第31話 二つの謎解き

「やっぱり、小さいってことかな」

「じゃあ、一から四までを足したらいいってこと?」

「単純すぎるよね。米の鬼どうこうって部分が関係なくなるし」

 それでもだめもとで一から四までの和を求める。十。

「答は十メートル、ではないことが分かったわ」

 小さい数をそのまま四つ足して得られる答が、正解であるはずがない。ある意味、よい判断かもしれない。

「そういえば……鬼の……項目って」

 何か思い付いたらしく、倉持が借りてきた本に手を伸ばし、ぱらぱらとめくっていたが、二冊とも違っていたようだ。

「図書館の中で見たのと勘違いしているのかな。鬼の正体は外国人という説が、百科事典みたいな本に載っていた」

「外国人? 鬼なのに人なの?」

 瑠音が疑問を口にするのへ、高谷が上目遣いで思い出す仕種をしながら言った。

「それなら私、聞いたことあるわ。鬼の伝説が日本各地に残っているけれども、その一部は外国人を見慣れていない当時の日本人がびっくりして、恐ろしい存在だと想像を膨らませちゃったっていう説」

「言われてみれば少し似てるところあるんだな。身体が大きくて、髪や肌の色が昔の日本人ぽくなくて」

 蒼井が同意したものの、次に出た言葉は「それがどうかした?」だった。

「外国人ていうことは、外国の言葉で1から10を数えるって意味じゃないかなと思ったんだけど。無理があるかな、やっぱり」

「――いや、クラッチ。すげえよ。よくひらめいたって予感がびりびりする」

「外国語か……世界は広いけれども、何語?」

 高谷が意見を求める風に三人に聞いた。瑠音、蒼井、倉持の順に答えていく。

「外国語と言えば英語じゃない? 使っている人、一番多いと思うし」

「人口を言い出したら、スペインとかポルトガル語も結構多くないか。中国やロシアだって国はでかい」

「そういえば鬼イコール外国人説の中でも、ロシアが有力だったと書いてあったような」

 三人がそれぞれ意見を出したところで、高谷は「それじゃ聞くけれど、米の意味はどこに行ったの?」と新たに聞いてきた。彼女の様子から、すでに考えが浮かんでいることが窺われる。

「米の鬼……米の外国人……あ!」

 ほぼ三人同時に同じ考えに辿り着いたようだ。そして蒼井と倉持が瑠音を指差し、「白上(さん)のが当たってる?」と声をほぼ揃える。

「当たりかどうかは分かんないけど、私も英語だと思った。米と言ったら米国、アメリカ合衆国でしょって」

「当たりだよ絶対。まさか米を主食にしている外国ってことはない。んで、英語ってことはワン、ツー、スリー」

 テンまで一気にカウントアップした蒼井。興奮しているのか唾が飛ぶ。女子達が嫌そうな顔をしたのを当人も気付いて、慌ててハンカチで拭いた。

「と、とにかく書き出してみようぜ」

「もうやってる。蒼井君もやってよ。紙で充分でしょ」

 瑠音が敢えて素っ気ない口調で言うと、蒼井は素直に書き始める。が、「英語の綴りが自信ない」と言い出した。

「私は片仮名で書いてたけれども。みんなはどう書いた?」

「僕も片仮名のみ。だけどアルファベットでも書いて考えるべきかも」

「ごめん、私は最初から英字綴りしか頭になかった」

 高谷がついでとばかりに蒼井の方に紙を見せる。

「言葉で説明するのがまだるっこしいから写して」

「サンキュー」

「英語で感謝するんかいっ」

 珍しく委員長がつっこんだので、瑠音達三人はざわついた。

「ほら、みんな集中して考える」


 ワン   ツー    スリー   フォー  ファイブ

 ONE  TWO   THREE FOUR FIVE


 シックス セブン   エイト   ナイン  テン

 SIX  SEVEN EIGHT NINE TEN


「この中から四つを選べるような分け方があればいいのね」

 独り言を口にしながら考える瑠音。

「多い少ないで分けるとしたら、文字数? でも文字数でグループ分けして四つになるのって……あった、英語で三文字になるのが四つだわ」

「ほんとだ。ONE、TWO、SIX、TEN。足してみるね」

 倉持が新たに「1+2+6+10=19」と書いた。

「十九メートルで決まり?」

 結論を急ぐ男子勢に対して、ストップを掛けるのは高谷。

「待って。他にも四つと六つとに分けられるものがありそう。……Eが含まれているかいないかは……違うか。三つと七つだわ」

「ああ、そういう見方もできるか。Oは含まれているのは三つ」

「Nは? Nがあるのは四つよ」

 特定の文字のあるなしを最初に言い出しただけあって、高谷が早い。倉持が確かめながらまた書き出していく。

「1+7+9+10で二十七。違う答えが出たね」

「英語だけじゃなく片仮名の方でも考えないといけねえんじゃねえの?」

 蒼井の言葉に促され、今度は片仮名の方を主に見ていく。じきに蒼井自身が気付いた。

「“ン”が入っているのが四つある。だけどこれ、さっき委員長が言ってたのと同じだ」

「……他にはないみたいね、片仮名」

「文字数が少ない順に四つを足し合わせるのはどうかな?」

 瑠音が言うと、「文字数にこだわるのな」と蒼井が茶化す。そんな彼をじろっと見ただけで、瑠音は片仮名と英字それぞれをチェックした。

「だめ、片仮名の方が四つに絞れないわ。二文字のワン、ツー、テンの次が三文字で候補がいっぱい」

「英語の方は?」

「えっと、ONE、TWO……あ、そうか。三文字が最少文字数なんだから、最初に言った説と同じになるんだ」

 無駄足を踏んだけれども、これも経験。引きずらないでおこう。

 結局、思い付けたのは十九と二十七の二通りになった。

「どっちだろう?」

「分かんない」

「これくらい両方試そうぜって思う。絞りきれないんだったらしょうがない。清順さんだって早く決着したいって言ってた」

「うーん、でも、何か決め手がありそうな……」

 こだわる瑠音に、高谷が「使っていない文言は“耳を傾け”ぐらいよね。ヒントになってると思う?」と振った。

「思う。他に当てはまりそうな物がないから、思うしかない」

 瑠音は暗号文をじっと見つめた。見たままを素直に解釈する。

「これって耳で聞くってことよね、当たり前だけど」

「うん、当たり前」

「また当たり前になるけれども、日本人に向けて書かれた暗号だよね」

「そうね。正確を期すなら、日本語を理解できる人に向けて、かな」

 当然の事実の指摘が続いて、蒼井がじれた。「何が言いたいんだよ」

「日本人なら英語を聞いて、その字を思い浮かべるとき、アルファベットじゃなくない?」

「それはどうかなー? 小学生なら片仮名で思い浮かべる人が多いと思うけれども、大人はどうなんだろう……微妙ね」

「だめかぁ」

 あきらめから力が抜けそうになる。でも、まだ踏ん張ってみよう。

(せめて野木村さんと月子おねえさんが戻って来るまでは)

 もう何度目になるか分からないくらい目を通した暗号文に、また意識を集中する。

「……ねえ。今さらなんだけど」

「はい?」

「この『傾』って漢字、他よりもちょっと大きくない?」

「え? 気のせいでは」

 瑠音がメモ書きの「傾」を指差す。高谷、蒼井、倉持は近寄ってじっと見つめた。

「言われてみれば大きいような」

「それこそ微妙な差だけど」

「月子さんに聞いた方が早いんじゃないか」

 それもそうだと腰を浮かしたちょうどそのとき、野木村と月子が戻ってきた。


             *           *


「――と、こんな経緯で、無蔵島に絞り込んだわけです」

 野木村が説明をし終えると、月子はふんふんとうなずいて納得の表情を見せるとともに、「それをあの子達が自力で? 凄い」と感心することとしきりである。

 とうに洗い物は終わって、二人でテーブルを挟んで座っている。外の雨はまた少し強くなったようだ。

「時折、寄り道しそうになっていましたが、正解らしきルートを辿っているように僕も思います」

「宝探しの暗号は私が作った、というのも寄り道の一つだったんですね。戻ってくれてよかった」

「ちょうどいい。そのことと関係があるので、お願い、聞いてくれます?」

 微笑した月子に、野木村は切り出した。なるべく気軽な調子に努める。

「そうでしたね、まだお願いを聞いてなかったっけ。何でしょう?」

「子供達が解いた過程では、寺北なる人物がこちらの診療所を訪れた事実をそのまま受け入れ、診療所の緯度と経度を計算に用いることに辿り着きました。でも、どうして暗号にここの緯度経度が取り入れられていたかの理由は、残念ながら分からずじまいです。僕も気になって仕方なかったので、考えに考えました。やっと思い付いた仮説が、まあばかばかしいんですが、聞いてください。暗号を作った人物は白上家に思い入れがあった、ただそれだけの理由で暗号に組み込んだのではないか」

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