邦ホラーのイメージを一新しよう!〜『来る』〜
この合宿で第ニ回目の講座だな。
この合宿所は何処なのかって? さぁ、昔は旅館だったらしいけれど今は廃業したらしいな。
そんなことはいいだろう。
前回は洋画のホラーの話をしたな。今回は邦画のホラーの話をしよう。
どこかで聞いた話では、同じ怪談でも欧米は男の幽霊が、日本は女の幽霊が多いらしい。
欧米と括ると広すぎるが、洋画で有名なホラーのキャラクタといえばジェイソンにフレディにレザーフェイス、邦画は貞子に伽倻子と、確かに男女比は逆転していそうだ。
それによると、欧米は国どうしが地続きな分侵略の歴史があり強い者に恐怖を覚える、対して島国の日本はそう言った純粋な力より、同じ場所に住む人間の裏の一面や情念の怖さが勝るのが原因だとか。
邦画のホラーも派手なスプラッタよりは、静かに暗がりから忍び寄る湿度の高い作品のイメージが強い。
それが苦手という人間も多いんじゃないだろうか。
今日紹介するのは、テーマは情念や呪いという普遍的なものでも、じっとりした邦ホラーのイメージを覆す映画だ。
〜来る〜
2018年の映画だな。原作は澤村伊智の小説『ぼぎわんが、来る』だ。
この映画は三部構成だ。
まず一部は、妻夫木聡演じる、都内で妻子を設けたいわゆる育メンが主人公。
公私ともに順風満帆な生活を送っているように見える彼の周りで怪奇現象が起こり出す。
それが、幼少期に自分が過ごした田舎のある伝承に関わっていたと気づき、知人のツテから岡田准一演じるオカルトライターに頼るのがこの章だ。
二部では、黒木華演じる彼の妻の視点で、一見幸せな生活に隠れた夫の身勝手さや闇の部分を抉り出し、だんだんと事態が悪化していく。
そして、いよいよ猛威を振るい始めた悪霊を鎮めるため、松たか子演じる最強の霊媒師を筆頭に各地の霊能力者が集結して大規模な戦いが始まるのが三部だ。
冒頭から極彩色の断片的な映像とパンクな音楽が流れ、従来の邦ホラーとは全く違う印象なのがわかるはずだ。
直接的な痛々しいシーンはほぼないが、景気のいいゴア描写は満載で、海外のスラッシャー映画を彷彿とさせるな。
加えて、原作より格段に登場人物の悪意がパワーアップしているのも特徴だ。
序盤では、子供の写真をSNSに上げるような、よく見る薄っぺらな育メンを演じる男の生活を、嫌という程生々しく魅せる。
ホラーを観に来た人間が十中八九辟易しそうな演出は、ドラマでやったら数話で切られそうなところを、劇場で椅子に括りつけておける分しっかり溜めに使えるのが映画のいいところだな。
監督は『嫌われ松子の一生』や『告白』の中島哲也監督で、人間の嫌な部分をキッチュに描く作風が最大限に活かされている。
この映画では、結婚や出産と言った、無条件に祝福すべきものとされていることへの欺瞞や、それに翻弄される人間を徹底的に描くのが特徴だな。
それだけなら、家庭ドラマでやれと言われそうだが、そう言った建前に隠されて積み上げられてきた怨念が、人間たちに牙を剥けるホラーとしてちゃんと機能しているんだ。
原作のタイトルの“ぼきわん”は登場する悪霊の名前だが、映画のタイトルではそれが抜き取られている。
俺は、人間たちが社会生活を成り立たせるために口を噤んで見なかったことにしている負の部分という意味で、敢えて抜いているんだと思ったが……どう思うかは観て確かめてくれ。
そして、最大の見所は溜めに溜めた三部の大除霊シーンだ。
柴田理恵演じる隻腕の霊媒師を始め、キャラの濃い霊能力者たちが宗派関係なしに集結し、ロックフェスのような勢いと規模で行う除霊は最大の見せ場だ。
氷川神社の神社禰宜で東京都神社庁訓育指導講師が監修を務め、彼が宗教版アベンジャーズと評した、本格的なシーンだぞ。
アベンジャーズは観てないが。
今まで散々内面が子どものまま身勝手な理由で家庭を作り、周りを翻弄してきた大人たちが出た分、仕事というだけで赤の他人のために命懸けで除霊する、本当の大人たちのプライドを掛けた戦いが映えるな。
従来のホラー映画が苦手な人間にこそ観てほしい作品だ。
プロフェッショナルたちが集結する三部は『シン・ゴジラ』、様々な時間軸が最後に収斂されるカタルシスは『ダンケルク』が好きなら合うかもな。
章ごとに雰囲気が変わり、前の章のイメージを覆していく構成は、漫画だが『ファイアパンチ』を楽しめた人間にもお勧めだ。
家族をテーマにしたホラー映画は多い。
次回はこの映画と同年に公開された、『ミッドサマー』の監督の長編デビュー作を紹介しよう。
より楽しい夏が、終わらない夏にならないよう、しっかり理解を深めてくれ。
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