ホラーのお約束を知ろう! 〜『キャビン』〜

 禍原かはらだ。

 お前にとって記念すべき第一回目の講座だな。


 まず、ホラー映画といえばどんなものが浮かぶだろうか?


 幽霊、ゾンビ、殺人鬼……いろいろあると思うが、テレビで放映される洋画でよく見るのは、バカンス中の若者が惨劇に遭う、というのが定番だと思う。


 80年代くらいのアメリカで大量に作られた類のものだが、人気は根強いよな。


 ホラー映画に詳しくなくても、例えば、「旅行で来たコテージに何か危機が迫ってる」と言われたとき、どんなことが死亡フラグになるか考えてみれば、何となく想像はつくんじゃないだろうか。


 まず、真っ先に死にそうなやつは誰だろう。


 見た目はいいけど性に奔放で何も考えてなさそうな若い女、マッチョだけど身勝手な男、話が通じなくてトラブルメーカーなジャンキー……

 最後に生き残りそうなのは少し地味だけど真面目な女の子が命からがら逃げきりそうじゃないか?


『悪魔のいけにえ』や『蝋人形の館』、ジェイソンで有名な『13日の金曜日』なんかもそうだな。


 ちなみによく勘違いされるが、ジェイソンはチェーンソーを使わないし、一作目では殺人鬼はジェイソンじゃなくその母親だって知ってたか?


 話が逸れたな。


 こういうアメリカホラーの定番の成り立ちについて、いろんなところで言及されてるが、わかりやすいとこだとホラー作家の平山夢明が、キリスト教の影響が大きいと考察していた。


 考えてみてくれ。

 不道徳で享楽的な若者が次々と悪魔に食い物にされ、最後まで誘惑に乗らずに立ち向かった清純な乙女だけが悪魔を打ち倒す……

 ざっくりしたイメージだが、キリスト教的な印象がないか?


 その土台がある米国では大流行したが、そういった感覚のない日本からするとあまりピンと来なくて、本場ほど恐怖は感じないかもしれないな。


 まぁ、ここまでわかっていれば充分だ。

 今回紹介するのはお約束を知っていれば楽しめるホラー映画だからな。



 〜キャビン/The Cabin in the Woods〜



 2012年アメリカの映画だ。

 出だしからお粗末なB級なんて楽しめないと身構えたなら安心してくれ。しっかり金のかかったA級だ。


 人気海外ドラマシリーズの『LOST』の監督に、キャストは『アベンジャーズ』のソー役の俳優がいる。

 これだけでもそこそこ期待できるだろ。

 アベンジャーズ? ……どれも観てない。

 まぁ、俺のことはいいだろ。



 映画の内容はこうだ。

 五人の大学生はバカンスに、人里離れた湖畔のコテージへ向かう。

 途中で立ち寄ったガソリンスタンドの店員から不吉な話を聞きかされたが、無事到着し、週末を楽しむ。


 しかし、真夜中、突然扉が開いた地下室へ降りてみると、数々の呪われたアイテムが。うっかり触ってしまった彼ら。それは惨劇の始まりだった……


 何? 定番すぎて見る気が起きない?


 まぁ、待てよ。

 少し注目してみると、彼らがB級ホラーによくいる馬鹿な若者じゃないことがわかるはずだ。


 筋肉馬鹿に思えた男はレポートで教授が知らない参考文献を引用できるほど優秀だし、ビッチに見えた金髪美女は彼氏に一途で派手な髪色に染めたら嫌われないか気にするくらい純真な面もある。


 なぜ彼らがこんなホラーに?


 違和感の極め付けは所々に挟まる、全く別の場所にいる謎の集団だ。


 彼らは何かの管制塔のようなモニタだらけのオフィスで、バカンス中の五人をそこら中に隠されたカメラで逐一監視してる。



 序盤でネタばらしがあるから言ってしまおう。


 この集団は五人の大学生が定番ホラー的展開に巻き込まれるよう、裏で細工して、それを鑑賞してるんだ。


 金髪女は馬鹿という定番のため、染料に思考を妨害する薬品を混ぜる。

 盛りのついたカップルはすぐ殺されるというお約束の状況を作り出すため、フェロモンを混ぜた霧を焚いて男女を誘い出す。

 昔のホラーで演出によくスモークを使ったのなんかもオマージュしながら、どこかで観たホラーの定番を踏襲していくんだ。


 昔に流行ったホラー映画のお約束だけじゃなく、ちょっと前に『SAW』なんかで一時期流行った監視カメラで鑑賞するデスゲーム系のホラーもネタにした、何重にも作り込んだパロディだな。



 一体何の目的で謎の集団はこんなことをしているのか。

 五人はお膳立てされた死亡フラグを回避してお約束の展開から逃れることができるのか。


 この先は実際観て確かめてくれ。



 ホラー初心者は、何の作品かわからなくても「どこかで見たことある!」と思いながら、金のかかった見所のシーンの数々と、何回も訪れるどんでん返しに素直に驚ける。


 ホラー好きはオマージュの元作品を思い出しながら、ファンほど裏切られる展開や、メタフィクション的な構造に感心できるはずだ。



 これは中級者向けの話だが、クトゥルフ神話やSCPなどのアメリカ発のいろんな人間が積み上げてきたホラー体系に詳しければより楽しめるかもな。



 次回もホラーについて話をしていこう。

 より楽しい夏が、終わらない夏にならないよう、しっかり理解を深めてくれ。

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