第18話 似ている2人
クロエと離れて早3日。意図せず手に入れた婚約者という肩書は決して軽くない。彼女と約束した魔法指導を円滑に行う為にも、オレは魔法の修練に精を出す。
……なんて事にはならず、そこそこに怠惰な時間を過ごしていた。夜遅くまでゲームに明け暮れ、昼過ぎに目覚めるというサイクルだ。よりによってチョイスしたのは歴史シミュレーションで、しかも最弱大名プレイなんかに励むもんだから、時間が水泡の様にポンポンと消えていく。
ちなみに食い物は問題なし。パンや燻製肉(くんせいにく)とか果物を大量に買い込んでおり、当面は引き込もりライフを堪能できそうだ。人間とは、下手に満たされてしまうと怠ける様に出来ているに違いない。今まさに実体験しているのだから。
「はぁ……クロエに会いたいな」
9時間は寝たのに、妙に眠たい。足を引きずりながら冷蔵庫まで向かい、開けた。中から冷えッ冷えのカットスイカを取り出すと、皿の用意すらせずに食らいついた。
この世界のスイカは水分が少なめで、味もちょっとだけ渋みがある。その代わり種がほとんど混ざっていないので、お手軽スイーツとしては丁度良いものだった。
「退屈でしょうか、タキシンペイ様」
アドミーナが腕輪越しに話しかけてきた。正直言って、返事すら面倒でしかない。
「割と。でも苦痛なほどじゃない」
「時には休息も必要です。しかしながら、過ごし方次第では健康を損なう恐れがあります」
「何だよ。ゲームばっかやるなって言いたいのか?」
「テレビゲームも長時間に及べば、血流や骨格に悪影響を与えかねません。別の遊びも追加される事をオススメいたします」
「分かったよ。だったら今日はアニメ見るわ」
「ご検討の末でしたら、私に異論など有りません」
スイカで腹を膨らませた後、すぐにDVDを漁り始めた。そうして見つけたのは『魔法少女ヌメリン』という珠玉の一作だ。
これは開始5分という短い間に、主要キャラ全員のパンツを拝めるという、極めて機能的なエロアニメである。そのくせ、どぎついシーンはないというライトな仕上がり。この絶妙なさじ加減こそが魅力だと言えた。
ちょいエロは癒やし。いやらしは程々であるべき。その真理を教えてくれた、いわば心の師匠とも呼べる作品なのだ。
「久々に、通しで全話見ちゃおうかな」
再生して間もなく、画面は華やかな色彩で埋め尽くされた。異世界はおろか、現実世界でもお目にかかれない配色が、まろやかな非現実感を与えてくれる。
オープニング映像が佳境に差し掛かると、主人公であるヌメ子のパンチラシーンが早くも映し出された。ありがたい。魂が浄化される。思わず両手を合わせて感謝した。
「懐かしいな。いつぶりだろ……」
何度も何度も繰り返し見た第一話も、数年ぶりとなれば新鮮だ。各シーンを辿るたび、少しずつ世界観が脳裏に蘇っては侵食を始めた。
この物語は、主人公のヌメ子が通う高校で発生する怪異に対し、魔法の力で解決していくという内容だ。初回は触手の悪魔が悪さする。当然ながら敵は、その形状通りにエロい。
ヌメ子は友達の知恵も借り、ついに諸悪の根源を発見した。しかし生身で太刀打ちできる相手ではない。激しい攻撃により服は破け、柔肌は露わになり、やがて両手足を拘束されてしまう。だが残念な事に、敵の猛攻もここまでだ。
「このエッチな悪魔め、もう許さないんだから!」
ヌメ子はお決まりのセリフを叫ぶと、全身に七色の光がほとばしった。魔法少女ヌメリンに変身だ。次に現れたときは、可愛らしくも艶やかな衣装に差し変わっていた。
それから彼女は全身に絡みつく触手を力ずくで引き千切ると、自由となった手に魔法ステッキを召喚した。子供のオモチャにも似た、ゴチャっとした見た目の物が。
「喰らいなさい、ギャラクシアン・パトリオット・クレイジースター!」
一撃必殺の技が炸裂した。掛け声と共に現れたのは、空から落ちる小隕石。それが毒々しい七色の光を帯びながら迫るのだ。もちろん敵が堪えうる訳もなく、それだけで木っ端微塵だ。
こうして学園の平和は守られた。最後に主人公のアップで締めくくられる。画面一杯に広がる笑顔のシーンで、オレは思わず再生を止めた。
「あぁ……ちょっと似てんだ、クロエと」
見た目が、ではない。クロエはピンク髪でも無ければ縦ロールでもないし、背格好だって似ても似つかない。
共通するのは性格の方だ。どんな苦境を前にしても、持ち前の明るさを失わず、必ず前を向こうとする。そんなところがソックリなのだ。それから、たまにドジという性質も似ている気がする。
「そっか。オレはこんな子が好きだったのか」
以前までのオレは、可愛ければどんな女でも良いとすら思っていた。だがそれは間違いなんだろう。自分にとって特別な存在が『誰でも良い』訳がない。
「大切な人との約束は守らないとな」
魔法の勉強をしよう。コア・ルームにでも籠もってみるのが良さそうだ。そこでしこたま魔法を撃ちまくって、魔力をジャンジャン高めて、それこそ大魔道士くらいにまでなってやろう。そうなればクロエもきっと尊敬の眼差しを向けてくれる事だろう。
重たい腰がようやく持ち上がった。だが鬱陶しい事にココで横槍が入る。アドミーナの警告に被せるようにして、外から大音声が聞こえてきたのだ。
「ヴァーリアス騎士団である。不法に領地を侵す者よ、抵抗せずに出頭せよ! 繰り返す、ヴァーリアス騎士団である!」
開いた窓から外の様子を見てみれば、騒がしい連中はそこにいた。マンション前の街道を、完全武装した男たちの集団が埋め尽くしていた。
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