第40話 予期せぬ知らせ

 公爵さんの葬儀は、連日にわたって壮大に執り行われた。棺はヴァーリアスから長い列を作り、王都キャピタルランドへと送られていくのだそうだ。騎士でなく、城勤めでもないオレが呼ばれたりはしない。だから群衆に混じって、厳戒態勢の一団が街を離れていくのを見守るだけだった。


 そうして一行が遠ざかった今も、ヴァーリアスの街は水を打ったように静かだ。誰もが沈みきっているのが、言葉を交わさなくとも分かる。


(公爵さん、結構愛されてたんだな)


 商店街に歓楽街、住宅地と散歩がてらに歩いてみても、楽しさを見出すことは出来なかった。軒並み休業する中で辛うじて開いてた食料品店を見つけ、村人の為の食材を買い足しておく。


「おっさん。米2袋と、じゃがいもを袋ごとくれ」


「しめて650ディナだ」


 店主の愛想は悪かった。金を支払うと、勝手に持っていけなんて言いやがる。


 まぁ、こんな日に歯を見せるヤツなんか稀だろう。理屈としては分かるが、陰鬱な空気が肌にまとわりつくようで、長居する気分など消えてしまった。


「今日はもう帰ろうか」


 たまには歩いて行こう。街道の封鎖は解かれているし、魔獣の報告もない。道端の草をむしって、それを手慰みにして歩き始めた。


 街道は出ていく人より向かう人の方が圧倒的に多い。だから、オレのように流れに逆らうようにして歩くヤツは酷く目立った。


「あれ、シンペイ君じゃないか」


 馴れ馴れしい口調が真後ろから投げかけられる。この、そこそこ久しぶりの人物はあの野郎だった。


「お前はジャスタス。今までどこをうろついてたんだ」


「アハハ。ちょっと私用でね」


「オレには村を造らせといて、運営の手伝いもしねぇで遊び歩いてたのかよ」


「うん、勘違いしないで欲しいんだけど、ボクはノースガヤの住民じゃないよ。ただの雇われ者さ」


「雇われ者の魔術師さんか。一体何用で契約を交わしたんだ」


「魔獣騒ぎってあったじゃない」


「……まさかお前!」


 ジャスタスが人差し指を立てて言葉を遮った。人の眼を憚(はばか)れと言いたいらしい。


「だからボクには、対価以上に働く義理なんか無いんだよね」


「そうかよ。んで、今まで何やってたんだ」


「ちょっと仲間の救出をね。警備が手薄だったから助かったよ」


 ジャスタスの背後には、ローブに身を包んだ『いかにも』な男が居た。顔を覗き込んで眼が合うと、どちらからでもなく声があがった。


「あっ……」


「あぁ!?」


「どうしたんだい。もしかして君たち知り合いなの?」


「い、いや。気にしないでくれ」


 こいつはいつぞやの捕虜だ。オレが尋問した相手であり、本来なら地下牢の奥深くに閉じ込められているハズの男だった。


「彼の名はフリスキン。ボクの仲間なんだけど、見捨てられなくてね」


 コイツは美女の裸で仲間を売ったけどな。そう口を滑らせかけたんだが、フリスキンの鋭い視線が止めた。まぁ良い。武士の情けって事で秘密にしておいてやろう。


「救出も出来たんでね。ボクたちは本拠に帰るよ。村長さんにはよろしく伝えておいて」


「あいよ。覚えてたら伝えとく」


「僕たちはキノチトか、キャスリーバ辺りに居るから。こちらを訪ねる事があれば歓迎するね」


「あいよ。行けたら行く」


「まぁもっとも……」


 ジャスタスは話途中で立ち止まった。顔色は、垂れ下がった前髪が邪魔で窺い知る事が出来ない。


「その頃は平和じゃないかもしれないけどね」


「何……?」


 問いただすだけの時間は無かった。唐突に一迅の風がジャスタスを中心に吹き荒れた。舞い上がる小砂利に枯葉。その眼くらましに気を取られていると、いつの間にか2人は消えていた。ジャスタス本人、そしてフリスキンもだ。


「何だったんだ、アイツ」


 残されたのは不吉な感触と、そして往来を行く人々の困惑だけだ。見上げた空は雲ばかり。一雨くらい振りそうな陽気が、さらに心を騒がせるようだ。


 そんな不穏な出来事があったものの、数日間は穏やかだった。大きな仕事も無く、比較的のんびりとした時間が流れていく。村人たちは生業を軌道に乗せ、フレッドは鍛錬に励み、シャーリィは部屋の壁や天井をカサカサとうろつく。


 いや、うろつくじゃねぇし。


「なぁシャーリィ。その遊びもいい加減飽きたんじゃないか?」


「飽きるだなんてとんでもない! シンペイ様の体臭が染み付いた壁は、家に持ち帰って飾りたいくらいです」


 このザマだ。誰かこの子を教育してやって欲しいが、適任が全く見当たらない。実に悩ましいだなんて頭を捻っていたのだが、唐突に腕輪からしわがれた声が鳴り響いた。


「ふぇっふぇっふぇ。どうやら順調のようだねぇ。感心感心」


「うわぁ!?」


「そんなに驚かんでもよかろう。それとも何か、坊やはノミの心臓かえ?」


「この声は……人相見の婆さん!」


 忘れもしない。たびたび現れては知ったような口を叩く、不思議なバアさんだ。


「そうともよ。気付くのが遅すぎるわい」


「どうやって話しかけてんだ。こいつは腕輪の所有者だけが使えるプライベート通信だぞ」


「ふぇっふぇっふぇ。女っちゅうもんはミステリアスな一面を持ってるもんよ」


 答えになってない返事だ。いや、そもそもコイツはどこに居るんだろう。ノースガヤの人々を匿った日から今日に至るまで、婆さんの顔を見かけた事は一度もない。

 

 次から次へと浮かび上がる疑問。だが相手はこっちの気持ちなど全く顧みず、とにかく好き放題に喋り倒した。


「貴族、平民。どちらにも付かず離れずと絶妙な所を進んでおるのぉ。いや、微妙に平民寄りかね。それがお前さんの出した結論なのだとしたら……よっぽど例の嬢ちゃんが気に入ったんだねぇ」


「勝手に分析して納得すんな。オレはその時々に決断を迫られたし、最良の選択を続けたつもりだ」


「そうさね、それで良いんじゃよ。ひとつひとつの分かれ道が、ささいな選択の積み重ねが、やがて運命を決定づける。そうして刻まれた足跡は、やがて来る混迷の時代を生き抜く助けとなるだろうさ」


「混迷の時代だって? 割と平穏に暮らせてるぞ」


「ふぇっふぇ。それも変わってくるぞえ。先日くたばったろう、ヴァーリアスの領主が」


 なぜだろう。婆さんの口調は全く変わっていないのに、とたんに寒気を感じた。背骨を貫くような悪寒に思わず身構えてしまう。


「お前さんにはピンと来ておらんようだがね、あの領主が防壁だったのよ。世界に平穏を与える絶妙なパーツじゃった。しかし、そやつも今や亡い。時代は混沌へ向けて暴走していくことになるよ」


「……簡単には信じられないな」


「そのうち嫌というほど自覚するようになるさね。混沌の引き金は誰が引くのやら。坊やか、嬢ちゃんか、それとも他の誰かか。愉しみだねぇ」


 いよいよ声色が薄気味悪いものになる。反射的に利き腕を振り払うと、それきり通信は止んだ。仕組み上、魔力の糸を断ち切るようなイメージとともに適切な行動を取ると、それが受話器を切る行為になる。


 果たして、会話途中で終わらせてしまって良かったものか。少し迷う気持ちが生まれるが、後ろ髪を引く感覚は嫌悪感が打ち消した。


「混沌がどうしたってんだよ。楽しそうにしやがって」


 あの他人事めいた物言いにイラついたんだ。人が苦しみ、苦境に追いやられるのを笑って眺めているように思えて。世間には他人の不幸を好むタイプも少なからず居るだろうが、さっきのは度を越していたとしか思えない。


「あの婆さんは要注意だな。危険な臭いがする」


 何か、人知を超えた存在である事は確実だろう。少なくとも「地球」を認識できるような立ち位置にいる。だがお近づきになる気が起きないのは、直感がやかましいくらいに警鐘を鳴らしているからだ。


「つうか、何だったんだよ今の会話は。オレにどんな期待してんだか」


 嫌な事があったら早く寝る。寝つきの悪い方だが、ベッドが全てを許してくれるような気がして、とりあえず毛布にくるまる。


 室内はエアコンが効いているものの、何かと肌寒い季節。モッコモコで柔い毛がオレをどこまでも受け入れてくれるようで、途方もない安心感を得られるのだ。その感覚を愛しているのかもしれない。


「〓〓ペ〓さん。〓〓たら返事を〓〓」


 腕輪がうるさい。また婆さんじゃないだろうな。心の安寧をかき乱すなんて言語道断、しかも夜中。これは罵倒で返しても許される程の罪だと言えよう。


 目一杯に息を吸い込んでチャージ完了。あとは怒鳴るだけ。吐き捨てるセリフよし、ノドの湿り気よし、イメージも十分。さぁ喰らえ。


 そう思った瞬間だ。雑音まみれの音声が、瞬間的に鮮明さを取り戻し、その用件を明らかにした。


「シンペイさん。お願い、助けてちょうだい!」


「えっ……」


 この声は、確かヤミールだ。クロエの姉で、今は家族揃ってシャマーナに向かっているはずだ。その彼女がなぜ突然オレを頼るのか。


「あぁ良かった。私の声が聞こえるのね?」


「大丈夫だ。それにしても、一体どうしたってんだ?」


「ともかく急いで助けに来て欲しいの。クロエが父と一緒に捕まってしまったわ」


「何だと!」


 それを聞いた瞬間、窓から飛び出していた。寝間着のジャージを着替える暇も無く、ただ心が急かすままに夜空を駆け抜けていく。


 その頃にはもう、混沌がどうのという話は完全に忘れ去っていた。



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