第23話 雑音の存在感

 協力を約束したら、すかさず仕事を依頼された。人使いが荒いなんてもんじゃない。コイツらの気質の方がよっぽどブラック寄りじゃないのか。この暗黒騎士団め。


「見てくれシンペイ殿。これが召喚に使用された魔法陣の1つだ」


 ここは陣地から程なく離れた森の中。獣道を掻き分けて進んだ先には、確かに禍々しい模様が刻まれていた。赤黒い塗料が流血を想像させるようだ。


「見てくれって言われてもね。オレにどうしろっての?」


「とにかく情報が欲しい。作成者の名前や居場所なんかが分かると有り難いが、連中の目的などでも良いぞ」


「ハァ……あんま期待すんなよ」


 そう言われても、やり方なんか知らない。とりあえず知恵袋に相談だ。


「アドミーナ、聞いていたか?」


「はい。魔法陣の調査でございますね。現時点の能力でも可能です」


「つい安請け合いしたけどさ、何すりゃ良いんだ?」


「付近に漂う幻素と同調ください。神経を研ぎ澄まし、意識を集中させるのです」


「あっそ。口で言うのは簡単だよな」


「集中を乱しますと、不要な情報が流入して参ります。お気をつけて」


「はいはい。分かったよ」


 とりあえずその場で跪(ひざまず)き、手のひらを魔法陣にかざした。幻素とは確か、大気中に漂う酸素みたいな存在だったか。それと同調するってのがサッパリ分からないが、それっぽい雰囲気を出してみる。魔力の必須量もわからないから、程々に捻出させた。


 すると、辺りの様子が一変した。細かな光の粒が発生したのだ。ホタルよりも小さく、儚(はかな)げなものが、無数に現れては煌めいている。

 

(これが幻素なのか……)


 初めての光景に驚かされるが、その暇も無かった。すぐに強烈な浮遊感がくる。意識が頭の上から吸い取られるようで、ひどく不快だった。

 

 それから眼の前が暗闇に染まった。浮遊感も際限なく強まっていく。寄る辺のない不安を覚えるうち、遠くに一点の光を見つけた。意識を集中させ、眼を凝らしてみれば、それは大きくなった。


 やがて、どこかの光景が視界に映った。例えるなら、ブラウン管テレビを離れて眺めているような感覚だ。


――首尾はどうだい。


――こちらは万全に〓〓います。


 映像では2人の男が向き合っている。全身をローブで覆い隠しているので、見た目から分かる事は少ない。片方が畏まっている事から、対等な関係でないのは分かる。そして音声も途切れ途切れ。これだけの情報量で内容を理解するのは難しそうだ。


――存分に頼むよ。どうにかして連中の足止めを〓〓したい。


――承知し〓おります。かなりの数の魔獣が溢れ〓〓〓しょう。


――とにかく時が欲しい。半月も稼げれば期待通り〓〓〓。


 何か企みがあるのか。半月の時間がどうしたというのか。


 そう思った瞬間、気持ちの乱れからか視界が歪んだ。そして押し寄せて来たのは音の氾濫。様々な物音や話し声が鳴り響き、耳どころか頭蓋骨まで痛むほど激しいものだった。


――おいしいお芋さんはどこかなー。


――メリィ、僕と結婚してくれ。


――調子に乗るなザコが。私の剣技をその身で味わうと良い。


――へへっ。昨日のシリアンナちゃんは最高だったな。600ディナも使っちまったぜ。


――お前さ、今度の桃レスリングは見に行くのか?


 無関係な情報が濁流のように襲いかかってくる。頭が痛い。うるさい。あまりの騒がしさに気が狂いそうだ。


「止めろッ!」


 思わず叫んだ。すると音は鳴り止み、辺りは森の景色を取り戻していた。額に浮かぶ大量の汗が、しきりに頬を伝ってアゴから落ちた。


「大丈夫か、シンペイ殿!」


 ヤハンナがオレの両肩を揺すった。その時になってようやく生還した事を確信する。


「問題ない。手を離してくれ」


「そうか、済まん。それで何か分かったのか?」


「断片的だけど、ある程度は」


「教えてくれ。一体何を見てきたのだ」


 ええと、何を見聞きしたんだっけ。記憶にモヤがかかっている。最後の騒ぎのせいか、酷くあいまいになっていた。


「ええと、半月後に、桃レスリングが繰り広げられる……?」


「桃レスリングとは何だ?」


「……悪い、もう一度潜ってくる!」


 オレは再び同じ姿勢を取ると、幻素と同調した。正直言って、あの音は二度と味わいたくないが、気になって仕方がなかった。果たして桃レスリングとは何なのか。


 二度目の同調も上手くいった。手馴れたのか、むしろ最初に比べて体への負荷が軽い。映し出される映像も多少は明瞭になったような気もする。


――隊長。幻魔石の量からして、魔法陣で呼び出せるのは、せいぜい〓〓体でございます。


――新たに融通するだけの量はないんだ。そこは工夫して乗り切って欲しい。


――お任せください。必ずや連中の目を釘付けにしてみせましょう。


――頼んだよ。全ては報われぬ〓〓の為に。


 上司と思しき男は、最後だけ声色を変えた。寂しそうな、それでいて怒りを秘めていそうな複雑な声だ。 そう思った瞬間に世界は歪んだ。ざわめきが徐々に大きくなり、やがて音の大群が押し寄せてきた。


――あれあれ、クズ芋しか残ってないや。


――さぁ僕らの輝かしい未来に向かって走ろうじゃないか!


――1歩でも動いてみろ。次の瞬間には細切れにしてやる。


――桃レスリングは生き甲斐だからな、応援に行くとも。次もシリアンナちゃんが優勝するだろうがな。


――何言ってやがる。スラッシュパインちゃんが勝つに決まってんだろ。あのムッチリボディこそ一番だ。


「誰なんだよそいつらは!」


 また叫んでしまった。次の瞬間には視界が広くなる。目に映る景色は森の中で、不安そうに見守るヤハンナ達の姿も見えた。


「どうだシンペイ殿。今度は上首尾なのか?」


 ヤハンナが期待の眼差しを向けた。今度こそまともな報告をするべきだろう。


 脳裏に過るのは、シリアンナ、桃レスリング、スラッシュパインにムッチリボディ。いや違う。あまりの存在感に、雑音の方に注目したくなるが、それは本筋じゃない。


 意識の奥深くまで潜り込んでみる。断片的な情報を繰り返し繰り返し思い出す。すると、1つの繋がりが浮き上がった。


「連中の目的は、ここに注意を集める事のようだ」


「何だと! 一体なんの為に?」


「時間を稼ぎたいみたいだが、明確な意図までは掴めなかった。もしかすると、別の事を企んでるんじゃないか」


「そうか。街の北ばかりを固めていたのだが、南の方にも警戒するとしよう」


 ヤハンナはそう告げるとともに、陣地に向かって駆け出した。従者達もすぐにその後を追う。そうして1人残されたオレは、魔法陣を眺めながら思う。


 シリアンナとは何者なのか。桃レスリングとは何か。あまりにも強烈すぎる名前は印象も凄まじく、他の物事が霞んでしまうようだった。

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