第28話 窓の向こうに

 妹想いで誠実な少年と、妖精のように美しい少女をゲットしたぜ。いやゲットじゃねぇわ、ノンキかよ。


 あれから、みんなを解放してからも大変だった。なにせ身寄りのある子供達をそれぞれ村まで届けたのだから。ほとんどがキノチトやキャスリーバ方面ではあったものの、出身地がまばらだったので割と苦労させられた。


 いい歳したオッサン連中は自力でご帰宅してもらい、そうして残されたのがフレッドとシャーリィ兄妹だ。身寄りも生業も持たない彼らを置き去りにするのは心苦しい。考えあぐねた結果、結局は我が家に連れ帰る事に決めた。


「スゴイなぁ。昔話に出てくる宮殿みたいじゃないか!」


 マンションのエントランスに入るなり、フレッドが興奮して叫んだ。この反応はクロエを思い出さなくもない。たしか彼女は、精霊が顔を出しそうなんて言ったっけか。


 その時ふと、シャーリィと眼が合う。彼女は浮かべた微笑みを一層明るいものに変え、オレに笑いかけた。


 それから場所を変えてオレの部屋。予想通り、ここでもフレッドは大はしゃぎだ。


「うわぁ! 知らないものがたっくさんあるよ!」


 フレッドは首をひっきりなしに動かして、感激の声をあげた。眼につくもの全てが彼の探究心を刺激するんだろう。シンクを覗いては驚き、ソファを指でつついては同じように衝撃を受けていた。


 そこでまたシャーリィに眼を向けてみる。待ち受けていたように重なる視線。やはり彼女はそこで、最上級の笑みをニッコリ。


 いやニッコリじゃねぇわ。


「ねぇ。さっきからオレの事ばかり見てるよね?」


 自意識過剰なんかじゃない。ほんとに延々と凝視されている。


「はい、そうです。ずぅっとシンペイ様を眺めてたのです」


「どうしてまた」


「それはモチロン、カッコイイんですもん」


 シャーリィの視線がより濃いものになる。こんな褒め言葉を貰えるなんて、そのフェチの人が耳にしたら小躍りするくらい喜ぶんだろう。


 だがオレの心は真逆を向いた。相手が幼すぎるのもそうだが、何よりもその執着が怖く感じられた。


「なぁフレッド。この子はいつもこうなのか?」


 頼るべきは肉親。助けてお兄ちゃん。


「いや、ちょっと雰囲気が違うかな。ごく普通の子だったけど」


「それに何だよ、やたらジロジロと見て。褒められて悪い気はしねぇが、さすがに窮屈だぞ」


「擁護するわけじゃないけど、ある程度は仕方がないんじゃない? 小さい子が絶体絶命の中で颯爽と助けられたんだから。好感度はだいぶ高くなるよね」


 その辺までは気が回っていなかった。次からはもっと泥臭く戦って、華麗さのカケラもない姿を見せるべきか。


「まぁ怖い想いをした直後だからね、そのうち落ち着くんじゃないかな」

 

「恐怖なら、今現在オレもほんのりと感じてるんだが」


「ともかく様子をみようよ。じきに治まると思う」


「そうなる事を祈るよ」


 それからは晩御飯。干し肉と果物という簡単なものを食べ終えると、それぞれが眠る事になった。フレッド兄妹はリビング、オレは寝室と、場所を分けての睡眠だ。そうなるハズだった。


 消灯を迎えた頃、寝室のドアが開いた。やって来たのはシャーリィで、彼女は毛布の端で転がると、オレにニッコリと微笑んだ。


 いや、ニコォじゃねぇし。


「なにやってんの。もう寝る時間だぞ」


「はい。なのでこうして一緒するんです」


「その意味については……分かってないんだろうな」


「男女で同じ所に寝ると、すごく仲良くなるって聞いたんです。だから来たんです」


 これは良くない傾向だ。彼女の健全な未来の為にも、ここはひとつ教えてやらねば。


「いいかシャーリィ。寝所を共にするってのは、実は大変な事なんだ。今の君には足りないものが沢山ある」


 まず年齢。他にも信頼関係や両者の合意。そんなものが必要だと諭そうと思ったが、告げるよりも早くシャーリィは理解を示した。


「ごめんなさい。シンペイ様の言う通りです」


「そうか。分かってくれるか」


「シンペイ様との愛を育むには、不届き者の首を集める必要があるのですね」


「やべぇ。全然分かってない」


「行ってきます、生首100個穫れるかなぁぁーー!?」


「止めろフレッド、そっち行ったぞ!」


 こうして真夜中の捕り物劇が始まった。相手は少女と侮るなかれ。必死になった人間を確保するというのはかなりの重労働だ。しかも無意識に腕輪の力を使っているらしく、壁やら天井をカサカサと駆け回り、ようやく取り押さえた頃には汗だくになってしまった。


 これでは身が保たない。だから翌朝、オレは1つの決断を下すことにした。


「アドミーナ。新しく小屋を建てたい。精霊たちに依頼する事は可能か?」


「資材さえ揃えば可能です。一軒につき、丸太の3本もあれば十分かと」


 敷地の庭でアドミーナと打ち合わせた。フレッドとシャーリィにも同席しもらった上で。話の内容を理解できなくとも、雰囲気くらいは掴んだだろう。


「それだけで家が建つのか、すげぇな」


「他にも鉄材が必要となりますが、それは先日に襲撃を企てた愚者どもが、無様にも置き去りにした武器を活用しようと思います」


「あぁ、アーセル達が残した槍とか剣の事ね」


「左様にございます」


「じゃあ木の伐採だけで良いんだな。斧ってどこかにある?」


「木の幹くらいでしたら、腕輪の剣で事足ります」


「マジかよ。切れ味ヤバいな」


「まずは大きく育った木をお斬りください。それから枝を落とし、所定の場所に置いていただければ、後は精霊達が対応します」


「あいよ。そんじゃ行ってくる」


「お気をつけて」


 そんな訳で森の中までやって来た。適当に物色を繰り返し、程よく育った木を見つけるなり、剣を構えてみる。背中に2人の声援を受けながら。


「木をぶった切るなんて剣聖様みたいじゃん」


「シンペイ様ぁ、頑張って!」


 利き手には一応、存分なほどに魔力を籠め、真横に薙いだ。すると刃はたいした抵抗も無く幹をすり抜けた。遅れて大木が徐々に歪み、やがて倒れようとする。


 よりにもよってオレの方に。


「倒れるぞーーって、あぶねぇ!」


 反射的に体当たりをブチかます。唐突に始まった大木との相撲は、幸いにもオレが勝利し、反対側へ倒す事に成功した。伐採方法は気をつけないと、フレッド達まで危険に晒しかねない。


 残りの2本は工夫した。まず剣を一閃させ、すぐに大跳躍。幹が傾く前に蹴りつける事で倒れる向きを調整した。そうまでしてやっと危なげなく切り倒す事が出来た。


「すごいなシンペイさん。ボクもそんな剣が欲しいよ」


「フレッド達も使えるんじゃないか? 腕輪があるわけだし」


「そうなの? だったら試してみたいな」


「使い方はだな、右手に剣が宿るイメージをしてみな」


「こうかな……。うわっ、ホントだ!」


 フレッドの利き手に刃物が出現した。だが別物だ。刃こそオレの剣に似ているが、全体的に小ぶりで、ナイフと同じサイズ感だった。


「うわぁ、凄い切れ味だ。これなら枝を切り落とすのもスグ終わるよ!」


「手伝ってくれるのか、助かる」


「シンペイさんは休んでて。シャーリィもホラ、ぼさっとしてないで」


「フレッド兄さん。私はシンペイ様が流す汗の臭いをかぐのに忙しいのです」


「シャーリィ。手伝ってきなさい」


「分かりです、シンペイ様!」


 オレの一言でシャーリィも倒木に飛びついた。そして腕輪でナイフを呼び出しては、枝に叩きつけていく。振るうのは2回か3回。それで切り落とせるのだが、やはりオレの剣に比べたら質が落ちているらしい。


 いつだったかアドミーナが言っていた気がする。オレの腕輪は、ゲストの物に比べたら格段にレベルが高いのだとか。


「シンペイさん、終わったよ。これでどうかな?」


 フレッドが成果を報告してくれた。丸太の3本とも枝は無く、キレイなもんだ。これで要求されたものは用意出来たろう。


「じゃあ残すは搬送か。つっても結構な重さだよな」


「どうしよう。ボクらも手伝おうか?」


「いや、その前にちょっと試してみる」


 そう言って唱えたのはフワリングの魔法だ。人以外に効果があるのかは知らないが、どうやら上手くいったらしい。大きな丸太は、さながら水面に浮かぶ枝の様に、プカプカと宙に浮かび上がったのだから。


「ラッキー。これで持ち運びは簡単だな」


「へぇぇ、こんな事も出来るんだ。シンペイさんは何でもこなせるんだね」


「フレッド兄さん。シンペイ様は完璧なのです。不可能なんか無いのです」


「流石にそこまでじゃない。オレにだって出来ない事くらいあるよ」


 例えばシャーリィの管理。お前は制御不能だよ、とか言ってやりたくなる。そんな皮肉を浮かべてる事に彼女は気付かない。丸太越しに向けられた笑みは曇ないもので、オレは小さな溜め息だけで応えた。


 引き連れた丸太を中庭に置く。するとすかさず精霊の小屋が開き、中からモキッと鳴く集団が現れた。土の精霊達。見掛けによらず猟奇的な連中だが、今日の機嫌はどうだろう。そっと耳を傾けてみた。


――うわ、あの新入り達。キャスリーバ人じゃないか。


――田舎もんだ。可哀想なくらいド田舎だ。


――ねぇねぇバラす? アイツらを細切れになるまでバラしちゃう?


――ダメだよ。腕輪の男が監視してる。いやらしい眼でボクらを見てるんだ。


――何ソレこわぁい。見境ナシのエロ魔王。


――とりあえず家を建てよう。さっさと仕事を終わらせよう。


――そうしよう。それが良いよそうしよう。


――ねぇねぇバラしちゃダメ? あの兄妹はバラしちゃダメなの?


 どうやら概ね良好らしい。やつらは総がかりで丸太を持ち運ぶと、敷地の外へと消えた。そして遠くで砂埃が巻き上がり、やがて一軒の小屋が森に現れた。やっぱり仕事ぶりだけは素晴らしいもんだ。厄介な気質はともかく。


 早速小屋の中も拝見してみる。造りは簡素なワンルームタイプ。開閉式の木製窓に、テーブルと椅子だけがある。間に合わせの寝床としては十分に思えた。不足する水場やトイレはマンションの設備を使用すれば問題ないだろう。寝具だって持ち込めば良い訳だし。


「なぁフレッド。当面はこれで十分だと思うが、どうだろう?」


「もちろんだよ。こんな立派な家をくれるなんて考えもしなかった」


「フレッド兄さん。一人暮らしは寂しいでしょうけど、頑張ってください」


「何言ってんのシャーリィ。ボク達2人の家だよ。これからはここで寝起きするんだ」


「そんな、どうしてです!? 私はシンペイ様と愛を育みたいです!」


 シャーリィが眼を見開いてオレを見た。超絶に怖い。怨念すら感じさせる表情は、もはや10歳そこそこの子供が出せるものじゃなかった。


「ともかくこれは決まった事だから。フレッド、後は頼んだぞ」


「任せといて」


 後事をお兄ちゃんに託し、小屋を出た。そこそこ激しい激論が交わされているらしく、お互いの声がエントランスホールまで聞こえる程だった。


 しかし騒がしくなったのも束の間。昼飯の誘いをかけた時にはすっかり大人しくなっていた。食事もオレの部屋ではなく、エントランスホールの談話スペースを使用したのだが、そこでもシャーリィは良い子にしていた。騒ぎもせず、ねだりもせずといった様子。


(ここまでやったんだから、さすがに察してくれたか)


 その様子は夕食の時も変わらず、ようやく平穏が取り戻せたと安堵の息が漏れた。やがて迎えた消灯時間。窓から通りを眺めると、街道向かいの小屋から灯りが消えるのが見えた。そこで本格的に気を抜いたオレに眠気が押し寄せ、転がるようにして寝床に潜り込む。意外と疲れるだなんて思いつつ、いざ夢の世界へ。


——開けてぇ、開けてぇ……。


 微かな声が眠りを妨げた。しかもカリカリと何かを削る音も、不思議と心をかき乱した。原因は何だろうと辺りを見渡すと、窓の向こうにそれは居た。


 長い髪で顔半分を覆い隠し、隙間から見せる瞳は瞳孔が開いている。口元は左右で不均一に持ち上がり、小首も僅かに傾げている。手にしたナイフを月明かりでギラつかせ、窓枠を小突つきながら少女は、いやシャーリィは呟くのだ。


「開けてです。シンペイ様ぁ、一緒に寝ましょ……」


 やばい。怖い。何この子。夢に見そうなくらいには衝撃的シーンだ。ホラー映画だったら確実に殺されてる展開だろう。


 咄嗟に寝室からリビングに駆け込む。シャーリィの姿が遠い事を確かめつつ、窓を開けて叫んだ。夜空に助けを求める声が鳴り響く。


「フレッド起きろ! シャーリィが出たぞ!」


 その声が響くなり、フレッドが小屋から飛び出してきた。そしてエントランスを通って部屋まで来てくれた。


 一方でシャーリィの方はというと、簡単に捕まる気がないらしく、外壁を伝って上へ上へと登っていった。まるで忍者か何かを思い起こさせる動きは、やはり腕輪の力による部分が大きいだろう。


 それにしてもこの騒がしさは何なのか。オレはリスクを背負ってまで人助けをやってのけたのだが、その結果が不穏だなんて。さすがに、助けなきゃ良かったとは思わんが、寝不足必須の夜だけでもどうにか改善して欲しい。ただそう願うばかりだ。




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