第22話 共闘関係

 オレを取り巻く状況は悪いままだ。大勢に囲まれた上に、騎士団長まで現れてしまった。コイツは他の連中に比べて別次元に強い。下手に戦い続けるより、どこかで逃げた方が無難かもしれない。今はまだ部下との会話に気がいっているようで、行動するとしたらこのタイミングかもしれない。


「事件の黒幕だと? 私が数日外している間に……」


「その通りでございます。もはや袋のネズミ、一気に討ち果たしてしまいましょう!」


 団長の気配が膨れ上がる。それは怒気まで感じられ、肌を打つような空気が一帯を埋め尽くしていく。思わず剣を片手に身構えた。


 だが団長の意識はオレにではなく、背後で喚く男に向けられた。


「この馬鹿者が! 人相書と全く別人ではないか!」


「に、に、人相書でございますか!?」


 副団長の男は、投げつけられた羊皮紙をまじまじと見つめ、唸り声をあげた。


「ふむふむ、確かに違いますな。こやつは人相書と比べて鼻も低けりゃ眼も小さい。挙げ句の果に手足も短いときている。世紀の醜男と呼んでも過言ではありますまい」


 ブッ殺してやろうか。人違いで襲いかかってきた上に容姿を笑うとか、どこまで性格が歪んでやがるのか。きっと死ななきゃ治らないパターンだ。


 だがオレの怒鳴り声よりも先に団長が吠えた。


「貴様、公爵閣下より賜ったお言葉を忘れたのか! 魔術師の目撃証言もそうだが、そもそも塔の住民は懐柔せよと命じられたではないか!」


「え、は、いや。そのようなご下命がありましたような、記憶の波にポワッとさらわれたような……」


「もういい、アーセルよ。貴様は厳罰に処する。今から覚悟しておけ」


 団長は吐き捨てるなり、こちらへと歩み寄ってきた。武器こそ手にしてはいるが、もはや闘気は感じられず、構えも一切見られない。そしてここから数歩離れた位置で彼は、いや彼女は兜を脱いで小脇に抱えた。


「塔の魔術師殿とお見受けする。私はヤハンナ。この度は部下が無礼を働き、誠に申し訳ない」


 ヤハンナは頭を下げると、艷やかな金髪が肩から垂れた。


「話が見えてこねぇ。イチから説明しろよ」


「ごもっとも。その前に身内の処理をさせて貰えないか」


 オレの返事も聞かずにヤハンナは振り返った。そして副団長の方へ寄ると、気配をガラリと変えた。


「アーセル。貴様は謹慎していろ。沙汰は追って出す」


「お待ちくだされ、私は団長の為を思って職務に励みました。それが罪とは納得がいきません!」


「ではなぜ方針に逆らった。貴様のせいで無駄な被害を出し、あわや彼を敵に回す所だったのだぞ」


「それは、その……失念しておりまして」


「厳命だった。どうしてそれを忘れられるのか。他の団員ならいざ知らず、貴様は直接お言葉を耳にしただろうが」


 腰抜け騎士のアーセルが詰め寄られている。ここは『助け舟』を出した方がスムーズだろう。


「どうせ団長のケツでも眺めてたんだろ。だから話を聞いちゃいなかった」


「何を言うか! 私が見ていたのはうなじだ」


「おっそうか。うなじも良いもんだよな」


「不勉強なヤツめ。女体の美に対する探求が足りておらんぞ」


「それに命令だっけ。そんなもん後で誰かに尋ねれば済むことだし、別に覚えてなくても問題ないよな」


「その通り。ダラダラと長話を聞くくらいなら、団長の麗しい後ろ姿を堪能すべきだ。こんなチャンスは滅多に無い……」


 アーセルはそこまで言うと真後ろにフッ飛んだ。ヤハンナの拳が振り抜かれたのだ。


「沙汰は追って下す。それまで大人しくしていろ」


 今のパンチは罰に含まれないらしい。白目を剥いて倒れる程の威力なのに、おっかねぇ。


「さて魔術師殿、見苦しい所を見せてしまった」


「シンペイだ。オレの名前は」


「失礼、シンペイ殿。話がしたいので、奥へご足労いただけないか」


「まさか罠じゃないだろうな?」


「……アーセルのせいで拗(こじ)れてしまったが、我々に敵対する意思はないのだ」


「まぁ良いさ。聞こうじゃないか」


「ではこちらに」


 この展開についていけないのは兵士達だった。辺りを見回しては、方々で疑問の声をあげ、目的を見失っているようだった。それも団長から『持ち場に戻れ』と命じられると、弾かれたように駆け去っていった。


 そうして案内されたのは陣地内にある大きなテントだ。中は大人数向けのテーブルがあり、その上には周辺地図らしきものが見える。たぶん、ここは作戦会議室なんだろう。


「セーレンティーで良ければ茶を用意できるが」


 ヤハンナが椅子に座る。オレも対面する位置に着席した。


「もらっとく」


 そう答えると、ヤハンナの後ろに控えた男が手早く紅茶を淹(い)れた。出されたのは金縁の白カップ。言葉通り、客人の扱いをされているらしい。一口だけ啜ってみると、濃いめの甘みがあり、後味に渋みが残った。


 向かい合うヤハンナは、小箱にティースプーンを突っ込むと、赤黒い粉をカップに投入した。それも一度じゃない。何度も何度も繰り返し、カップに小高い山を作ると、よくかき混ぜた。


「何だよそれ?」


「私は辛いものが好物でな。貴殿もどうだ?」


「遠慮しておく」


 ひとしきりかき混ぜると、ヤハンナはカップに口をつけた。微かにズゾゾという音が鳴る。かなり粘性があるらしい。葛湯かよと叫びそうになるのを、どうにか堪えた。


「さて、話をしたいのだが。どこから説明したものか……」


「じゃあ魔獣騒動から頼む、人相書きがどうのってやつ」


「この付近の森で召喚用の魔法陣が発見された。計3ケ所で、うち1つは発動の場面を団員が目撃している」


「ソイツが犯人ってことか」


「間違いなかろう。幸いにも目撃した団員の中に絵を得意とする者がおってな。かなり精密な人相書を作ることができた」


 見せられた羊皮紙には、確かに美男子が描かれていた。ムカつく話だが似ても似つかない。


「最悪の気分だ。完全に無実なのに兵隊をけしかけられたんだからな」


「完全に無実、とはまだ言い切れない」


「なんだと?」


「今のは語弊(ごへい)があるか。貴殿を疑う者が少なからず居る、と言ったほうが正確だな」


「オレに動機はねぇよ。むしろ魔獣には迷惑をかけられたくらいだ」


「そうなんだろうと思う。こうして話していると、ごく普通の青年だ」


「だったらもうオレに構わないでくれよ」


「申し訳ないが、それはできない」


「どういう事だ」


 ヤハンナは喉を鳴らすと、カップを口につけてお茶を飲んだ。むしろ喉が渇くんじゃないかと思う。


「それが本題だ。単刀直入に言うと、我らに協力して欲しい」


「もしかして軍属になれって事か? アンタの手下とかさ」


「シンペイ殿が望むのならポジションを用意するが、そうではあるまい?」


「まぁな。軍隊ってのは規律まみれだろ。オレには向いてない」


「そんな気がした。別に我らの指揮下に入る必要はない。こちらから要請をした際に助力してくれれば十分だ」


「オレに何をさせる気だ」


「魔法による解析や捜査を頼みたい。働きどころは多くあるはずだ」


「断る、と言ったら?」


 正直なところ、興味が無い。それに騎士団やら特定の集団に肩入れしたくはなかった。一応メリットはあるだろうが、どんなデメリットがあるか分かったもんじゃない。付かず離れず、というのがベストだろう。


 しかしヤハンナに見透かされたのか、日和見は許されなかった。


「助力が得られない場合はすみやかに上奏し、公爵閣下の、いや国家の敵と認定していただく」


「おい、懐柔するんじゃなかったのか」


「さっきも言ったが、シンペイ殿を敵視する人間も少なからず居るのだ。その者たちは喜んで敵対する事だろう」


「そんな連中は一部なんだろ。国家の敵とか言ってなかったか?」


「貴殿のような強者を制御不能のまま放置するなど許されんからな。味方でないなら討伐するしかない」


「協力を断ったら国家の敵って、極端すぎるじゃねぇか」


「味方になりたまえ。そうすれば一定の地位を保証してやれる」


「強引すぎんだろ……」


「包み隠さず言うと、こんなやり口は私としても不本意なのだ。悪いようにはしない。どうか承諾してくれないか」


 国家の敵となってしまえば、かなりの不便を強いられるだろう。ここの連中程度なら大した事無いが、ヤハンナのような遣い手が何人も現れたら厄介だ。


 そしてクロエだ。彼女に、そして彼女が大切に想う家族にどれだけの迷惑がかかるか。もしオレとの繋がりがバレれば、のんびり行商なんか出来やしないだろう。下手すると牢屋送りにされてしまうかもしれない。


 そこまで考えたら、答えは1つだった。


「分かったよ協力する。その代わり、出すものは出して貰うからな」


「心より感謝する。報酬はもちろん支払うし、働き次第では公爵閣下との謁見も叶うだろう」


「そいつは名誉な事ですねファッキン」


「……なんだ、その『ふぁっきん』とは?」


「方言だよ、気にすんな」


 紅茶の残るカップを一息で呷った。甘くてヌルい液体が喉を下っていく。そして舌先に残る渋み。人生の味と思うには、だいぶゆるい味わいだった。



 

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