第37話 最期の願い

 ほんのり肌寒い朝には温かな料理に限る。今や当たり前となった村での食事、朝食はゴロゴロ野菜のスープだった。人参と玉ねぎの甘さが、寝ぼけた身体を優しくゆり起こすかのようだ。


「ヒェ……。人参が3個も入ってますよぉ。しかもでっかい」


「シャーリィ。好き嫌いしないで、ちゃんと食べなよ」


「兄さん。一番イイところあげる。ほらアーン」


「イイと思うなら自分で食べたら」


 フレッドが妹をたしなめる。この村に乗り越えなきゃいけない課題は山積みだが、シャーリィの偏食もそれに含まれるのかもしれない。少し微笑ましい気分になる。


 そんな光景を眺めていると、村中に小鳥の鳴き声が響き渡った。


「ピーヨピヨ。ピーヨピヨ」


 これは警報だ。アドミーナに作らせた避難警報だ。ごく自然な音でと注文したらこんな音色になってしまったが、一応機能だけは立派だった。


「屋内に隠れろ、物音を立てるな! 騎士団が来たぞ!」


 オレは1人身を翻し、そのままベランダまで飛んだ。後は何食わぬ顔で迎えれば良い。


 そうして5分も過ぎただろうか。ヤハンナ率いる騎馬が3騎ほど、マンションの前までやって来た。


「シンペイ殿。ちょっと良いか」


「朝っぱらから何の用だ。こちとら起きたばっかだぞ」


 返事にはトゲを添えて。この前の焼き討ち騒動以来、どうも連中が好きになれない。


「確かに非常識な時間だとは思う、申し訳ない。だが火急の用件なのだ」


「へぇ。そうかい。そいつは大変だねぇ」


「さすがに大声では話せない。1度下まで降りてくれないか?」


「はぁ……。めんどくせぇ」


 応対するまでヤハンナは帰らないだろう。それは非常に困るので、とりあえず話をつける事にした。


「ご足労痛み入る。単刀直入に言おう。公爵閣下が重体だ。医者の見立てによると、もう長くは保たないと」


「……あの爺さんが?」


「そうだ。そして、閣下はシンペイ殿を呼んでおられる」


「何でオレなんだよ?」


「最期の願いとまで仰っていた。ご助力いただけるか?」


 1度顔を合わせただけのオレに用事とはなんだろう。ほんのりと嫌な予感がする。だがヤハンナの顔には、有無を言わせぬだけの凄みがある。断るにしても、この場で告げるのは難しそうだ。


「分かったよ。でも請けるかどうかは話次第だからな」


「快諾してくれるか。では急ごう」


 ヤハンナは言い終える間もなく馬を走らせ、街道を駆けていった。その後ろをオレも追いかけるんだが、遅い。自分1人だけなら、森や崖を飛び越して一直線で行けるのに。


 そうして騎馬連中と足並みを揃えていると、やがて城に辿り着いた。至る所で衛兵は守りにつき、メイド達も仕事に励んでいるようだが、どれも顔色は悪い。人によってはボンヤリと虚空を眺めているほどだった。


「この部屋だ、シンペイ殿」


 何フロア分かの階段を登らされた後、ヤハンナは扉の前で告げた。ノックをして問いかけると、音もなく扉が開かれた。招き入れたのは公爵さんではなく、白衣と白頭巾に身を包んだ男だった。きっと医者なんだろう。


「閣下。塔の魔術師をお連れいたしました」


 ヤハンナがベッドの方へ声をかけた。そちらは大きな窓から燦々と陽射しが降り注いでおり、季節に反して暖かに見えた。だがベッドに寝入る老人はどうか。生気の無い顔だけを出し、薄めを開けて天井を見つめるばかりだ。


 何か大いなる力が公爵さんの魂を奪おうとしている。穴の空いたオケから少しずつ水が溢れていくように。


「待ち侘びたぞ。そなたが来るのをなぁ」


 声は酷く頼りない。まるで微風かと思える程にささやかすぎる。


「済まない。これでも道中は急いだ」


「まぁ良い。本題に入ろう。他の者たちは外せ」


 公爵さんの言葉に驚いたのは、周りの人々だった。どうやらメイドだけでなく、護衛の騎士も、そして医者までも追い出そうというのだから。


「閣下、そればかりはご容赦ください。もし何かありましたら……」


「残り僅かな時間だ。ワシの好きなようにさせよ」


「しかし閣下」


「出て行けと言ったのだ。早うせぬか!」


 重病人とは思えないほどの声に、一同は怯んだ。そして1人、また1人と部屋を後にする。やがてオレだけが取り残されると、公爵さんは疲れ切ったように溜め息を吐いた。


「見苦しい所を見せてしまった。年甲斐もなく」


「細かい事は気にするな。ところで、オレに頼みがあるそうだな?」


「左様。そこの布を取ってくれんか」


 震える指が差す方には調度品らしきものがあり、純白の布が掛けられていた。要望通りそれを剥ぐ。すると現れたのは、若い女性をモチーフにした彫刻だった。重ねた両手をヘソの前に据え、足を揃えて立つ姿は、イメージ通りの貴婦人といった所だ。


「キレイな人だな」


 割と自然に感想が漏れた。


「それは生前の我が妻よ。領内の彫刻家に造らせたものだ」


「そうかい。立派なもんじゃないか」


 芸術全般は全くもって苦手だが、何となく良い品だとは思う。


 だが公爵さんは口をへの字に曲げて唸った。


「違うのだ。確かに顔や背丈については申し分ない。だが肝心の所が似ておらぬ」


「へぇ。どのへんが?」


「腰のくびれだ。その具合がどうもシックリこなくてな。何度手直しさせても上手くいかんのだ」


「そうなのか。良いスタイルだと思うけどな」


 オレは軽く笑ったんだが、公爵さんは表情を崩さない。まさかな、と思ったのだが、悪い予感は見事にクリーンヒットした。


「どうかそなたに頼みたい。納得のいく彫刻をこしらえては貰えんか?」


「えっ、オレに!? そりゃ無茶な話だぞ」


「そなたは愛を知る者だ。たかがくびれと軽んずる事無く、誠実に向き合ってくれよう」


「何だよ、愛を知る者って」


「そなたを見た瞬間、確信したよ。我らは同類だと。誰かを愛するがあまり、ひたむきに突き進んでしまう、延々と突き詰めてしまう。そんな星回りを我らは持っておるのよ」


 そんな風に見られていたのか。だが、その評価に心当たりが無くもない。


「見ただけで分かったのかよ」


「死期が近くなるとな、不思議と本質が見えるようになってな。そなたは女人の体つきに浅からぬこだわりを持っておるだろう」


 褒め言葉のつもりらしいが嬉しくない。エロい人と断言されたようで。


「いや、まぁ、確かにこだわりが無い訳じゃないが……。とにかく無理だ。オレは手先が不器用なんだよ」


「この世には、創作魔法なるものがあると聞く。そなたには使えぬのか?」


「残念だがな、そういった便利なもんを使った試しは……」


 その時、腕輪が光った。続けてアドミーナの平たい声が響き渡る。そして、創作魔法の使用は可能だなんてホザきやがった。ふざけんな。


 そして今のセリフはしっかり聞こえてしまったらしい。公爵さんの口許が僅かに歪んでいる。


「どうやら使えるようだな。では、そなたに依頼させてもらおう」


「いや、待ってくれよ。オレに出来るとは思えない」


「報酬として2000ディナを進呈しよう」


「金は嬉しいよ。だけど他に適任者を探した方が良いっての」


「それから仕立て屋も紹介しよう。変わり者だが、腕は確かだ。大陸一との呼び声すら聞こえる程にな」


「仕立て屋って服屋さんかよ。そんなの紹介してもらっても……」


「そなたの愛する者が、望むままに気飾れるとしたらどうかな?」


 その言葉を耳にした瞬間、電流が駆け巡った。望むままとはどういう事か。


「やはり食いついたか。良きものだぞ、伴侶の晴れ姿というものは」


「それは、もしかして、どんな服装でもオーダーできるのか?」


「仕立て屋に作れる範囲であればな。あやつは、作れぬ服など無いと豪語しておったが」


 それはあんな服や、こんな服まで作ってもらえるのか。もしかすると、そんな服までも頼めるかもしれない。


 気づけばオレは前のめりになっていた。いつの間にか拳も、固い何かを示すように握りしめられている。


「どうやら請け負ってくれるようだな。力作を期待しておるぞ」


 公爵さんはそう言うなり、瞳を閉じて寝息をたて始めた。もう断るには遅すぎるし、報酬を考えれば請ける以外あり得ない。ともかく全力を尽くすしかなさそうだ。

 

 公爵さんからの命令が随所に伝わると、誰もが慌ただしく動き始めた。それからオレがメイドさんに案内されたのは倉庫の一画。諸々を片付けて作った空きスペースに、何本もの石柱が並ぶ。全部が大理石だった。


「さてと、早速やらせてもらうか」


 光沢の美しい柱の側面に手を当てる。新魔法の登録は済ませている。急ぎ用意してもらった奥さんの肖像画や、胸像に石像やらを参考にしているのでイメージもバッチリ。後は依頼品をつくるだけだ。お目付役のメイドさんが固唾を飲んで見守る中、早速第1作目に取り掛かった。


「モールディング!」


 そう唱えるなり石柱に光のリングが生まれた。それは最上部からフワフワと降りていき、輪っかの内側はノミで削ったようにして形が造られていく。


 思いの外簡単だ。これは今日中にでも品を納めて、公爵さんから報酬を貰えそうだ。大金に仕立て屋のコネクション。どんな服を頼んでみようか。清楚な物も良いが、いきなり際どい服を頼んでも大丈夫だろうか。そんでもって、手持ちの金が足りなかったらどうしよう。


 そんな事を考えるうち、リングが床まで降り、やがて儚く消えた。そうして角ばった大理石の石柱は、ひとつの作品へと変貌したのだ。


「よしよし、良い感じ……かなぁ?」


 改めて仕上がりを見てみると、正直いって酷いものだった。真ん中で別れる長い髪は左右でバラつきがあり、肩も高さが合ってない。ローブは妙に胸元がはだけているし、裾はまくれあがって足の大部分が露わになっている。これはダメなやつだ。他人の嫁さんを侮辱していると非難されても仕方のない出来だった。


「魔術師様。これは練習ですよね?」


「もちろんだとも。ちょっとしたお遊びっつうか、準備運動っていうか」


「良かったぁ。こんな物をお出ししたら、さすがの公爵閣下もお怒りになると思いますから」


「はは、は。誠心誠意やらせてもらうよ」


 どこでどう間違ったのか。途中で雑念が混じったのが悪かったのか。ともかく次だ。メイドさんの冷ややかな視線を覆すためにも、一定の品質を知らしめる必要に迫られてしまった。

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