第25話 奴隷商

 騒ぎの場所を探し回る必要は無かった。既に何人もが足を止め、人だかりが出来ていたからだ。



「このクソガキ、いい加減にしやがれボケが!」


 大柄な男が少年の首根っこをつまみ上げている。そして雑に放り投げると、更に強い声で迫った。


「これが最後の警告だ。またやらかしたら騎士団を呼んでやる。そうしたら牢屋行きだからな」


「妹を返せ! このウソツキめ!」


「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ。いいからとっとと失せろ」


 男は蹴り上げる仕草をして砂を撒き散らした。小砂利の雨が少年の頭に降りかかる。


「何の騒ぎだよ、オイ」


 オレは気付けば声をあげていた。当事者はもとより、周囲の人々もこちらを見た。


「何だテメェは。部外者はすっこんでろ」


「こんな姿を見て黙っていられるかよ。お前こそなんだ、良心が傷まないのか」


「……好き勝手言いやがって。オレは真っ当な商売人で、このガキが難癖をつけてきてんだよ」


 男は胸元から羊皮紙を取り出し、それを掲げた。


「ここに奴隷契約のサインがある、そこで転がってるガキの拇印だ。実の妹を売り飛ばす内容のなぁ!」


 周囲がざわめく。しかしそれを切り裂くように、少年は声を掠らせながら叫んだ。


「違う! 僕は妹に文字を教えて貰えるって聞いたからお願いしたんだ、お金だって受け取ってない!」


「ハッ。口だけなら何とでも言えるわなぁ。どうせどこかに隠したんだろ」


「それなのに奴隷だなんて聞いてないぞ、文字を教えるっていうのもデタラメじゃないか!」


「嘘なもんか。売りつける相手によっては教えてくれるだろうよ」


 男はそこまで言うと、グニャリと顔を歪めた。言葉でいたぶる時の表情だ。


「もっとも、見た目の良いガキは変態貴族に送られるのが普通だがな」


「ふざけるな! シャーリィを返せ!」


 少年が無謀にも殴りかかった。だが体格差は絶望的で、簡単にいなされてしまう。


「面倒臭ぇな。オレだって仕事があんのによ」


 男はとうとう腰の曲刀を抜き放った。周囲からは悲鳴が上がり、輪も広がったものになる。


「こんなノラ犬の一匹、殺しても文句ねぇよな!」


 男が刃を煌めかせながら高々と振り上げた。その瞬間に身体は自ずと動いていた。振り下ろされる刀。その柄を、男の拳ごと握りしめて止めた。


「テメェ……さっきからウロチョロと」


「悪いな。なぜか世話を焼きたくなった」


「この野郎。こちとら伯爵様のお墨付きをいただいてんだ。つまり、オレの商売を邪魔したら騎士団が動く事になるぜ」


「騎士団が……」


 そこでヤハンナの顔が浮かんだ。あんな実直な奴が、小悪党の一派だったと思うと哀しくなる。アーセルだったらシックリくるのに。むしろ率先してやってそうなのに。


 それはともかく場を収めよう。押し問答を繰り返しても時間の無駄だ。


「武器をしまって退き下がれ。お前の仕事は少年に手をかける事か?」


「何を偉そうに……痛ぇ!」


 掴んだままの男の手を、少しずつ締め付けを強くした。ギシギシと嫌な音が辺りに響く。


 男はその場で仰け反ろうとして、オレがすかさず手を離したので、何歩もよろけて退がった。


「クソが。テメェの顔は覚えたからな!」


 男が喚きながら駆け去っていく。気質は小悪党そのものだった。


「畜生。シャーリィ……!」


 少年が地面の砂を強く掴む。滴らせた涙も乾いた地面を濡らした。


 群衆の動きはというと、憐れむ視線を向けつつも、手を差し伸べようとまではしない。口々に「可哀相に」とか「運が悪かった」なんて言葉を投げかけては、立ち去っていく。


 これが普通の反応だろう。誰だって自分と家族が第一だ。わざわざ見ず知らずの子供の為に命を張ったりはしないし、オレも地球に居た頃は大差なかったハズだ。何度も何度も、数え切れないくらい眼を伏せては、気付かないフリを繰り返したものだ。


 だが今は違う。悲劇を食い止めるだけの力が、オレにはあるんだ。


「なぁ少年。君は妹を取り戻したいか?」


 オレは跪(ひざまず)いて、そっと耳打ちした。返事は無いが、小さな頷きが返ってくる。


「じゃあ一緒にやろうか。オレだけでも十分なんだが、仕返しのひとつもしたいだろ」


「ほ、本当かい?」


「シッ。声が大きい。人に聞かれたら面倒だぞ」


「うん……ごめんよ」


「今晩に決行する。日暮れになったら村外れまで来てくれ。そこで落ち合おう」


「良いのかい? あいつら、貴族が味方してるんだよ」


「細かい話は後だ。とにかく日暮れを待て。それまで決して騒がずに、大人しくしてるんだぞ」


「分かった、お兄ちゃんを信じて待つよ」


 オレは少年の頭を軽く撫でると、急いでその場を後にした。これから準備をしなければならず、約束の時間までに間に合うかは際どい所だ。


 それでも体は不思議なほど軽い。なぜかは分からない。わざわざトラブルに首突っ込んだ理由も、上手く説明できない。


 ただ心が『吠えろ』と叫ぶ声に従ったまでだ。




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