第41話 クロエを救え

 クロエがシャマーナの貴族に捕まった。親父さんのセルシオも一緒に。


 それを聞いた瞬間、オレは窓から飛び出していた。場所など知らない。ともかく全力で南へと向かって飛び続けた。


「アドミーナ、クロエ達の場所はどこだ!」


「検索します。少々お待ちください」


 待ってなどいられるか。今は1歩でも1ミリでも1ナノメートルでも前進すべきだった。厚い雲を突き抜け、星空の下を突き進んでいく。雲の隙間に見える光景は、やがて陸地が消え、一面が水面のようになる。海にでも出たんだろうか。


「まだかアドミーナ。時間はないんだぞ」


「対象者は屋内にいるため、位置情報が掴みにくくなっています」


「だったらシャマーナだ。そこまでナビをしろ」


「シャマーナは通り過ぎました。現在は惑星の反対側に位置しております」


「マジかよ、おい!」


 考えてみれば、ヤミールとの連絡も完全に途絶えている。距離が遠すぎて、魔力の乏しい彼女とは通信を維持できないんだとか、チクショウが。


「このまま直進してください。それが最短ルートとなります」


「時間がねぇってのに!」


 速度を更に上げる。すると陸地が見えだし、山をいくつも越えると、遠くにポツリと佇む建物が浮かび上がった。オレのマンションだ。それを横目に飛び越して、今度こそ目的地を意識しながら向かう。


「まずはシャマーナ方面に誘導しろ!」


「現在の方向を若干西に寄せてください」


「若干てどれくらいだよ」


「右手側に7.5度軌道を変え、6分8秒後にシャマーナ地方に到着します」


「分かんねぇよ。だったらヤミールの位置を教えろ!」


「承知しました。対象者の腕輪をマークアップします」


 その言葉とともに、闇夜に光の柱が浮かび上がった。酷く目立つ。だがそう遠くはないようで、光の方へ向かって一心不乱に飛んだ。やがて辿り着いたのは山間にある平原で、若い女性がただ1人だけポツリと佇んでいた。


「ヤミールさん、オレだ!」


「あぁ、良かった。腕輪で話ができなくなるし、光り始めるしで、壊れちゃったかと思ったわ」


「すまん。どっちもオレのせいだ」


 ヤミールがこちらに駆け寄り、オレの手を取る。どう見ても彼女は身一つで、手荷物は何も無い様子だ。それだけでも尋常でない事が分かる。


「それよりもお願い。クロエと父が連れていかれてしまったの」


「話は移動しながらだ。場所は分かるか?」


「あの山に館があるの。中腹の辺りなんだけど、そこに囚われているハズよ」 


「分かった。ともかく急ごう」


 道すがら事情も確認した。シャマーナに到着し、依頼元の貴族に塩を納品。そこまでは良かったのだが、出立は引き伸ばすよう命じられた。街に留まる事数日。宿屋に突然、騎士団が押し寄せてはクロエとセルシオを連れ去ってしまった。ヤミールだけは用事で外していたため、難を逃れる事が出来たという。


「もう、どうして良いか分からなくなって。だからアナタに縋(すが)ろうと思ったの。私なんかじゃ助け出せないし」


「正しい判断だと思う。教えてくれてありがとう」


 会話を重ねる内、前方に豪邸が見えるようになる。平地に造られた館は大きく、敷地を高い塀がグルリと囲んでおり、ちょっとした砦のようにも見えた。


 オレ達は無造作に門の前に降り立った。見張りの男は2人。こちらを見咎めるなり、強烈なほどに凄んできた。その視線から逃がすようにしてヤミールを後ろへ回す。


「なんだテメェは。ここはシヌルド伯の屋敷だぞ」


「貧民共がうろついて良い所じゃない。痛い目に遭いたくなきゃサッサと消えろ」


 酷くガラの悪い連中だ。見せびらかす様に掲げる武器も、やたらと下品に光る。


 それでも構わず一歩進み出た。向けられた切っ先が動揺するのが、離れていても良く見えた。


「ここに行商の父娘が連れて来られただろう。返して貰おうか」


「アァ? 返せと言われて素直に渡せるかよ。頭おかしいのか、バァーーカ」


「安心しろよ。伯爵閣下が飽きたころには返してもらえるさ。まぁ、そん時には死んじまってるかもしれねぇがな!」


 何がおかしいのかゲラゲラと笑い出した。そのうち片割れがヤミールの存在に気づく。


「なんだ、そこそこイイ女がいるじゃねぇか」


「じゃあオレ達はこっちと楽しませてもらおう」


 男の手が無遠慮に伸ばされてくる。その腕を横から掴み、強く握りしめた。鉄甲は粉々に砕け、指先には骨の砕ける生々しい感触が伝わる。


「ギャァァ! いてぇーーッ!」


「何しやがるこの野郎! シャマーナ騎士団に逆らおうってのか!」


「一度だけ警告してやる、退け。道を空けろ」


「平民のクズが調子に乗んな!」


 雑に繰り出された槍がこちらに迫った。遅い。くぐり抜けて距離を詰め、腹に拳打を浴びせる。たった一撃で男は吹き飛んでいく。身体は石壁を突き破り、中庭の噴水に激突することでようやく静止した。


 その一方で、利き手が潰れた男は悶絶し、白目を剥いた。これで入り口の安全は確保できたろう。


「これからすぐに突入する、だからヤミールはここで……」


「私も行くわ。2人で向かった方が効率的でしょ」


「でも中は危険だ」


「お願い。大切な家族なの」


「分かった、無茶はするなよ?」


 フワリングを唱えるなり、門を突っ切った。長い中庭を瞬時に通過すると、館の大扉を蹴破って侵入を果たした。


 中は外観と変わらず広々としたものだ。正面に登り階段、吹き抜けの2階は眺めただけでも8部屋近くはある。1階の方も通路が複数有り、手当たり次第に探すのは苦労しそうだ。


「クソが。せめてヒントでもあれば……」


「ねぇ、あそこの人に聞いてみましょ」


 1階通路の片隅に、立ちすくむメイドの姿を見つけた。足元にはティーセットが散乱している。酷く驚かせてしまったらしい。


「なぁそこのアンタ。ちょっと教えてくれ!」


「ヒイッ!?」


「20歳くらいの女の子と、その父親が連れて来られただろ。今どこに居るんだ!?」


「あ、あわわ……」


 ダメだ、会話にならない。別の相手を探すべきだろうかと思った矢先、ヤミールが前に歩み出た。


「落ち着いて聞いてちょうだい。私達は強盗でも通り魔でもない。ただ家族を助けたいだけなの」


「家族……?」


「アナタに決して危害を加えないわ。お願い、もし知ってたら行方を教えて欲しいの。20歳くらいの女の子とその父親よ」


「たぶん、伯爵様に連れられてプライベートルームに……」


「ありがとう。それはどこに?」


「お屋敷の地下室です。この通路を進んだ突き当りに階段があります」


「ありがとう。心から感謝するわ」


 ヤミールが眼で合図するのを見て、オレ達は通路を駆けた。いくつかの扉を素通りし、やがて降り階段を発見した。


「ここらしいな。行こう」


「気をつけてね、どこに見張りがいるか分からないから」


「そうするよ」


 口ではそう返しつつも、少し不気味に感じていた。これだけの騒ぎを起こしているのに、敵が一向に現れないのだ。もしかすると待ち伏せでもしているのか。


 だが考えても仕方がない。とにかく警戒だけは怠らずに進む。


「結構暗いな。足元に注意してくれ」


 地下はやはり視界が悪かった。数本の松明が辺りを照らすのみで、部屋の隅々までは見渡せない。


 ただし部屋の奥に鉄扉が見えたので、この部屋では終わらない事は理解できた。


「ヤミール、あの向こうへ行ってみよう」


「ねぇ待って。あそこに倒れているのは!」


 言い終えるのも待たずに彼女は駆け出した。そして暗がりでうずくまると、黒い影を抱きかかえた。それは良くみればセルシオだった。


「父さん。眼を醒まして、父さん!」


 返事は無いが、目立った外傷もない。出血も見られない事から、ただ気絶しているように思えた。脈も呼吸も、か細いなりに安定している。


「たぶん命には別状ない。じきに眼を醒ますはずだ」


「そう、安心したわ。ところで、これは父さんがやったのかしら?」


 付近に眼をこらせば、同じ様に倒れる男たちの姿が見えた。武装した連中だ。手には長剣だのメイスだのと物々しい武器があるのだが、それらは手元を離れて転がされている。


「分からん。それよりも今はクロエだ。セルシオさんの介抱を頼めるか?」


「ええ、もちろん。父の事は私に任せて」


「危なくなったら呼んでくれ!」


 オレはその場を後にするなり、鉄扉へ向かって駆ける。重い。建て付けの問題か、それとも施錠されているのか。答えはどっちでも良い。やる事なんかひとつだ。


「ワッショイオラァーー!」


 蹴破る。ひしゃげた鉄扉が床に落ちると、待っていたのは横幅のある通路だった。左右の壁には数え切れない程の拷問器具、そして、あから様にいかがわしいアイテムがずらりと並ぶ。


 なんて悪趣味だ。こんな所に一秒だってクロエを置いてはおけない。スピードを上げて翔ぶ。心は焦りで真っ黒だ。クロエはまだか、無事なのか。


 突き当りはまた鉄扉。だが今度は薄く開いている。


「邪魔だオラァ!」


 蹴り開けて押し入った部屋は、酷く空気の澱んだ場所だった。濁りきった臭気が鼻につく。これはカビや湿気、そして微かな血の臭い。


 こちらの部屋はなお暗い。しかも闇の向こうからは呻き声まで聞こえてくる。そう感じた瞬間には叫んでいた。


「クロエ、助けに来たぞ!」


 すると、暗がりで蠢く影が一直線に駆け寄ってきた。


「シンペイ様!」


 胸に飛びついてきたのは確かにクロエだった。反射的に抱きすくめ、その身体を捕まえた。この髪の匂い、愛らしい声。間違いなく本人だった。


「心配したぞ。怪我はないか」


「はい。どうにか無事です」


「それは良かった。囚われになっただけで済んだのはラッキーだったな」


「あの、いえ。ちょっと違います」


「違うって、どういう事……!?」


 眼が暗闇に慣れた頃、異様すぎる光景が眼に飛び込んできた。あちこちに転がされたのは壮健な男たち。ある程度の武装がされている事から、彼らが囚人でない事は一目瞭然だった。


「クロエさんや。これは何があったんだい?」


「えっと、ごめんなさい。一網打尽にしてしまいました!」


 彼女に聞いてみると、やはり相当危険な状況に追い込まれたらしい。伯爵の野郎に地下室へと連れ込まれ、そっからはエロアニメばりのアレコレをされそうになったのだが、そこは流石に腕輪の所有者。ちょっとした抵抗だけで伯爵を撃退。護衛だの兵士だのと何人も押し寄せてきたが、それらもアッサリと粉砕。


 結果として、クロエがラスト・スタンディング・パーソンとなったのである。オレが駆けつけたのも、一連の出来事が終わった頃のようだ。


「まぁ、その、なんだ。無事だったなら良かったよ」 


「でも騎士様を手にかけてしまいました。これからどんな罪に問われるか」


「どうにかしてみせるさ。オレが守るから……」


 その瞬間、膝が笑い出した。崩れ落ちようとする身体はクロエが支えてくれた。


「シンペイ様、どうしました!?」


「魔力を使いすぎた。気が抜けたら吐き気が……」


 張り詰めた緊張の糸が切れた瞬間、凄まじい目眩に襲われ、それが強烈な吐き気を呼び起こした。魔力損耗だ。焦るがままに力を使いすぎたようだ。


 しかしそうまでして急いだ救出作戦も、本人による自己解決という結末を迎えてしまった。無事なのは何より。それでも釈然としないものを感じながら、抗いようのない睡魔の海へと沈んでいった。




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