第20話 魔法の仕組み
多めの晩飯で腹を満たし、ザザッとシャワーを浴びた後、コアルームに入った。魔法を多少は使えるようになったが、まだまだ知らない事が多すぎる。今もまだアドミーナによる手ほどきを必要としている段階だった。
「タキシンペイ様、気分はいかがでしょうか」
「もうバッチリだ。全力でやれるぞ」
「承知しました。ですがご無理はなさらぬよう、お願い申し上げます」
身も心も充電完了している。今夜は気絶するまで取り組むつもりなので、アドミーナの苦言については流しておく。
「それでは始めましょう。お望みのメニューをどうぞ」
「魔法について詳しく知りたい」
「承りました。それでは、仕組みと活用法についてご説明します」
クロエとの約束を守るためには必須項目だ。耳に入れ墨する覚悟で挑む事にした。
「まず魔法を発動させるには、その光景をイメージします。次に詠唱を挟み、一定以上の魔力を使用します。それらによって大気中を漂う幻素に作用を促し、超常現象が現実のものとなるのです」
「確か、詠唱は腕輪が肩代わりしてくれんだよな」
「仰る通りです。ゆえに腕輪の所有者は、イメージと魔力の捻出だけが求められます」
「うん、そっか……」
これだと教える事が無くなってしまう。せいぜい、繰り返し練習しろと伝えるくらいか。我ながら姑息だとは思うが、魔法指導を通してクロエから尊敬されたいのだ。できれば『シンペイ様ステキ、今夜は眠りたくない』くらいの事は言わせたい。
「何かご不都合でも?」
「いやさ、先生として振る舞いたいから。でもこのままだと、何を教えれば良いのやら」
「では魔法の発動には名称を唱える、という事にすれば宜しいのでは。その都度、名を伝授する形をとれば面目も保たれましょう」
「それはアレか。いちいち『フレイムアターック』とか叫べって事? ちょっと恥ずかしいな」
「名を叫ぶ行為もムダではありません。特に魔力の乏しい者にとっては、イメージを膨らませるプロセスを手助けしてくれるのです」
「それ本当か? テキトーな事言ってるんじゃないよな」
「論より証拠。実際にお確かめください」
その言葉とともに、アドミーナの隣に魔獣が出現した。忘れもしない触手タイプ。思わず一瞬だけ身構えてしまうが、すぐにホログラフィである事に気付く。
「なんだ、映像か。ビビらせんなよ」
「魔法の的としては格好の物です」
「ええと、なにか叫べば良いんだったよな」
「まずは『おパンツ生しゃぶり』と叫びながら攻撃してみてください」
「何だその辱めは!?」
「ものは試しと申します」
「分かったよ、やりゃ良いんだろクソが」
とりあえず火球をイメージし、練り込んだ魔力を手のひらに集めた。そして言われるがままに声をあげた。
「おパンツ生しゃぶりぃ!」
出現した魔法はなんとも貧相なものだった。拳大の火球はフラフラと蛇行しながら飛び、標的の手前で落下して、消えた。
儚(はかな)すぎる。なんと言うか、線香花火にも似た哀愁すら感じられた。
「では次に参りましょう。今度は……」
「フォロー無しかよお前!」
「ファイアボルトと叫びながら発動させてください。炎の矢が駆ける様をイメージするとなお効果的です」
「この野郎。嘘だったら承知しねぇぞ」
もうヤケだ。鋭い炎を想像しながら魔力を込め、放った。するとどうだろう。手槍程にも大きな炎の矢が暗闇を切り裂き、標的を貫いてからも止まらずに彼方へと飛んでいった。最終的には流星のような軌跡を残して暗闇を赤く彩った。
なんて頼もしさだろう。さっきの火玉とは別物じゃないか。
「こんなにも違うのか……すげぇな」
「言行一致というものです。納得していただけたでしょうか」
「うん。文句無しってやつだ」
クロエに名称を授ける方法、いけるかもしれない。実際にはきっとこんな光景が繰り広げられるのだろう。
◆ ◆ ◆
「クロエよ。よくぞ厳しい訓練に堪えてきた」
「はい。これも全てはご指導の賜物です」
「そろそろ頃合いだろう。ライジーンの魔法を教えるとしよう」
「本当ですか!? ありがとうございます。大好きです、愛してます! 今夜は眠りたくありません!」
「ハッハッハ。喜ぶのは会得してからにしなさい」
◆ ◆ ◆
いける、いけるぞコレ。すごく師匠感が出ていい感じじゃないか。
「採用するぞアドミーナ。今後は魔法名を叫びながら使う事にしよう」
「承知しました。腕輪の仕様を変更させていただきます」
そう言って、アドミーナは一冊の手帳を差し出してきた。なんの変哲もない、真新しいだけの小さな手帳だった。
「何だよこれ?」
「魔法名を定めるのにご活用ください。相当な数になるでしょうから、文字に残しておくべきかと」
「あっ……オレが決めるのか」
「タキシンペイ様に発案いただくことで、より実用的なものとなりますので」
この時、オレはようやく気付かされた。魔法名を授けるには、それを予め用意しなきゃならないと。
面倒だ。なんて面倒な作業なんだ。早くも名付けについて嫌気が差してしまった。しかし魔法の仕様は既に変更済みらしく、後戻りなど許されなかった。
ちくしょうめ。快適な暮らしを約束してくれるんじゃなかったのか、アドミーナこの野郎。
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