第38話 産みの苦しみ
「おかしいな。イメージと違うもんが出来たぞ」
倉庫の中は空気がヤバい。きっとオレに対する信頼度とか、そういったものもピンチだろう。取り急ぎ、もう一度魔法を試してみる。今度は強めに魔力を送り込み、幻素とやらに強く働きかけた。
そうして出来たものはやはり失敗だ。今度は輪郭が異様に鋭くなり、全体的に尖った感じになってしまった。そのくせ顔は微笑みを湛(たた)えているので、何か含みのあるものにすら読めてしまう。
「これも、ダメだろうなぁ」
「そうですね。何だか、尖った袖で刺してきそうな怖さがありますね」
「おいアドミーナ。さっきから失敗続きなんだが」
答えはすぐ腕輪越しに返ってきた。
「創作魔法は魔力そのものよりも、イメージや想いを如実に現します」
「脳内では完璧なんだがな。それが上手くバシッと出ない」
「物を生み出すのは苦労が付きものです」
「ノンビリやってる暇はねぇんだぞ」
つまりは、明確な対処法は無いということだ。だとしたら、数を量産するしかない。手当たり次第に創りまくるだけだ。
それからも失敗は続いた。このモールディングの魔法、結構な消費量がある。乱発したいところだが、それは許されず、休憩を何度も挟む事を要求された。
「あの、魔術師様。少しよろしいでしょうか?」
近くに控えていたメイドさんが声をあげた。呆れ半分、不安半分といったところか。
「どうかした? もしかして、何か名案でもあったりして」
「いえ、そうではなく……」
メイドは1度辺りを見渡してから言った。
「素材となる石柱にも限りがありますので、あまり失敗が続きますと」
「あっ、やべぇ。そういう事か」
石柱が無けりゃ像はできない。そんな当然の事を今になって思い知らされた。素材は残りも僅かとなっている。もう少し慎重にならなくてはマズそうだ。
「ところでメイドさん。今回のはどうだ?」
じっくりと気持ちを込めて造ったリベンジ品。オレは良く出来たと思うが客観的にはどうなのか。
「ううん。だいぶ良くなったと思うんですけど……」
「まだダメかな?」
「何て言うんでしょ。こう、ホワァってするもんが欲しいですね」
「くびれとか良い感じだと思うぞ。どうよこの腰つき」
「ええ。その辺は何となく閣下のお好みかなとは思いますが」
難しい。自分で言うのもなんだが、かなり精度は上がってる気がする。それこそ、どこぞの美術館に飾ってあっても遜色(そんしょく)ないくらいの出来栄えだと思えた。
だがまだダメらしい。このメイドさんはこれまで石像の手配を担当していたので、眼は十分に肥えているようだ。彼女のジャッジに引っかかるならダメなんだろう。
「改良の余地有り、か。原因が分かれば楽なんだがなぁ」
ゴロリと寝転がって見上げた窓は、もう既に真っ暗だった。腕輪通信でアダモンとフレッドに、仕事で泊まり込みだと伝えておいた。こんな使い方も出来るんだから便利な機能だと思う。
「メイドさん。ちょっと街まで降りてメシ食ってくるよ」
「承知しました。お気をつけて」
それなりに打ち解けた相手だ。割と朗らかな雰囲気にて送り出してくれた。ちなみに門も顔パス。公爵さんの一声は効果テキメンだった。
城から出ると延々下り坂だ。まずは貴族が住まう住宅街がある。塀は高く、家や庭はどでかい。時々身なりの良くない人とすれ違うが、恐らく奴隷なんだろう。特に用事はないので、足早になって通り過ぎていく。
「メシ屋はどの辺かなぁ」
壁による仕切りを挟んで、次にあるのは商店街だ。この時間では食肉店や八百屋なんかは閉まっており、飲食店だけが空いている状態だ。
美味い店なんか知らない。とりあえず最寄りで、賑やかそうな所を選んだ。
「いらっしゃい。空いてる席にどうぞ!」
景気の良い声に出迎えられた。店内はほぼ満席で、カウンターもテーブル席も空きは無い。唯一、丸テーブルの席をひとつだけ見つけたので、相席になって注文をした。
「お姉さん。ここの名物はなんだい?」
「焼き魚セットだよ。久しぶりに活きのイイヤツが入ったから、ぜひ食べてほしいね」
店員は足を止める事無く、オレの質問に答えた。じゃあそれでと頼めば、やはり忙しく動きながらオーダーを受けてくれた。
「封鎖解除を祝して、乾杯!」
「長かったなぁ。やっとこさ街道が通れるようになって、オイラ嬉しいよ」
「泣くなオラ、笑えるまで飲めよコラ」
「あぁ堪んねぇ! ご無沙汰ののエールが美味くてたまんねぇわ!」
どうやら街道の封鎖が終わったらしい。それで商人達も通れるようになり、品が入ってきた、そんな所だろう。この繁盛もお祭り騒ぎの結果なのかもしれない。
「はい焼き魚ね。塩は振ってるからレモンをお好みで!」
颯爽と現れた店員が、どでかい皿を眼の前に置いて立ち去った。見た目はアユの串焼き、ただし巨大。本来は丸焼きにしたい所だろうが、それでは大皿からも飛び出してしまうので、真ん中で半分に切られていた。
セットで出された丸パンや輪切りレモンが小さく見える。子供用かと錯覚するが、手で握ると通常サイズだ。
「なんてデカさだ。こりゃ名物にもなるわ」
ぶっとい木串を手にとり、腹にかぶりついた。皮はパリパリで濃いめの塩気。白身の方はというと、歯を立てただけで脂がジュワと広がった。この組み合わせは旨すぎる。食べやすさも手伝って食が進む。邪魔な小骨も少ないので、それはもうアッと言う間に皿が空になってしまった。
「やべぇ。レモン汁のパターンを試してない!」
気付いた頃はもう遅い。細かな身すら残っておらず、できた事といえば、残り汁をパンに擦り付けて名残惜しむ事くらいだ。もう一皿いこうか。料金は80ディナ。2000ディナの仕事をしているオレからしたら、払えない額じゃない。
「おいおい兄ちゃん。なに辛気くせぇ食い方してんだよ!」
知らんオッサンが酒を片手に絡んできた。おあつらえ向きに息まで臭い。せっかくの余韻が台無しだ。ここはいち社会人として真っ当な道を説いてやらねばなるまい。物の道理や最低限のマナーについて。
それからしばらくして。
「だからよぉ、オレは魔術師なんだよ。本当だって」
気づけばオレはガッツリ馴染んでいた。両肩をオッサンで埋め尽くしているが、名前さえも知らん連中だ。慣れない酒のせいだ、きっとそうだ。
「魔法だったらオレにも使えらぁ。一晩経ったら財布の金貨が空っぽちゃんってね!」
「だからそういうんじゃねぇよ。信じねぇんだったら見せてやらぁ」
「おっ、良いね良いね。どんなの見せてくれんだ」
「創作魔法ってやつだ。その名もモールディングだ、眼ぇかっぽじって見とけよ!」
オレはテーブルに立って耳目を集めると、オレンジに魔法をかけた。光の輪っかが通り過ぎれば、次の瞬間には羽ばたく鳥の形に様変わりしていた。
「おいマジか、すげぇぞコレ!」
酔っ払い連中の目つきが変わった。それまでのバカ騒ぎから一転して、そこそこ真剣な顔を見せ始める。
「こいつは驚いた。もしかして兄ちゃん、名のあるお人なのかい?」
「それ程でもねぇよ。そんでさ、どう思うよ。そのオレンジ」
「いやぁ、オレはこう見えても古物商やってっから芸術品も扱うんだけどよ、こりゃ中々の腕前だぜ」
「本当か? 活躍できそう?」
「出来るなんてもんじゃねぇ。場合によっちゃ引く手あまたかもしんねぇぞ」
「そっか。ありがとよ、おかげで自信がついた!」
オレはテーブルに飯代と迷惑料を叩きつけると、急いで城へと戻った。この熱が、感覚が残るうちに1体だけでも創ってしまいたかった。
「あっ。メイドさん閉めないで!」
ちょうど倉庫まで戻った時だ。入り口に鍵をかけようとする姿が見えて、寸前で止めた。先ほどのメイドさんなのだが、いくらか怪訝そうな眼を向けられてしまった。
「魔術師様、ちょっとお酒の臭いが強いですね。だいぶ飲まれました?」
「えっ。そんなに臭い? ちょっと1杯飲んだだけなんだが」
「酔っ払いは大体同じことを言いますよ。オレは酔ってないとか、飲んでないとか」
「いや、マジなんだって。それよりも中に入れてくれよ。今なら成功しそうなんだ!」
「はぁ、そう仰るなら止めませんけど……」
微かなため息を挟んだ後、倉庫が開かれた。ランプも灯してもらい、室内は暖色の光で明るくなる。
「あのさ、さっきは何か足りないって言ってたよな。それがわかったんだ」
「本当ですか?」
「おうよ。足りなかったのは楽しさだ。喜びみたいな気持ちが必要だったんだ!」
酒場での気分を胸のうちで高めて、大声で叫んだ。モールディング。美しく煌めく光の輪。
「これがオレの求めた答えだぁーーッ!」
陰る光。そして現れた石像とは。
「これで仕上がりは完璧……って、おやぁ?」
「あの、めっちゃ歪んでますけど」
「そうだな。だいぶ酷い」
出来栄えはかなり悪いものだった。直線は狂い、曲線はあらぬ方に流れ、とにかく歪(いびつ)な形になってしまった。
「実際どうなんです。楽しく創れたんですか? 喜びってやつが籠ってるんですか?」
「いや、悪かったよ。ちょっと早合点しちまった」
オレンジで大成功したのは、サイズが小さかったからだろうか。いざ彫刻のような大サイズになると上手くいかない、という感じなのかもしれない。
メイドさんの視線が刺さる刺さる。今日はもう遅いですからという言葉を最後に、倉庫は再び施錠された。残念ながら続きはまた明日となりそうだ。
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