第9話 恐怖の収集

 昨晩の寝不足のせいで、午前中は仮眠で潰す事になった。目覚めたらリンゴで腹を宥め、午後2時を過ぎた頃になってようやく探索へと乗り出したのだ。


 とりあえず街道まで足を運んでみたものの、人通りは全く無い。昨日の騒ぎで逃げ去った人々は戻っていないようだ。


「皆は無事なんでしょうか……」


 今日の目的は食材探しがメインなのだが、クロエの商隊を探す為でもあった。行方が気になるのか、ポツリと漏れた言葉は真に迫るものを感じさせた。


「はぐれた仲間ってのは、君の家族なんだよね」


「はい。父さんと姉さんが一緒でした」


 初めて見せる沈痛な表情だった。それを横目にふと思う。逃げた家族らはクロエが心配ではないのかと。はぐれたとは言え、置き去りにしてのうのうと逃げるだなんて薄情すぎやしないか。


 そう思うと、自分の事以上に腹立たしく感じられた。


「再会できたらどうする? 置いてきやがってフザけんな、くらい言っちゃう?」


「まさかそんな。優しい人たちですから、きっと何か事情があったんですよ。元気でいてくれたら、それだけで十分です」


 オレには分かる。そうやってフォローする君が一番優しいという事を。そしてその言葉が聞けた事が、なぜか嬉しく感じられた。


「ともかくだ。君の家族を探すのも良いが、食材探しも忘れちゃいけないぞ。食うものがなけりゃ始まらない」


「もちろんです。それについてはお任せください!」


 逃げた馬車の足取りを探るため、ヴァーリアスとは反対方面に向かって歩き出した。しかし行けども行けども手がかりは見当たらず、ただ静かな森の光景だけが続いていた。進展の見られぬ人探し。クロエが不満ひとつ漏らさない事だけが救いだった。


 いやそれどころか、彼女は任された仕事をキッチリとこなしていた。時折道沿いの木々に足を運ぶと、木のウロに手を突っ込んだり、茂みをまさぐっては戻る事を繰り返している。


「魔術師様、食材の方は順調です。今晩はご馳走ですよ」


「そ、そうか」


 彼女には事前にビニル袋を手渡していたのだが、早くもそれなりに膨らんでいた。普通なら褒めたり、労ったりする場面だろう。


 それなのにオレが引き気味な回答をしてしまったのは、半透明の袋が蠢く姿に寒気を覚えたからだ。一体何を食わされるんだろうか。想像するだけで尻の穴が締め付けられる想いになる。


「クロエさんよ、ちなみに何を集めたんだい?」


 軽く聞いてみる。予め知っていた方が楽な気がして。


「ええと、夜になってからのオタノシミです!」


 少しイタズラっぽく彼女が笑う。こんな嬉しくない楽しみなんか有るんだろうか。夜のオタノシミと聞けば、軽く淫靡(ムフッ)な物事を想像するのが普通だが、今ばかりは拡大解釈の余地すら無い。


 それからも探索は続けた。何の情報も得られない一方で、クロエの袋はどんどん膨らんでいく。すでに買い物袋Lサイズの許容量が限界間近にまで迫ろうとしていた。


「そろそろ戻らないか? 明日は早めに起きて、探索の時間を多くするから」


「そうですね、分かりました。今日はこの辺にしておきましょう」


 説得は思いの外に簡単だった。来た道を戻ろうとした、その時だ。左右の茂みが揺れ、そこから巨体がふたつ飛び出してきた。


「クロエ。下がってろ!」


「はいっ!」


 現れたのはでっぷり太った豚だった。ただし二足歩行で、手には大きな石斧が握られている。


「こいつは知ってる。オークってやつだ」


 オークはエロい、エロいはオーク。この事実に疑いようがない事は、これまでに収集(たんのう)したサブカルの世界からも明らかだ。麗しき姫君に女騎士、無抵抗な町娘の数々が蹂躙(じゅうりん)される様を、映像作品にて何百時間と視聴してきた。


 そんなヤツが2匹揃って現れたのだから、クロエに何をしようとしているのかは一目瞭然。お決まりのアレを企んでいるに違いない。もしかするとコレとかソレまでやっちゃうかもしれない。


 略式裁判の終了。確実にギルティ。


「ふざけやがって、この淫獣どもめ……!」


 睨みつけるなり、オークと視線が重なった。嗤(わら)ってやがる。思わずニタリと音でも聞こえてきそうな、粘性の強い表情だった。やはりエロい事を考えている。許すまじ。


「魔術師様、お気をつけください。この魔獣は、昨日の獣よりも強いと聞いています!」


「安心するんだ。君の事は必ず守り抜いてみせる」


「……はい!」


 オレの意思に呼応して、右手に剣が出現した。相手が強かろうが弱かろうが関係ない。クロエを脅かす存在は例外なく滅するつもりだ。


 剣の切っ先を天に向けて構え、敵を向き合う。そうして睨み合いを続けるうち、ふと名案を思いついた。


 こいつら豚の見た目をしているのだから、食えるんじゃないかと。クロエの収集した怪しげなものより、豚肉の方が遥かに食いやすい気がする。

ここは上手く勝利を収め、切り落とし肉を量産してやろう。より良い晩餐の為にもだ。


「グォォオオ!」


 オークの片割れが突然に雄叫びをあげて突進してきた。そして石斧を高く振り上げる。体格を活かした激しい攻撃がオレの頭上に迫ろうとしていた。


 その動きに合わせて剣を振る。すると、斧の先端にくくりつけられた岩石が粉々に砕け、オークも体を前方へ泳がせた。ガラ空きとなる脇腹。一直線に斬りつける。それだけで巨体が両手を投げ出して、道端に倒れ伏した。


「よし、あと1匹!」


 地面を蹴って片割れに迫る。相手の反応は随分と鈍く、うろたえているのが良く分かった。


 軽くフェイント。大きな隙。見逃さずに一撃。オークは耐える素振りすら見せず、膝を折って崩れ落ちた。


「よっし、豚肉ゲット……」


 振り返ってみると、最初に倒したオークは姿を消していた。逃げたかあるいは隠れたものだと思ったが、それは違う。答えはオレの側で倒れたオークが教えてくれた。


 連中は全身をかすかに発光させた後、その身体を消失させてしまったのだ。


 この時になって思い出す。昨日の植物みたいな化け物も、倒した後に死体は残らなかった。つまりはオークも同じで、豚肉にありつく事は出来ない、という事らしい。


「魔術師様、お怪我は?」


「大丈夫だ。君も平気みたいだね」


「ところで、オークが消えたと思ったら、こんな石が転がってたんですけど」


 クロエがオレに手渡したのは真っ赤な石だった。色鮮やかで透明感があり、宝石と言った方が適切かもしれない。辺りを見渡すと、もうひとつ同じ見た目のものが落ちていた。


「もしかしたら、噂に聞く幻魔石かもしれませんね」


「ゲンマセキ?」


「魔獣を倒すと手に入るそうですよ。そんな事を冒険者さんが言ってたような……」


「とりあえず貰っておくか。何かの役に立つかもしれない」


「そうですね、では帰りましょうか。すぐにご飯の用意をしますから」


「お、おう。そうだな」


「期待しててくださいね!」


 未曾有の恐怖(おたのしみ)が現実のものになろうとしている。愛くるしい笑顔を向けられたのに肝が冷えるだなんて、かなりレアな体験をさせられたもんだ。


 帰路の間、通行人の出現を渇望してしまった。この赤い石を元手に食材を手に入れられたらと。しかしそんな都合の良い話が起こるはずもなく、とてもスムーズにマンションまで辿り着いてしまう。


 宴とやらまで、残りわずかとなっていた。

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