第27話 オレの正義

 いつの間にか周囲を取り囲む敵は増え、20人程になっていた。騎士と聞いてはいたが武器に統一感は無いし、胸当ても直接素肌に着けるなどしていて、全体的にだらしない。いっそ山賊とでも言われたほうがシックリきそうだ。


「何モンだテメェ! 死ぬ覚悟はできてんだろうな!?」


 前列の男がひとり喚(わめ)く。付近にはやはりヨハンナが居ないようでホッとした。こんな理由でアイツと戦いたくはない。そしてアーセルが居ない事は残念だった。どさくさに紛れて肉塊にしてやりたかったのに。


「聞け、ガキ共! 逃げようとしやがったら足を切り落としてやるからな、大人しくしてやがれ!」


 男はなおも喚き続ける。安い脅しも、無抵抗な子供達には強烈だ。小さな悲鳴や嗚咽と共に、皆がその場ですくみあがってしまう。


 この子達を苦しめる馬鹿げた立場も今日限りにしよう。終わるべきなんだ。


「やかましく吠えるなよ、貴族の犬め。番犬ごときが人間様に指図するんじゃない」


「この野郎……オレ様を『キノチトの炎風』だと知ってホザいてんだよな?」


「知らんな。聞いたことすら無い異名だ。威張り散らすには、ちょっとばかし知名度が足りないんじゃないか」


「うるせぇ死ねやコラァーー!」


 男は振り上げた大剣を振り回した。人間大の刃物は、風切り音だけでも凶悪だが、オレにとっては脅威ではない。非効率なウチワみたいなもんだ。


「この……チョコマカと避けやがって!」


 何度目かの扇ぎを見送ると、オレも剣を呼び出し、一閃。ご自慢の大剣はそれだけで真っ二つに別れ、刃が地面に突き刺さった。


「あぁっ! よくもオレの剣を!」


「弱すぎる。何が炎風だ、笑わせんな」


「テメェ……もう死んだからな!」


 男はひとっ飛びで遠のくと、すぐに号令を発した。


「野郎ども、オレはこれから詠唱を始める。その時間を稼げ!」


「わかりやした、全員突撃するぞ!」


 その言葉とともに、いくつもの刃が迫った。眼前から槍の穂先の雪崩。低く潜り込んで1人斬る。その背後の敵も斬り捨てて包囲から抜けた。そして再び切り込む。一人、二人と剣撃を浴びせ、蹴り飛ばす。たまに向けられる切っ先は寸前でかわし、やはり手当たり次第に斬り伏せる。背中に迫る槍は宙返りで避け、また何人かを切りつけた。


 そこで一度大きく息を吐いた。敵はあっという間に数を減らし、立っていられるのは半分以下にまでなった。なんて歯ごたえのない連中だろう。状況が不利だと分かるなり、今にも逃げ出しかねない空気を漂わせている。


 ここはひとつ気の利いた決めセリフでも投げつけてやろうか……などと考えていると、突然背後に強烈な気配を感じた。魔力が膨れ上がるとしか言いようのない、不可思議な圧迫感が。


「ハッハッハ! てめぇが手こずっている間に詠唱は終わったぞ。これで茶番も終いだ!」


「何をどう見たら手こずっている様に見えるんだ。おめでたい頭してんな」


「ぬかせ。オレ様の上級魔法であの世に逝っちまいな!」


 男は全身に可視化できる程のオーラを身にまとい、叫んだ。突き出した両手に濃い紫色の霧をクッキリと浮かばせながら。


「死ねや、フレイムカッター!」


 次の瞬間には大炎が宙を駆けた。それは燃え盛る刃。火の粉をまき散らしながら低空疾走する魔法だった。


 肌を焦がす様な気配。生身で直撃したら命は無いんだろう。だがオレは全く身の危険を感じなかった、いや、酷くつまらない物に思えて仕方がなかった。


 迫り来る炎を瞬時に観察を終えると、魔力の中心と流れを完全に把握した。刃の前面から後ろに向かって、風を切るように魔力も循環している。


「そこさえ崩せば無力化できそうだな」


 剣で寸分たがわず急所を突いた。すると次の瞬間には、甲高い音とともに魔法は弾けた。あれほど猛り狂った炎の刃も、今は粉々に千切れ、力なく地面に落ちるばかりになる。


「そ、そんなバカな! 剣で迎撃しただとぉ!? 出来るハズがない!」


「ハズがないって、お前。実際に目の前で起きただろ。何を見てたんだ」


「有りえん! 使い手すら限られた上級魔法だぞ、そんな簡単に防げる訳が……」


「ゴチャゴチャとうるさい。今度はこっちの番だ」


 魔力を両手に込め、ウィンドボールと囁いた。すると手のひらの上に風が集まり出し、不穏な音で周囲が騒がしくなる。


「詠唱なしの魔法!? 何モンなんだよテメェは!」


「そんな事を気にしている場合か? さっさと逃げねぇと死んじまうかもな」


 男が弾かれた様に駆け去ると、その取り巻き連中も同じ方に逃げていった。それはむしろ好都合。立ちすくむ子供達が巻き添えを食わずに済むというもんだ。


 目測で魔法の範囲を測ってから発動させた。すると無造作に吹き荒れた暴風が、連中を宙に巻き上げた。まるで風に弄ばれるチラシだ。荒れ狂う風は容赦なく男たちを天高く吹き飛ばし、そしてどこかへと誘ってしまった。魔法の余波を受けた騎士団詰所も、外壁を大きく崩してひしゃげた。奴隷解放の象徴としては悪くない結果だろう。


「さぁ、これで邪魔者は消えたぞ。今のうちに逃げるんだ」


 オレの呼びかけに、ようやく時が動きだす。少年少女は我先にと逃げ出し、戦士風の大人などは、短く礼を述べてから去っていった。


 そうして後に残されたのは、オレとフレッド兄妹だけだ。


「おい、お前たちも早く逃げろよ。せっかく助けてやったんだぞ」


「いやさ、そうしたい所なんだけどね」


「どうした。何かやり残した事でも?」


 フレッドは言葉を濁しつつシャーリィと顔を見合わせた。スイカ面はともかく、少女の表情も明るくない。


「僕たちは行く所が無いんだ。住む家も仕事も家族も、何もかもが」


「あっ……そういう感じなのね」


「だから逃げろって言われてもさ、安全な場所なんか無いよ。うろついてるウチに見つかっちゃうと思う」


 オレはこの瞬間、後の未来を見通してしまう。これは彼らを養う事になるパターンだろうと。多少なりとも関わった2人を寒空の下に放り出すだけの覚悟なんて、さすがに持ち合わせて居なかった。


   

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