第24話 唯一無二

 ヤハンナから手渡された報酬は300ディナだった。名目は情報提供料。これが高いのか、安いのかはよく分からない。バナナ換算60本と考えてみたけど、やっぱりピンと来るものはない。


 ただこうしてお金を受け取ると、セルシオの1000ディナが更に重たく感じられた。かなり無理をしたのではないかと、改めて思う。


「何かの形で返しておくか。その為にも稼がないと」


 騎士団の依頼はというと、あれから数日経った今も連絡がない。今頃は手がかりを求めて巡回を続けているのだろう。何かあれば報せるとの事だったので、つまりは進展が無いという事だ。


 だからオレは魔法の勉強をそこそこにして、いつもの村へ向けて散歩を始めた。息抜きは大事。しかも移動するだけでも浮遊魔法を使用するため、訓練の一環と言っても過言ではない。


「何か買おうかな。それとも仕事の口でも探してみるか……」


 フワリフワリと流されながら見る空は曇天模様。そろそろ肌寒くなってきた。ダンボール箱からマフラーやら冬物コートを出しておくか。


 そんな事を思い浮かべていると、辺りは不意に騒がしくなった。


「魔獣だ! 魔獣が出たぞ!」


「キャァァーー! 誰かぁ!」


 絹を裂くような叫び声。旅人の一団が食虫植物の集団に囲まれていた。かなりの数だ。近くに居た馬車や通行人は我先にと逃げ出しており、助けようとするヤツは見当たらない。


「見過ごしたら、後味が最悪だよな」


 魔力を押し出して加速。浮遊から飛翔のようになり、包囲網を飛び越してその中へと躍り出た。


「この淫獣どもめ。オレが相手になるぞ!」


「もしかして、アナタは魔術師様ですか?」


「どうかお助けください。どうか……!」


 縋る声を背にして敵と向き合う。ザッと見て7体。ここは炎のムチで薙ぎ払ってやる。


「喰らえ、フレイムがドーン!」


 必要な事とはいえ恥ずかしい。もう少し実用的な物にすべきだった。


 そして肝心の魔法は、ポスンと小さな煙を吐いたきり。炎の出現する気配すら見せない。


「発動に失敗しました。名称が違います」


「恥の上塗りかよこの野郎!」


「魔法の発動には、イメージと名称を一致させる必要があります」


「ええっ! 覚えてねぇよそんなもん、フレイムワッシャー!」


「名称が違います」


「フレイム・ズギャーン! フレイムでグシャー!」


「名称が違い名称が違います」


 ヤバい。助けに来たのにピンチだ。背中に突き刺さる失望の目線もそうだが、何よりも敵が一斉に触手を持ち上げ始めたのだ。


「アドミーナ、新規魔法だ。新しく登録する!」


「承知しました。新たにイメージを浮かべ、重複しない名称をお願いします」

 言ってる間に振り下ろしの触手が視界を覆い尽くした。

「わぁぁ! 死にさらせオラァ!」


「登録を完了しました」


 オレの叫びと共に、無数の炎が弾丸のように駆け抜けていく。敵は全て発火した後に萎れ、崩れ落ちた。


「ハァ……最悪。マジで格好悪いな」


 重たい溜め息と共に幻魔石を拾い上げる。それらを集めているうち、年かさの男が駆け寄ってきた。


「危ない所を助けていただき、ありがとうございました!」


 男が頭を下げると、後ろの集団もそれに倣(なら)った。声の上ずり加減からして、その言葉は本心のようだ。見下されなくて良かった。


「別に構わない。この幻魔石はオレがもらっちゃうよ?」


「当然にございます。それで差し支えなければ、最寄りの村までご一緒いただけんでしょうか?」


「それは護衛って事か」


「ええ。アナタの様な方がおられれば大変心強いのです。僅かばかりの謝礼もご用意しますので」


「目的地も一緒だし、良いよ」


「ありがとうございます!」


 そんな訳で一行と肩を並べる事にした。彼らは馬車でなく徒歩で移動する。誰もが背中に大きな荷物を背負っており、特に子供などは大変そうだった。


 せっかくだから、一番幼く見える少年の荷物を持とうとしたが、「仕事ですから」と断られてしまった。まとめ役の男も、これは修行の一環ですと譲らない。彼らには彼らなりのルールがあるのかもしれず、立ち入るのは遠慮すべきなのか。


「へぇ。アンタらはシャマーナから来たんだ」


 移動中は襲撃も無く、とにかく暇だった。だから世間話に華が咲いた。


「そうなんですよ。はるばるヴァーリアスまでやって来たのに、街が封鎖されておりまして」


「南側からも入れないのか?」


「はい。通行を許されるのはギルドではなく、王国に認定された極一部の商人だけです。我々の様な一般人は門前払いですよ」


「そりゃあ苦労したな。徒歩だと大変だろ」


「まぁ我々は売る相手を変えるだけで済みますが、本当に辛いのは街住まいの人々でしょうな。きっと品薄加減に苦しめられているかと」


 確かにその通りかも知れない。絶対にとは限らないが、都市とは周辺の流通があって成り立つものだ。原料が集まらなければ産業は止まるし、そもそも食料が足りなくなる。大勢の人数を食わせていく算段が、果たして統治者にはあるのだろうか。


 そう考えると、オレの判断は正しかったのだろうか。騎士団に更なる警戒を促したことは、果たして正解だったのか。それをキッカケに大勢の人が苦しめられるのだとしたら、酷くやるせない気分にさせられた。


「この辺で結構でございます。こちらは少ないですが……」


 村外れまでやってくると、男が頭を何度も下げながら、銀貨を1枚差し出してきた。ちょっと付き合っただけで100ディナとは結構おいしいんじゃないか。懐具合が暖まる。しかし胸の内は逆の方を向いていた。「とりあえず、お店でも回ってみるか」 特に大きな買い物の予定はない。せいぜい、フルーツやら食料品を買い足そうと思っていたくらいだ。だけど今はそんな気分になれず、露店通りの片隅で人が流れいくのを見ていた。胸を刺す空虚さが苦しい。


 ともかく馴染みの店に向かおう。そう思って雑踏を掻き分けていると、ふと足が止まった。異様ともいえる視線を感じたからだ。


(誰だ……!?)


 振り返った視線の先には、小じんまりとした露店があった。そこで老婆が不敵な笑みを浮かべながらオレを見ている。そう思った瞬間には駆け出していた。


「バアさん。久しぶりじゃねぇか」


「フェッフェ。どうやら忠告どおりに絆を大切にしたらしいねぇ。口は悪いのに素直なこって」


 そう言って老婆はノンビリとした笑い声をあげた。


「そんな事はどうでも良い。アンタ、地球の事をどうして知ってるんだ!」


「はて。そんな事言ったかねぇ。歳を取ると物覚えが悪くって」


「ごまかすなよ。一体何者だ?」


「ババァ捕まえて怒鳴るんじゃないよ。あたしゃ耳の方はまだ元気なんだからさ」


 食えないバアさんだ。のらりくらりと明言を避ける割には、この前なんかは「地球』だなんて言葉を口走ったりするんだから。只者じゃないのは確かだ、敵か味方かすらも怪しい。


「どうだい、お兄さん。また見せちゃくれんかね?」


「良いだろう。だが大金をふっかけるつもりなら止めておけ」


「フェッフェ。今回は無料版と、500ディナのプレミアム版の好きな方から選ぶが良いぞえ」


「そんなもんタダの方に決まってんだろ」


「ちなみにプレミアム版であれば、この前の嬢ちゃんのスリーサイズに加え、エロい気分になるツボを教えてやるつもりじゃった」


「何だと!? それは本当……」


「はい時間切れ。時として選択はやり直しがきかんから、人生とはままならんもんじゃの」


 コイツ、完全に遊んでやがる。お年寄りじゃなけりゃ、頭のひとつでも引っ叩いている所だ。


「ふむふむ。どうやら次のステージへと辿り着いたようだね。外との繋がりがちっとばかし強まったようじゃ」


「顔を見ただけで分かるのか」


「もちろん、シッカリ書いてあるよぉ。お前さんは国の連中とつるむ気のようじゃが、果たしてそれが正解かねぇ?」


「どういう事だ?」


「伯爵だの公爵だの、貴族連中が正義とは限らんって事さ。かと言ってそこらの平民が正しいとも限らないし、お前さんの敵対する連中も同じさね」


「おい。それじゃあ正しい人間が居ないって事になるじゃねぇか」


「居るさ。お前さん、アンタだよ」


「……オレ!?」


 また、からかわれたのか。しかしバアさんの発する眼力から冗談とは思えない。小さな体には相応しくない覇気が、辺り一帯を染めるようだった。


「人間とはしがらみによって生き甲斐を見つけるが、哀しいかな、同時に縛られもする。つまりは自分や所属する集団の利益を追求しすぎちまうんだ。貴族や騎士団連中は国や領地の安定を、商売人は金儲けを、一般庶民は健やかで豊かな日々といった具合にね」


「何が悪いんだ。成功や幸せなんて誰もが望む事だろ」


「それも行き過ぎれば誰かの幸福を奪っちまう。金にしろ土地にしろねぇ。人の欲ってのは際限を知らない場合が多いから、この世には不公平がまかり通るんだよ」


「話が見えてこないな。それと、オレだけが正しい事、どう繋がるんだ」


「お前さんは、この世界を第三者の目線で眺める事ができる唯一の人間なんじゃよ。しがらみは弱く、故郷を持たず、そして集団に属しておらんだろ」


 言われてみればそうかもしれない。だが暴論だ。オレにそんな大それた能力があるとは思えないし、どうしたってクロエ贔屓になるのは目に見えている。


「無茶言うなって顔をしているね。でも心配するんじゃないよ、じきに分かるさ。お前さんだけが持つ答えってもんがね。最初は味方が少なくとも、そのうち大勢が頼ってくるようになるよ」


「本当かよ。言っとくがな、オレはそんな立派な人間じゃねぇんだよ。自分勝手で怠け者で、ちょっと前までは下っ端として働いてたんだぞ」


「お前さんは本来はもっと有能な男さ。そこらで護衛の真似事なんかして、貰った小銭で満足するような男じゃないハズさ」


「買いかぶり過ぎだ。オレは完全な小市民だよ。自分と周りの人間が幸せだったら、それで十分なんだ」

 謙遜とかじゃなくて、本当にそう思う。気を回せるのは身近な人間だけで、天下万民がどうのなんて考えた事すら無い。ごくごく平凡な感性しか持ち合わせていないのだ。

「人生の転機ってのは不思議なもんでね。緩やかに訪れる事もあれば、つむじ風のようにブワァと吹き込む事もあるんだよ。お前さんの場合はどっちかねぇ?」


「……確かに、何の脈絡も無く状況が変わっちまったけどよ。でもオレの人生観まで変わった訳じゃない」


「最後に助言をくれてやるよ。とにかく多くの物事を見聞きするんだ。そして自分の心にだけ従ってみるんだね。誰にも憚(はばか)らず、ただ己の良心とだけ向き会うんだ。そうすりゃあ自ずと道は開けるよ」


「オレにそんな力があるもんかよ」


 何気なく通りに目をやった。誰もが自分の生業に必死で、真剣だった。オレも地球に暮らしていた頃は同じ様なもんで、自分の見える範囲ばかりを気にかけていた。それが急に審判者みたいな役割を与えられても、困るとしか言えない。


「やたら壮大な話を聞かせてくれたけどさ、バアさんの見込み違い……」


 視線を再び戻した時、驚かされた。老婆の姿は忽然と消えていたのだ。小じんまりとしたテントもそうだ。初めから露店なんか無かったかのように、ただの空き地があるばかりだった。


「何者なんだよ、マジで……」


 薄気味悪い、とまでは思わないが、後味は良くなかった。暗示された役目が重すぎる。


「明らかに人選ミスだっての」


 そんなボヤキが漏れた時、不意に辺りは騒がしくなった。最初はケンカだと思ったのだが、大人の怒声に混じって子供の声がする。


 そう気付いた瞬間には駆け足になっていた。バアさんの助言があったからじゃない。何かに突き動かされるような感じで、体が自然と動いていた。

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