第26話 奴隷達を救え
真っ赤な太陽が森の向こうへ消えようとしている。上空からようやく村が見え、安堵の息が漏れた。約束の時間にはギリギリ間に合ったようだ。付近に眼をやると、街道側の村外れに人影が見えた。例の少年に間違い無かった。
「待たせたな。ちょっと準備が多くって」
必需品の買い出しに新魔法の登録と、かなりタイトなスケジュールを強いられたが、どうにかクリアする事ができた。待ちくたびれた少年の顔に明るい色が差す。
「本当に来てくれたんだ。それで、協力してくれるんだよね?」
「もちろんだって。ここじゃ人目につくかもしれない。森の方へ行こう」
「わかったよ」
場所を街道の茂みへと移した。郊外までやって来ると夜行性の虫が鳴くばかりで、人の気配は完全に消失している。辺りは、徒歩5分以内に村があるとは信じられない程の原生林が生い茂っていた。
「そういや名前を聞いてなかったな。オレはシンペイ。君は?」
「ボクはフレッド。ところでさ、シャーリィを助けるったってどうするの」
「そりゃ工夫するに決まってるだろ」
正攻法が無理ならあの手この手で回り道。サラリーマン時代に培った仕事の知恵だ。特に今回は貴族さんやらが絡んでいるというのだから、真正面から突撃する訳にはいかない。
「簡単に言うけどさ。向こうで騒ぎでも起こしたら、近くの騎士団がすぐに集まっちゃうんだよ」
「まぁまぁ。とりあえずコレ着て」
差し出したのは黒一色のローブだ。採寸を知らないままに買ったんだが、フードから踝(くるぶし)までピッタリのサイズだった。
「着てみたけど。これが何だって言うの」
「次はコレな。洗ってあるから心配すんな」
今度はお面を手渡した。それはスイカの皮をベースに作ったもので、眼と口の部分が切り抜かれている。ちなみに口許はあざ笑う様に歪ませた。
その両方を身に着けたフレッドだが、かなり訝(いぶか)しんでいる。まぁ、その気持ちは分からんでもない。ろくな説明もナシに変装させられているんだから。
「よしよし。絶妙な不気味さだな、悪くないぞ」
オレも同じセットで身を包んだ。これでフレッドと似たような風貌になっている事だろう。
「これが工夫なのかい? もしかして『オバケだぞー』とか脅かすの?」
「まさか。こんなんで大の男がビビる訳無いだろ」
「じゃあ……」
「工夫にはまだ続きがあるから」
続けてフワリングの魔法を唱えた。オレとフレッドの2人分で、それなりの魔力負荷を感じたが、大騒ぎする程じゃない。迅速な移動と、足音を消せるメリットを思えば、使わない手は無い。
「わ、わ、体が浮いた!?」
「驚くのはまだ早いぞ。もう一つオマケにどうぞ」
最後にチートセイモンという魔法を唱えた。移動中に登録しておいた新らしいものだ。
「どうよ。声が、変わって、いるだろう?」
「ほんとだ……。ボクの声も!」
「これで正体は完璧に隠せた。仮面はオレが良いと言うまで外すんじゃないぞ。身元が割れたら面倒だからな」
「すげぇや。お兄さんって魔術師だったんだね!」
フレッドがはしゃぎながら言った。賞賛されるのは嬉しいが、お面を付けた少年に変声で言われても、今ひとつ嬉しくない。
「じゃあ真正面から乗り込もう。道案内を頼んだぞ」
「任せて、村の奥の方だよ」
フレッドが地面を滑りながら進んでいく。やはり足音はしない。さらに闇夜が味方をしてくれるので、オレ達の存在が捕捉される可能性はグッと低くなったはずだ。
やって来た露店通りは、まだ人の往来が激しい。オレ達は裏手に回り込み、閑散とした道を進むことにした。木の柵を越えたら村の敷地内だ。頑丈そうな木の家がポツポツと並び、そのうちの何軒かは煌々(こうこう)と灯りをともし、騒がしい笑い声を漏らしていた。
「気をつけて。あのうるさい家は騎士団の詰め所なんだ」
「そうなのか。静かに通り抜けよう」
さらに身を低くして、詰め所を素通りする。それからすぐにフレッドが静止した。目の前には2階建てで、一際大きな建物がある。しかも石造り。他は全てが木造なので、これは酷く悪目立ちしていた。
「ここだよ。シャーリィが他の奴隷と一緒に捕まってるんだ」
「これがそうなのか。てっきり村長の家かと思った」
ドアノッカーを2度叩く。すると中から返事があり、ドアが開いた。中から現れたのは昼間の男。奴隷商人に間違いないようだ。
「お、オメェ達は……!」
男の顔が激しく歪む。バレたか。だとしたらなぜ。驚きつつも頭を捻っていると、男がその場で尻もちを着いた。
「ひぃぃ! オバケ!?」
「エェ……?」
別の意味で効果テキメンだった。心霊系が苦手なタイプだったらしい。
「ここで奴隷を売っていると聞いたのだが?」
「へっ? えぇ、間違いございやせんが……お客様で?」
「故あって身分を隠している。何か問題でもあるか」
「とんでもない。失礼しやした、中へどうぞ」
格好を取り戻した男は、揉み手でへつらう定番スタイルで出迎えた。身分を隠すところに金の匂いでも感じたんだろう。
店内の様子は意外にも小綺麗なもので、陰湿さは感じられない。そんな中で壁にかけられた料金表ばかりは異質だ。10万20万だのと景気の良い数字を並べているが、全ては人間に付けられた値段だった。
「こちらでございやす。お気に召すモノがございやしたら、お声がけくだせぇ」
男はまとわりつく笑みを浮かべると、オレ達を大部屋に招き入れた。足を踏み入れた瞬間、室内の濁りきった空気が鼻をつく。周囲を見渡してみると、そこは牢屋が3つほど設置されており、その中には何人もの人々が囚われていた。
「ご説明いたしやすと、左から元兵士や蛮族、技術者、最後は技能を持たないガキ共ですな」
牢屋の前にはそれぞれ、5千だの1万だのといった数字が掲げられている。これも彼らに定められた値段なのだろう。囚われになった経緯など知らないが、こんな商売が認められるべきなのか、疑問が憤りを交えながらこみ上げてくる。
(どうだ、居たか?)
(……ここじゃない。見当たらないよ)
フレッドに耳打ちしてみるが、空振りだったらしい。
「店主よ、我らの希望する者は居ない。これで全てなのか?」
「エッヘッヘ。そういう事でしたら、別の奴隷もご用意してやすぜ」
男の不快な笑みが、一層汚らしくなる。もう直視するのも嫌気が差すほどだ。
「場所は変わりまして、上までご足労くだせぇ」
そうして案内されながら階段を昇っていった。こちらも1階とほぼ変わらない構造で、大部屋が2階の大部分を占めているらしい。
「では、こちらへ」
男が招き入れた部屋は、先程とは別世界だった。中に牢屋といった物々しい設備は無く、漂う甘い香りが鼻をくすぐった。そこで待ち受けていた少女達は、皆が高価な衣服に身を包んでおり、豪華絢爛(ごうかけんらん)な調度品と共に並べられていた。
そんな光景の中、彼女たちの足を縛める鉄球だけが異様だった。1階と違う待遇であっても、不自由さについては同じだった。
「ここでは一番安くても10万ってところです。もっとも、金に糸目を付けないお客様ばかりが来ますがね」
「この子達に何が出来るんだ?」
「こりゃまたご冗談を。これだけの器量ですよ、ヤル事なんか1つでしょうよ」
「まだ幼い子ばかりだ。過酷な運命を受け入れるには、あまりにも幼すぎる」
「お客さん、そんなの言いっこなしですぜ。この商品共はこうなる運命だったんですよ。死ぬまで『可愛がってもらう』運命だってね!」
男が心底愉快そうに笑い声をあげた。ここが限界だ。考えるよりも先に右手が男の首を握り締め、体ごと持ち上げていた。
「な、何を……」
「キサマは疑問に思わないのか。これだけ大勢の人生を踏みつけにして。泣き声を聞きながら食うメシは旨いか?」
「離せ……離して……」
「生業の為だと言うならまだ理解できる。だが貴様は愉しんですらいるじゃないか」
指先の力は増す一方だ。このままへし折ってやろうとすら思う。
「さっき運命がどうのと言ったよな。だったらここで無惨に殺されるのも運命だろうよ」
「たずけで。死にだぐない」
「……だったら鍵を寄越せ」
男の震える手で掴んだ鍵束は、持ち上がりきらずに床へと落ちた。すぐにフレッドがそれを回収し、部屋の奥へ向かって駆け出した。
「シャーリィ。声を出さずに聞いておくれ。助けに来たよ」
「えっ。もしかして……」
「静かに。ヤツに知られたら大変なんだ。もうしばらくだけ、他人のフリをしていてくれ」
「う、うん……!」
フレッドはそれからも手当たり次第に少女達を解放し、外へ誘導した。
オレもそろそろ終わりにしよう。手元で今もブラ下がる男を壁に投げつけてやった。これで締め括りだと思ったんだが、最後に予期せぬ問題が起きてしまった。
「助けてくれ……怪しい2人組が奴隷を盗んだ」
男が角ばった石に話しかけると、応答する声があった。マズイ。応援を呼ばれたらしい。
急いで2階から駆け下りると、ちょうどフレッドと鉢合わせになった。どうやら1階の牢屋も開けたようで、通路は逃げ出そうとする人で溢れかえっていた。
「お兄ちゃん、こっちは終わったよ。もう逃げて良いんじゃないかな?」
「急げ。騎士団を呼ばれたらしい」
「えっ、それはヤバい!」
「とにかく外へ出るぞ」
すぐに通路の窓から飛び出すと、そのまま正面入り口まで回り込んだ。先に逃げた子供達は、シャーリィは無事なのか。それについては確かめるまでも無かった。
「危ねぇ危ねぇ。折角の金づるを逃しちまう所だったぜ」
要請から短時間であったのに、武装した騎士が既に何人も押し寄せてきた。逃げようとした少女達も、抜身の剣を前に体を凍りつかせてしまう。
「どうしよう。あともう一歩だったのに……!」
フレッドが歯を強く軋ませる。諦めるのはまだ早いと告げる代わりに、彼を物陰へと追いやった。そうして身軽になると、騒ぎの真ん中へ身を踊らせた。すぐに酒焼けした怒号が響く。
「テメェか。伯爵様の商売を邪魔するヤツは!」
無数の剣が、槍が松明の灯りで赤く光る。それだけの刃物に囲まれても、特に感じ入るものはなかった。ただ腹の中で、ガラの悪い連中だと思っただけだった。
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