第14話 暮らしのアップグレード

 アドミーナは俺達を裏庭の方へと案内した。そこは住民にとって憩いの場となる予定だったスペースで、それなりに整備されている。マンションから門外へと伸びる石畳、その左右には花壇やベンチがあって、いかにも読書が捗(はかど)りそうだ。


 その一方で広々とした芝生ゾーンまで併設されていて、そちらは遊び場に適している。だから馬車も悠々と停まれるし、ちょっとくらいなら駆け回っても平気と思えた。


「アドミーナ。言われるままに来たけど、ここで修理をするのか?」


「左様でございます」


 からかってるんだろうか。ここには施設どころか工具のひとつも無い。もしアドミーナが『嘘ですミャン』なんて言い出した時はキツイ罰をくれてやろう。


「乗り物を始めとした様々なアイテムを復元・作成するには、グランディオス・コアのアップグレードが必要となります」


「あぁなるほど。そーいう感じね」


「その為には幻魔石を使用しますが、お預けいただけますでしょうか」


「コレの事?」


 魔獣を倒すたび見掛けた赤い石はポケットにしまっていた。ちょいちょい拾い集めて、全部で7つほどある。


「石は足りるかな」


「3点だけで十分にございます。残りの4点も、差し支えなければお預かりいたします」


「じゃあ渡しておくよ。邪魔だし」


「承知しました。それではコア・ルームを起動いたします。ゲストの皆様方は、ここでお待ち願います」


 アドミーナが恭しく頭を下げ、再び持ち上げた時にはもう辺りの様子は一変していた。視界には、フワフワと浮遊する球も見える。


「クロエ達は?」


 周囲にはオレとアドミーナしか居ない。


「コア・ルームは住民の方のみが入室資格を持ちます。事実上、タキシンペイ様専用となっております」


「そうか。独り占めって事か」


「あらゆる秘密が守られます。例えば、鼻をほじりながら全裸になり、自身の股下から顔を覗かせては『良いよ良いよ今日も腹直筋キレてるよ!』などと叫んでも問題ありません」


「別の問題があるだろ。そもそもそんな奇癖は無い」


「失礼しました。以後、例文の表現においても注意いたします」


 アドミーナは大した反省の色も見せず、例の幻魔石とやらを掲げた。すると3つの石は光の粒となって頭上高くへと飛翔。軌跡が螺旋状に見えるのは、それぞれが円を描きながら移動しているからだろう。


 やがて全ての光がグランディオス・コアに飛び込むと、それらは飲み込まれる様にして消えた。今はもう、まるで何事も無かったかのように静かだった。


「これにて規定のエネルギーが加算されました。敷地内に工房を建設します」


 その言葉ともにコアが輝き出した。今度の光は強烈だ。とても眼を開けていられず、腕で顔を覆い隠した。そうまでしても眼の痛みが強い。


 目蓋を閉じても白一色だったものが、やがて和らぎ、消えた。恐る恐る目蓋を開けようとすると、それよりも先に元気いっぱいの声が耳に響いた。


「お帰りなさいませ、魔術師様!」


「あっ、クロエか。ただいま……」


「さっきはビックリしましたよ。お姉さんと一緒に消えちゃうんですもん」


 クロエには今のシーンがそう見えていたのか。あの短い間、オレはこの世界から消失していた感じなんだろうか。


 アドミーナの方を見てみる。それでも特に説明はなく、手を伸ばす事でオレの視線を誘導しようとした。


「工房の設置が完了しております。ご覧ください」


 腕の角度がやや低い。その傾きに沿って眼を滑らせていくと、確かにあった。ものっすごい小さな小屋が。子供が遊ぶのにピッタリなサイズ感だった。


 もちろんオレは、仕掛け人を激しく睨みつける事になる。


「アドミーナこの野郎。散々引っ張っておいて、その結果がコレか?」


「もう少しばかりお待ちいただけると幸いです」


「待ったらどうにかなるモンかよ……」

 

 視線を再び小屋に戻すと、勢いよくドアが開いた。そして中から現れたのは小人の集団だ。


 彼らは皆がお揃いの格好をしていた。ナイトキャップのような帽子をかぶり、片手には木槌。顔も特徴的で、両目は細く垂れ下がり、口角も笑うかのように持ち上がっている。


 どこかマスコットキャラのような風貌で、女性ウケが良さそうだ。実際クロエなどは、傍に寄って跪(ひざまず)き、先頭の1体を両手で抱え持つほどだ。


「うわぁカワイイ! 土の精霊様かなぁ!」


「精霊。コイツが?」


 その言葉にアドミーナが頷いた。どうやら本物のようだ。


「こりゃ驚いた。確かに伝え聞く精霊様に酷似していますね。ここまでハッキリとした姿を拝見するのは初めてですが」


 セルシオが両目を見開いたまま言った。顔が少し引きつっているから、本心なのだろう。


「へぇ。人生経験が豊富そうなのに、ちゃんと見たことは無いんだ」


「それほど豊かな方では……。常日頃、誰も居ない床が軋んだり、天井が音を発する事があります。また、物の配置が知らぬうちに変わっている事がありまして、それらは土の精霊の仕業と言われております」


「なんだ。邪霊の類じゃないか」


「とんでもない! 工作や建築の加護が得られるのですから、誰もが喜んで迎え入れるのですよ」


「ふぅん。こんなのがねぇ」


 改めて視線をクロエの方に向けてみる。精霊は少し居心地を悪くしたのか、暴れる事でクロエの手から逃れた。


「この子達カワイイですよね。モキッて声で鳴くんですよ」


「モッキモキ!」


「ほんとだ。確かに愛嬌あるかも」


「モキッモキッ!」


「うん? 何か話し声が……」


 オレは微かな声を聞き逃さなかった。耳に神経を集中させると、それらの言葉は輪郭がハッキリと浮き上がってくる。


――失礼な女がいるぞ。どうしよう。


――バラす? バラッバラに分解しちゃう?


――でもそんな事は頼まれてないよ。どうしよう。


――ダメなやつ? バラしちゃダメなヤツ?


――良い声で泣きそうなのに。ピィピィ泣き喚きそうなのに。


――馬車を壊せだって。バラせだってさ。


――仕方ないね。それで我慢しようね。


――アイアイヨー!


 物騒だ。思いの外危ない連中だった。とりあえずクロエを後ろに逃して距離を取る。


「クロエ。今後こいつらには構わないように。何と言うか、酷く怖がりなんだ」


「そうなんですか? じゃあ今度からは遠くから眺めるようにしますね」


「その方が良いみたいだ」


 そんな会話を重ねる最中にも、小人達は作業を進めていた。せせこましく動き回る小柄な体、そして不自然なまでの砂埃。 それら全てが落ち着きを取り戻すと、精霊達は一列に並んで小屋へと戻っていった。眼の前には、随分とキレイになった一両の馬車が取り残されている。


「終わった……のか?」


「複製するには、木材などの素材が不足しておりました。よって復元を依頼したのですが、いかがでしょうか」


「だそうだ、セルシオさん」


「ええと、確認させていただきます」


 そう言うなりセルシオは身を屈め、車軸を確かめた。それからグルリと一周し、深い所から唸り声を出した。


「非の打ち所もございません。幌も車軸も元どおりですし、ギルドより授けられた印まで再現されています。まさに完璧な仕事ぶりと言えましょう」


「そんなにもか。ちっこいのにやるじゃん」


「タキシンペイ様。こちらもアップグレードを実行したならば、より高度な作業が可能となります。ご検討いただけると幸いです」


「そりゃ楽しみだな。こんだけ有能なら活躍どころも多いんじゃないか」


 その時、背後から凶々しい気配を感じるとともに、囁きにも似た声が聞こえてきた。


――僕たちをコキ使うみたいだ。どうしよう。


――バラす? バラッバラに分解しちゃう?


――でもアイツ強いよ。簡単にはバラせないよ。


――じゃあ弱っちいヤツからにしよう。そうしよう。


――油断してる所を襲おう。そうしよう。


 何か良くないヒートアップをしている。どうにかして宥めなくては。


「まぁその、なんだ。精霊は大事だからな。ここぞという時まで温存するのが良いかもしれん」


「何かタキシンペイ様のお気に触りましたでしょうか?」 


「そういうんじゃない。そんなんじゃないぞ」


 オレは半ば強引に皆を裏庭から連れ出した。視界の端で小屋が小さくなっていく。その時オレは見逃さなかった。小屋のドアがほんの僅かに開いているのを。その中で小さな瞳が煌めくのを。 何が精霊だ、怖すぎるだろ。

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