第34話 匿ってよキャンペーン

 朝っぱらから慌ただしいことになった。事情を聞くために、主だった人々はリビングへと招き入れ、残りの大勢にはシャワーを貸すことになった。行列整理はシャーリィに、風呂場の使い方についてはフレッドに任せている。そのおかげで長く伸びた列も、大した混乱は起きていない。


「突然押しかけてしまってすみません、シンペイ様。私はノースガヤの村長をしておりました、アダモンと申します」


「昨日は何というか、災難だったな。随分と生き残ったみたいだが犠牲者はどれくらいだ?」


「それが幸いな事に、死者は一人も居りません」


「そんなハズはない。オレは確かに見たんだぞ、焼け焦げた人間を何人も」


「そのカラクリについては本人から説明して貰った方が良いでしょうな」


「本人?」


 アダモンが促すと、一人の青年が頭を下げた。緑色の長髪に丸メガネ、体の線は細く、裾や袖の広がったようなスーツを着込んでいる。何となく魔法を使えそうなタイプだと思った。


「どうも初めまして。僕はジャスタス。一応は魔術師だよ」


 この声に、なぜか聞き覚えがあった。だが初対面であるのは間違いない。


「うん。そんな気はしていた。それで?」


「実を言うと、騎士団の襲撃はある程度予測していたんだ。思ったよりも早かったけどね。事前に準備していて難を逃れたんだ」


「準備ったって何をしたんだよ」


「これを見て欲しい。ニタリウリって野菜なんだけどさ、ちょっと切ってみるね」


 ジャスタスは言い終えるなり、大ぶりなウリを割って見せた。切り口からはドロリとした赤い汁が溢れだす。


「こいつを使ってさ、魔法で擬態したんだ。襲われる瞬間にコレを身代わりにして、人が斬られたように見せかけたって訳」


「シレッと言うけどさ。そう簡単にはいかないだろ」


「もちろんだよ。相当な魔力を必要としたけど、僕にはこれがあったからね」


「……幻魔石か」


「うん。コイツにはかなりの魔力が蓄積されている。だから村人全員に魔法をかけるだなんて荒技を可能にしたんだ」


「だとすると、炎で焼けた死体も?」


「それもニタリウリだね。人間っぽい形や、苦悩みたいなものを表現してみたけど、上手くできてたかな」


「ああ、そりゃもう……完璧だったよ!」


 思い返されるのは小雨のシーンだ。オレは失意のドン底で無力さを嘆き、物言わぬ黒炭に懺悔した。それが野菜だったなんて知っていたら話は別だ。オレの感傷を返せと思う。


「つまりは全部カラ回りだったって事だ。騎士団連中に突っかかったのも、自責の念に駆られたのも」 


「いや、そうとも言い切れないよ。僕たちは炎を逃れつつも、村からの脱出までは出来ずにいた。キミが外で騒ぎを起こしてくれたろう。そのおかげで注意が逸れたから、僕たちは逃げきる事に成功したんだ」


「そんな感じだったのかよ。そうだとしてもなぁ、格好悪いっつうか、傷ついただけ損したっつうか」


「ちなみに、キミは帰り道をゆっくり飛んでいたろう。だからキミが塔の住民だとも分かったんだよ」


「うん、まぁその辺の話はどうでも良いや」


 なんだか気が抜けてしまって、投げやりな感情で一杯だった。この事件はそう遠くない内に黒歴史化して、事あるごとにオレを苛む事だろう。その度に「ウィィ」なんて呻き声をあげながら、一人寂しく悶えたりするに違いない。


「ところでシンペイ様。厚かましい事は重々承知のうえでお願いがあるのですが」


 アダモンが土下座せんばかりに頭を下げて言った。この恐縮具合、何だか悪い予感がする。


「一応、聞くだけ聞こうか。どんな話なんだ?」


「焼け出された我々を住まわせては貰えませんか?」


「無茶言うなよ。マンション……塔の中は広く見えるけど、使えるのはこの一画だけなんだ。とてもじゃないが、こんな大勢で暮らせねぇよ」


「まさかまさか。近くの空き地をお貸しいただくだけで十分ですよ。あなたの庇護(ひご)があれば、それで結構にございます」


「なんでここを選んだ。他にも暮らせる場所なんてあるだろ?」


「いえ、我々のうち何人かは騎士団に顔を知られておりまして。連中の眼をごまかしながら暮らすとなると、安住の地など限られております。そもそも縄張りがありますので、痩せこけた土地に隠れ住むハメになりましょう」


「そうは言うけどさ……」


 マンションの周辺は森とか丘とか、たまに崖があるだけなので、空いてるっちゃあ空いてる。木々を倒して土地を均す必要はあるものの、住むこと事態は問題ない。


 だがこの人数で生活するとなると、話はどんどん拗(こじ)れてしまう。


「目立ちすぎるだろ。今度こそ本格的に騎士団から眼を付けられる。そうなればアダモンが見つかるのも時間の問題だぞ」


「やはり厳しいでしょうか?」


「オレは貴族連中と敵対するつもりはないんだ。事情があってな、真っ向から衝突する訳にはいかない」


「そうですか、こりゃ参った……」


 気の毒だが、手を差し伸べるには話が大きすぎた。助けたいとは思う。それでも、クロエが一番大切な人であるし、彼女との健やかな暮らしを最優先にしたい気持ちに変わりはない。


「ねぇ。、誰だって故郷を捨てたくないんだ。そんな彼らを追い出して、過酷な地に向かわせるだなんて、ちょっと心苦しくはないかい?」


 ジャスタスの横槍が入った。まぁ割かし想定内の展開だ。


「そりゃあ可哀想だとは思うよ。でも出来ないものは出来ない」


「なるほどねぇ。ところでさ、あの女の子だけど見覚えがあるんだ。奴隷館の子じゃないかな?」


 不意に腹を突かれた気分になった。だがうろたえる訳にはいかない。


「あの子は兄妹そろって迷子になってたんだ。それを一時的に保護してやってるだけだよ」


「経緯は置いといて、誰かに見つかったら大変だね。あの子の足首を見たかい、奴隷紋が真っ赤に染まってたよ」


「なんだよその、ドレーモンってのは」


「奴隷は数日おきに特殊な魔法をかけて貰う必要があるんだ。処理をおこたれば赤くなり、逃亡奴隷かどうか見分けるのが簡単になるのさ」


「マジかよ……そんな仕組み知らなかったぞ」


 思わず頭を引っ掻き回してしまった。だが、それは迂闊な仕草だ。まさに短絡的だとしか言いようがない。


「ごめん、今のは嘘」


「……ハァ?」


「もしかしてと思ってカマをかけてみたんだけど、大当たりだったね。あの子は奴隷館から逃げ出したんでしょ?」


「いや、それは、なんつうか」


「だったら造らなきゃいけないよね、外の眼から身を隠せるような場所をさ」


 ジャスタスが白い歯を見せて笑った。思いっきり乗せられた事はわかる。だが多少なりとも弱みを握られた以上、ここでNOと言う選択肢は残されていなかった。


 そうと決まれば進行は早く、大人数を収容するため、森をズバッと切り開いた。求められる資材はもちろん膨大な量にのぼる。


 一番の問題は何かというと、力持ちだという理由だけでオレがしこたまコキ使われた事だ。支配者然として左団ウチワ、なんて態度は毛先ほども許されなかった。


「おらよジャスタス、用意してやったぞ。丸太30に巨石が20だこの野郎」


「おぉ凄いね。人海戦術で2日はかかりそうな作業を、半日足らずでやってのけるだなんて」


「うるせぇよ。つうかお前もちょっとは手伝え、言い出しっぺだろうが」


「僕は見ての通り頭脳労働者だから。それにボンヤリしてた訳じゃないよ。区画整理や住民の区分け、井戸とか必須インフラの位置なんかを色々と決めておいたんだ」


 ただただ気に食わない。単純にムカつく。こんな風にちゃっかり返答を用意しているあたり、優等生っぽくて好きになれそうにない。


「それから外観はこれね。いくつかパターンを用意したから」


 しかも絵まで描けるという。芸達者かよクソが。


「じゃあその紙もいただいておく。結果どうなるかは見てのお楽しみだからな」


「そうなんだ。じゃあ僕たちは外で待ってるよ」


 ジャスタスは他の村人とともに森で休むつもりのようだ。というのも彼らのうちのほとんどは腕輪を与えていないから、原則的に敷地内へ入れないのだ。アドミーナが言うには、何十人も相手に腕輪を配ると管理ができなくなるらしい。結局村長のアダミンだけに代表として渡す事になった。


 まぁ言われてみれば、劣化版とはいえ腕輪の所有者たちが束になって反抗してきたら、かなりヤバイだろう。アドミーナの反対理由は方便かもしれんが、オレとしても受け入れやすい理由だった。


「さてと。いつものように頼むよ、精霊さん」


 フワリングで資材を届け終えると、例の小屋の扉が開いた。土の精霊たちはモッキモキと不穏な愚痴を漏らしつつも、やはり仕事は早い。建物に井戸や作業小屋、そしてそれらを囲む外壁までをも、瞬く間に建ててみせたのだから。


「なんつうか、人智を超えた速度だよなぁ」


 空き地だった森は、いまや立派な村となっていた。壁の内側には真新しい家々が立ち並び、井戸も水資源が潤沢。更には農耕具を作れそうな作業場まで完備しており、後は人を住まわせるのを待つだけだ。


 ちなみにフレッド兄妹の家も壁の内側にあるので、外側から見ればマンションと大きな壁だけが見える格好となっている。


「いやいやいや、精霊までも使役するだなんて想定外だったよ。君は魔術だけでなく、精霊術まで使いこなせるのかい?」


 ジャスタスが鼻息まじりに言った。感情が何かを振り切ったようでもあり、更にそこへ呆れたような気配までも積み上げている。


「そんな事よりもどうだ。これで要望のものは全部出来てるんだよな?」


「そうだね。完璧だと思うよ。外から中の様子は窺えないし、そう簡単には匿ってるのがバレないんじゃないかな」


「まぁ、その外側に問題がありそうだがな……」


 改めて壁を外から眺めていると、アドミーナが何者かの接近を知らせてきた。そちらの方を見れば、騎乗の人間が3人ほどおり、うち1人は良く知った相手だった。


「ヤハンナか。何しに来た?」


 連中の気配は比較的穏やかだ。少なくとも、宣戦布告をするような空気ではない。


「特に要件はない。近くを巡回していたので、軽く挨拶をと思ってな」


 珍しく歯切れの悪い返答だった。もしかすると探りを入れようとしたのかもしれない。昨日の言い争いが原因で、本格的に敵対したのかどうか、確かめようとしているのだろう。


 オレにはまだ交戦の意思はない。かと言って仲良くする気も失せているが。


「用が無いなら帰ってくれ。オレはこう見えて忙しいんだ」


「長居するつもりはない。ところで、あの建物はなんだ。こんなものは昨日まで無かったと記憶しているが」


「ちょっと訳ありでな。今しがた建てた」


「今しがたって……ちょっとした城塞ではないか。そんなものを何故?」


 そう、ヤハンナの言う通り、村というよりは砦に近いデザインだった。内側を見通せないように高い壁を作ってしまったのが原因だろう。兵隊を詰め込めば、そこそこ持ちこたえそうなくらいには堅牢だった。


「まぁ軍用地に見えるかもしれんが、これは実験場なんだ。魔法開発の為のな」


「魔法開発……中を見せてもらっても平気か?」


「やめとけって。一歩中に足を踏み入れてみろ。荒っぽい精霊や濃厚な幻素に襲われて、魔力の弱いヤツだったら即死するぞ」


「そ、そうか。それほどに危険な施設なのか」


「心配すんな。オレが管理している限りは安全だから」


「……良いだろう。決して無茶をしないでくれよ」


 そう言葉を残すと、ヤハンナ達は去っていった。そのまま振り返る事なく行ったところを見ると、一応は信用されたらしい。この頃になって冷や汗が溢れ出てきた。自分でも気づかない程の緊張を強いられていたんだろうか。


「うんうん、言い逃れも上手。これで村の皆は安泰だよ」


 ジャスタスがノンキな声を上げた。気楽なもんだと、少し腹立たしくなる。だからちょっとビンタしておいた。お祝いの張り手だと、割と強引なこじつけを晒しながら。

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