今最も注目の監督作品を観よう!〜『ヘレディタリー/継承』〜

 禍原かはらだ。

 この合宿で三回目の講座だな。


 何? 合宿所の時計が全部止まってるし、カレンダーが30年前のままだ?

 古いからな。気が向いたら直しておこう。



 さて、ホラーといえばクトゥルフ神話というのを知っているだろうか。

 ギリシャ神話や北欧神話のような神話じゃないぞ。


 アメリカのホラー作家たちが作り上げた、太古に地球を支配していた悍ましい神々が目覚めて人類を害するという、架空の神話だ。

 いろんな作家たちが自由に手を加えていい、オープンワールド創作に近いな。


 この神話に出てくる邪神たちは、魚やイカ、タコのような海洋生物に似ていることが多い。


 日本人にとって食用の生き物だからそんなに怖くないって?


 そうだな。

 でも、どうだろう。


 自分の故郷にある神社がそんな異形の存在を祀っていたり、自分の両親がそれを信仰していたら?


 自分の家系を辿ると、祖先がそんな神の信者たちで、さらに恐ろしいことにその異形と交配した形成がある。自分にもその神の血が流れていると知ったら?


 クトゥルフ神話の怖さの真髄は、疑いもしなかった自分に身近なものや自分を形成していたものに、とんでもないものが混じっていたことを知らされる悍ましさだと俺は思ってる。



 今日紹介するのはまさにそんなホラー映画だ。



 〜ヘレディタリー/継承〜



 2018年のアメリカ映画だ。

 期待の新人アリ・アスター監督の長編デビュー作だ。次に撮った北欧のカルト宗教が舞台のホラー映画『ミッド・サマー』は話題になったから知っている人間も多いんじゃないか。



 物語はまず、主人公のドールハウスの製作を仕事にしている二児の母の女性が、長い間疎遠だった母の葬儀に出るところから始まる。


 彼女の母は謎の多い人物で、葬儀にも何の繋がりがあったのかわからない参列者が多く、遺品も奇妙なものが多数残されている。


 加えて、主人公の家系は遺伝的な問題か、精神病を患うことが多く、自分の父や兄もそれで失っているし、自身も夢遊病を患ったことがある。



 母の死後家で起こり出す怪奇現象や、母が孫娘として偏愛していた主人公の娘の奇妙な行動などが重なって疲弊した主人公は、セラピーを受けるうちに生前の母の奇妙な知人と関わっていく。

 そして、ある事件が起こり、物語はどんどん最悪の方向へ……というのが大まかな内容だな。



 監督がホラーというより家族の映画として撮ったというだけあって、家庭や血縁という呪いが描かれている作品だ。



 ホラーで一番怖いものは、やはり倒す方法がないものじゃないだろうか。


 幽霊やモンスターと違って外から襲ってくるんじゃなく、内側から徐々に侵食されて気づいたときにはもう遅いというのがこの映画の最大の怖さだな。



 映像でもそれを象徴する演出をしていて、冒頭主人公の作ったドールハウスにズームし、だんだんと主人公たちが生きる実際の家屋になるような撮り方がされている。


 他にも、誰かの作った基盤の上に乗っていた家庭であることが示唆されるように、敢えて作り物らしく見えるような演出が随所でされているのが観ればわかるはずだ。


 他にも音や光、さらに人間の生々しい反応まで使って、生理的に嫌悪感を催す厭な描写がとにかく上手い。



 主人公たちに悪意は一切なく、多少の不和や不条理なトラブルはあっても何とか日常をこなしていたのに、その身に流れる血が悪意で作られた道へどんどん彼らを押し流していく怖さを体験できる、邪悪という言葉がぴったりな映画だ。



 小説『ガラスの動物園』や、監督が影響を受けたロバート・レッドフォードの『普通の人々』のような、家族の呪いや重圧を描いた作品に惹かれるならきっと見る価値がある。



 そういえば、ガラスの動物園に似たタイトルで思い出したが、ケン・リュウという中国系の作家が書いた『紙の動物園』という小説は知ってるか?

 感動作として売られている作品だが、俺はこれらの作品と同じくらい血縁の呪いが書かれた怖い本だと思ったけどな……。



 二本続けて家庭に厭な印象を植えつけるホラーの話をしていると、俺が悪く思われそうだから、次回は怖いというより切ない家族の映画の話でもしよう。



 より楽しい夏が、終わらない夏にならないよう、しっかり理解を深めてくれ。

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