともに、巨人はピタリと動きを止めた。それから「きゅぅうん」だなんてションボリとした声で鳴くとともに、身体が急速に縮んでいった。
そうして再びクロエが地面を踏んだ頃には、全てが跡形もなく消えてしまった。
「ふぅ、やれやれだ」
「驚いたわね。私の妹が、まさかこんな才能に恵まれていただなんて」
「嬉しさ半分ってとこだろ。強すぎる力は制御を誤れば、悲劇につながっちまう」
「そうね。あなたの言うとおりよ」
クロエはしばらく呆気に取られていたが、我に返るなり、オレの方へ駆け寄ってきた。
「すみませんシンペイ様。ご迷惑かけちゃって」
「気にしないで。それよりも平気なのか?」
「何のことですか?」
「あれだけの怪物を呼び出したんだ。相当に魔力をもってかれたと思うんだが」
「言われてみれば、何だか目眩が……きゅう」
「おっと危ない」
咄嗟に両腕で抱き止めたクロエは、間もなく気絶。そして寝息をたて始めた。
オレはヤミールと顔を合わせると、互いに苦笑を見せあった。ヤミールは魔法の授業について感謝すると、石壁を飛び越えて帰っていった。
オレも部屋に戻ろう。四方の壁を解除して、背中にクロエを背負った。
「まったく。たいしたもんだよクロエは」
それからはゆっくり歩いて帰った。徒歩のままエントランスを通り、エレベーターは使わず階段で。一段一段を踏みしめるようにして、丁寧に昇っていく。
そうやって、Dクラスが持つ確かな温もりを、背中で存分に感じるのだった。
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