第19話 異世界人の襲来

 騎士団を自称する連中が、何度も街道から叫び声をあげた。数にして10人前後。全身鎧と槍を装備しており、それらが穏やかな陽射しを冷たく反射する。


「大人しく出てこい! それとも力ずくで引き摺り出されたいか!」


 声は少しずつ真に迫ったものとなり、連中がヒートアップしているのが分かる。このままでは本格的な戦闘になりそうだった。


「タキシンペイ様。駆逐いたしましょうか?」


 アドミーナがいつもの調子で物騒な事を言う。


「いや、それは止めておく。まだ対話の余地があるかもしれない」


「左様でございますか」


「いきなり殴り合うなんて得策じゃないだろ。力に訴えるのは最終手段だ」


「ならば侮られてはなりません。入り口からではなく、窓から登場してみてはいかがでしょう」


「窓からって、結構な高さがあるぞ」


 この部屋は中層階だ。落ちたら痛いじゃ済まないし、下手したら死ぬかもしれない。


「ご心配無く。身体強化により、容易く耐え得る事ができます」


「そうは言うけどさ」


「また、風魔法の活用も効果的です。足元に透明なクッションをイメージなさいませ」


「普通に玄関から応対しちゃダメなのか」


「何事も第一印象は重要です。タキシンペイ様にもお心当たりがあるのでは?」


 一応あるにはある。商談や打ち合わせなんかは、最初の5秒が大切だと思ってる。そこで好印象を与えれば話はしやすくなるし、逆であれば聞く耳すら持ってもらえなかったりする。だからアドミーナの提案も筋が通っているように思う。


「良いだろう。その案に乗ってやる」


「ご武運を。ピンチに陥りましたら、またサポートいたします」


 窓を開いてみれば、5階というのはリアルな高さだった。下の方をまじまじと見つめるだけで股間がヒュッと萎むようだ。


 だが怯んではいけない。このマンションを、クロエの為の愛の巣を守り抜くには、常に最善の手を選ぶべきなのだ。


「やるぞ、やってやるぞ……!」


 飛んだ。人生初の紐無しバンジージャンプ。高い、速い。地面が迫る。死ねる高さ。どうすりゃ良いんだ。どんな魔法を使えと言われてたっけか。


「そうだ、クッションを!」


 足元にウォーターベッドみたいな物を想像した。すると落下しきる直前に柔らかな感触を踏んだ。


 しかしそれも束の間。強烈な弾力のせいで身体が遥か上空まで跳ね飛ばされてしまう。オレの部屋なんかアッサリ素通りして、遂にはマンションの屋上までに達してしまった。


「よくも騙しやがったな、アドミーナこの野郎!」


「イメージと魔力が強すぎます。次回の参考になさってください」


「次なんてあるかよ、絶対死ぬだろコレぇ!」


「ならば飛翔魔法です。羽ばたく鳥をイメージして……」


「そんな悠長な事できるか!」


「ではクレーンです。背中が釣り上げられるシーンを想像して下さい」


 それを聞いて真っ先に思い浮かべたのがゲーセンだった。すると次の瞬間、胸に強い衝撃が走るとともに、落下が止まった。高さは恐らく10階くらい。そんな所で宙に浮遊している。


「よし。後はクレーンが下がるのをイメージしてだな」


 ゆっくりと降下していく。その過程で何度も何度も墜落しそうになったのは、クレーンゲームを想像したせいで、景品落下までを連想してしまったからだ。


 その度に繰り返しイメージし直して、どうにか正面玄関の前に足を着ける事に成功した。正直な所、ガッツポーズでも決めて生還を喜びたい。しかし眼前で構える連中を見れば、そうもいかない。最大級のハッタリをもって、冷静を着飾る事を選んだ。


「待たせたな。オレがこのグランディオス・ヒルズ……ゴホッゴホ。住人の多喜進平だ」


 胸の圧迫が激しすぎたせいか、つい咳き込んでしまった。締まらないなホント。


「不可解な動きをしおって。やはり貴様は魔術師か!」


 男たちが一斉に槍を構え、こちらに穂先を向けた。警戒心が強烈だ。一連の騒動(コント)は、相手にしてみればドジではなく、力の誇示にでも見えたらしい。要らん恥をかかずに済んだのは幸運だが、状況は明らかに悪化していた。


「待て待て。オレに争うつもりは無い」


「交戦の意思が無いだと? だったら今すぐ両手を上げろ。怪しい動きをすれば串刺しにしてやるからな!」


「分かったから、そう怒鳴るんじゃねぇよ」


 言われるがままに両手を上げると、団員達は様々な反応を見せた。見下すように鼻を鳴らすヤツ、一層厳しく身構えるヤツなんかはマシな方で、あからさまに安堵する顔まで見えた。


 素直に弱いと思う。立派な装備でも練度は随分と低そうだ。


「まずは質問に答えて貰うぞ。嘘をつけば、分かっているだろうな?」


「はいはい。前置きは良いからサッサとしてくれ」


「この塔は貴様が建てたものか?」


「まぁ、成り行きっつうか、行きがかりっつうか」


「魔術師を自称するが、もちろんギルドには登録しているんだろうな」


「ギルド……?」


「まさか無許可なのか!?」


 連中が一気に気色ばんだ。槍の向きも、オレの胸の方へ向けられる。


「見せろ、今すぐに登録証を見せるんだ!」


「いや、それは、部屋に置いてあって……」


「魔術師であれば容易く呼び出せるハズだ、見え透いた嘘をつくんじゃない!」


「マジかよ知らねぇし」


「では、やはり闇魔術師か。最近の魔獣騒ぎも貴様の差し金であろう!」


「ハァ? どうしてそうなるんだ」


「しらばっくれるな! この魔獣の異常発生は召喚術による人為的なものだと判明している!」


「だからってオレが犯人とは……」


「黙れ黙れ! 貴様以外にありえてなるものか!」


 そう叫ぶ男の眼は狂気染みていた。いや、狂気というよりは焦りの方が強いか。


「総員、戦闘準備! すみやかに闇魔術師を掃討せよ!」


「副団長。よろしいのですか。勝手な真似をすればお咎めが……」


「これも団長を想えばこそだ。それとも、この千載一遇のチャンスを棒に振るつもりか?」


「団長の為……」


「そうだとも。分かったら構えよ!」


「ハハッ!」


 ズラリと並んだ切っ先が不穏に揺らめく。そして次の号令があると、一斉にこちらへ向かってきた。


 問答無用だ。もう会話でどうにかなる次元じゃない。


「簡単にやられるかよっての」


 腕輪は絶妙なタイミングで剣に変化した。すかさず強く踏み込み、全力で槍の束を払う。微かに欠片が舞い散る。振り払った槍の穂先はいくつかが両断され、あるいは砕けるかした。


 その迎撃は槍の破壊に留まらず、勢い余って団員達まで転ばせた。なんだコイツら。いくら何でも弱すぎるんじゃないか。


「副団長、槍が!」


「だったら腰の剣を抜け。数では圧倒しているんだぞ!」


 まだやる気らしい。こっちはいい加減、面倒な気分だ。圧倒的な力を見せつければ、算を乱して逃げるかも知れない。


 空いた左手に力を込めた。イメージしたのは太陽ほどの大火球。魔力が一箇所に集まり、抜けていく感覚がある。血の気が引いた時にソックリで、貧血の症状すら現れたのだが、期待通りの魔法は発現した。


「数が圧倒してるから、どうした?」


「な、な、何て強大な魔力……!」


 火球を前にして連中が萎縮した。だがビビッてるのはオレも同じだ。人を簡単に飲み込んでしまえる程の炎だ。暴発でもしたら、オレだって無事じゃ済まない。


 こんな危ないものは早めの処分。遥か上空まで打ち上げ、そこで炸裂させた。すると次の瞬間は、けたたましい轟音とともに、身を焦がすほどの熱風が降り注いだ。眼が、肺が焼けるような熱さが無差別に襲いかかる。


「ふ、副団長ォ!」


「撤退だ、一度引き揚げるぞ!」


 敵が転がるようにして逃げていく。壊れた槍を投げ捨てるという、敗走の醜態を晒しながらだ。


 オレはというと、黙ってその姿を見送った。追いかけたくても身動きが取れないからだ。


「うっぷ。気持ち悪ぃ」


 魔力の消耗が激しすぎた。視界はグルングルン回りだし、胃の奥から酸っぱいものがこみ上げては、ノドの奥で往復を繰り返す。


 もう限界だ。屋外でも構わず、その場に寝転がり、眼を瞑った。アドミーナが何か言ってきた気がしたが無視。今はこの凄まじい酔いに堪えるのが精一杯だ。


 だがそこへ不穏な気配を察知。一瞬だけ眼を開けてみると、オレの顔を跨ぐようにして経つ女の姿があった。


「……アドミーナ。何してんだよ」


「殿方はこうしてスカートを真下から覗き見る事を好むそうです。良い機会ですので実践を」


「マジでやめろ。人に見られたらどうする」


「はい、待機いたします」


 万がいちクロエに目撃されたらどうする。浮気の上に変態プレイなんて言い訳のしようがない。


 そんな事を考えているうちに眠ってしまっていた。気付けば陽はだいぶ高くなっており、日中も後半に差し掛かった頃だろう。


「……結構寝ちまったかな」


「おはようございます、タキシンペイ様。時刻は14時19分19秒でございます」


「ええと、何かする予定だったよな」


 襲撃や昼寝を挟んだ為に忘れてしまった。思い出そうにも、断続的な目眩のせいで頭が回らない。


「……そうだ。アニメを見るんだった」


「私はここで警戒を続けます。あの不届き者どもが襲来しないとも限りませんので」


「じゃあオレは戻るよ。何かあったら呼んでくれ」


「承知しました。ではごゆるりと」


 それからはまた延々とヌメリンを堪能した。姿勢の悪さから腰や背中が痛みだし、空がトップリと暮れた頃にようやく思い出した。


 そうだ、魔法の勉強やらなきゃじゃん、と。


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