第21話 流されすぎて

 名前、名前、名前。唐突に発生した魔法の名付けはかなり難航した。こういう作業はほんと苦手だ。たまにポツリと何か浮かぶけど、センスの無さを自覚してるのでボツにしてしまう。


「そういや小学校の時に絶句されたよな。ゲームキャラの名前設定で……」


 ほんのり苦い記憶が胸の中を駆け巡る。自分の感覚がズレている事を知った切欠だ。


「まぁ、何とかなるっしょ」


 それよりもメシの買い出しだ。北の村への移動はもっぱら浮遊魔法で、とにかく使い勝手が良すぎる。なにせ寝っ転がってもスイスイと進めるのだから。例えるなら、流れるプールに浮かんでいる感覚に近い。


 通行人や馬車にさえ気をつければ、実に快適だ。今も徒歩で行く団体を追い抜いた。


「えっ、何アレ。魔法?」


「変な格好だなぁ。ギルドのお偉いさんかね?」


 やっぱりというか目立つなオレ。せめて服装くらい世界観に合わせるべきだが、上着1枚でも結構値が張る。定収入が手に入るまでは諦めるしかない。


 そのうち、活気の良い声が肌を打った。村の郊外で魔法を解き、人混みの中に潜り込む。


「さぁさぁ寄ってらっしゃい。今日はマンドラコルルァが安いよ」


「ノースガヤ名物の焼き饅頭! もう残りわずか、早い者勝ちだよ!」


「採れたてフルーツはいかが? どれでも1つ5ディナですよー!」


 相変わらずの賑わいだ。飛び交う売り文句に金、ときどき響く怒鳴り声。そして様々な臭いの入り交じる空気。この雰囲気は嫌いじゃない。


「あら、魔術師のお兄さん。いらっしゃい!」


 フルーツ店のお姉さんがニッコリ微笑んだ。顔を覚えられたらしい。


「こんちわ。今日のオススメはどれだろ」


「全部おいしいわよ。だから全種類買っていってね」


「さすがにそれは……。バナナ5本と、オレンジも5つ貰おうか」


「はい、50ディナね。ところでさ、この前のお嬢ちゃんは一緒じゃないの? もしかしてフラれちゃった?」


 好奇心むき出しの顔が近くまで寄った。ゴシップ好きなんだろうか。


「違うよ。あの子は今仕事で外してるだけだ」


「そうなの。また連れてきてね、サービスするから」


「上手いやり方だな。そうやって客を繋ぎとめようってんだろ?」


「それもあるけど、本音は別よ。アナタ達ってなんか面白そうだから」


 去り際、絶対だからねという声が投げかけられた。それには苦笑いだけ返し、別の店へと向かった。しばらく回ってるうちに欲しいものは一通り入手できた。


 魔法で凍らせたサンマにアジ、精米された一抱え分の米、大きな板海苔。食材は随分と多様化していて、日本食を再現するのに困らない程だが、どれも安くはない。セルシオからの1000ディナは早くも半分を割り込んでいた。


「収入源が必要だよな、やっぱり。メシもそうだけど服とかも買いたいし」


 麻袋を背に、村の郊外まで出たならフワリング。帰路もノンビリ浮遊しながら進む。青空を見上げながら、馬車は除け、通行人の間をすり抜けていく。


「それに魔法の名前も決めなきゃ。まだ1個しか出来てねぇし」


 考えるべき事は多い。いつしか街道を行く人の姿もまばらになり、やがて誰もいなくなると、本格的に思考の海へと潜り込んだ。


 名前はとりあえず格好良いものにすべきだろう。それでいて唱えやすく、噛まない単語。妙に長ったらしいのはNGだ。コアルームに籠もった時、試しに『ドラゴニアス・アトミッククレイジー・シューティングスターファイア』とか叫んでみたら散々な目に遭った。


 途中で何度も噛んでしまい、結果として魔法は暴発。真っ赤に怒り狂った飛龍が暗闇を延々暴れまわり、ついにはオレにまで牙を剥いた。結局は同系統の魔法で相殺できたのだが、あれがもし現実空間で起きていたとしたら、ちょっとした災厄になっていただろう。


「簡単で格好良い名前ねぇ……。やっぱりベタなパターンにするべきかも」


 考える間、時々アドミーナが口を挟んだが、もちろん無視。とても雑談に応じられる気分ではなかった。それからも道なりに浮遊していく。ひたすら道の続くままに。


 この前方不注意で飛ぶ行為は、想像以上に問題があった。気づいた時には後の祭りだが。


「そこの怪しい男、止まれ!」


 不意に聞こえた怒鳴り声で、思わず落下してしまった。辺りを見渡せば、道は木の柵と土のうでバリケードが築かれており、傍では数人の兵士達が槍を構えるのが見えた。


 この時になって、街道封鎖の話を思い出した。いつの間にかマンションに続く小路は通り越し、街の近くまで来ていたらしい。


「なぜ強引に突破しようとした、何が目的だ!」


「違う違う、ちょっと考え事を……」


「敵襲だ! 魔術師が攻め寄せてきたぞ!」


「いや聞けよオイ!」


 辺りはみるみる内に殺気立った兵で埋め尽くされた。全部で何百人なのか、眺めただけじゃ分からない。四方八方が敵だらけ。いつの間にか包囲網が出来上がってた。


 その大軍の中に、見覚えのある顔を見つけた。


「おのれ闇の魔術師め! この私を追って乗り込んできたのか!」


「お前は……この前の腰抜け騎士じゃねぇか」


「者共、手段は問わぬ。確実にヤツを殺すのだ!」


 その言葉で敵が一斉に身構えた。訓練された兵士らしく、何らかの陣形も組まれており、安易に迎え撃つのは悪手に思えた。


 どうやって乗り切ろうか。そう悩むオレに、いつもの声が響く。


「タキシンペイ様。これは良いチャンスです」


「ハァ? どう見ても絶体絶命なのに!?」


「真剣に戦うがゆえに、魔法の名称も閃きやすい事でしょう。知恵を働かせたものよりも、実践的なものが」


「確かに。面倒な仕事が片付くかも」


「取りこぼしの無いように、名称設定はリアルタイムとさせていただきます」


 なんて話をしているうちに敵の攻撃が始ままり、左右の兵士達が同時に攻撃を仕掛けてきた。壁を作るか、吹き飛ばすかして凌ぎたい。


「ええと、えっと。アイス……アイスがバーン!」


 その瞬間、右手に大きな氷の板が生まれ、敵の進撃を阻んだ。次は左側の敵に対処しなくては。


「ウィンド、ウィンド、ウィンドをブシャー!」


周囲に生まれた突風が連中を吹き飛ばした。これで急場は凌げたのだが、別の意味では窮地だった。


「アイスがバーンとウィンドをブシャー。確かに魔法として登録いたしました」


「ちょっと待って、今のナシ!」


「申し訳有りません。一度設定をしてしまいますと、変更するのは難しくあります」


「初耳だぞ、アドミーナこの野郎!」


「それよりも新手が来ます。ご注意ください」 


「クソが! どんだけピンチなんだよ!」


 それからの戦闘も魔法を使用してしまった。炎のムチを呼び出すフレイムペシーン。無数の石つぶてを浴びせるストーンズガガ。


 これがオレの生み出した魔法か。咄嗟とはいえ、あまりにも名付けが酷すぎる。屈した膝が大地に触れても、立ち上がる気力すら湧いてこなかった。


「副団長! 敵の強さは異常です、援軍を要請しては?」


「よく見ろ馬鹿者、倒れ込んでるではないか。あやつも限界間近に違いない。もうひと押しだぞ!」


「ハッ、全力で攻め抜きます!」


 その言葉はオレの耳にも届いた。いっその事、皆殺しにしてやろうか。手加減など忘れて、後々の面倒事すらも度外視して、全滅させてやろうか。


 そんな黒い情念が湧き上がった頃、戦場には凛とした声が鳴り響いた。


「静まれ、何の騒ぎか!」


 敵陣の方で人垣が割れた。その中を3人の騎士が進み、オレの目の前まで歩み出た。


 特に気になったのが中央の騎士だ。全身鎧に身を包み、フルフェイス式の兜を被っているので、人相などは分からない。しかし、発している気配が化物染みていて、相当な遣い手だろうと感じた。


「ケンカ……にしては物々しいな。説明しろ!」


「はい団長。この男は闇の魔術師でございます。魔獣騒動を引き起こした犯人に他なりません!」


「だから、オレじゃねぇって言ってんだろ!」


「他にも許可なく魔術師を自称し、更には無断で塔を建てる始末! さぁ団長、改めて討伐のご命令を!」


 腰抜け騎士がオレの声を無視して叫ぶ。すると団長とやらがこっちを見た。兜越しでも感じる視線は強烈で、思わず身構えさせられる。


 これからは厳しい戦いになりそうだ。手元に剣を呼び出し、強く強く握りしめた。




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