第26話 決着、そして二日目の朝

「たかがお風呂の順番を決めるだけなのに盛り上がったし、面白かった」

 先にお風呂から上がり、今夜寝る部屋に通された女子二人は、髪を乾かしながら話に花を咲かせていた。

「真剣にやったら、たいていのことは面白い」

 高谷の言い回しは、そのことをモットーにしているかのようだ。

 実際には、期せずして接戦だったことも面白さに関係しているだろう。最後の三組目の対戦、瑠音達の手札がQと6のツーペアだったのに対し、男子チームは10と8のツーペア。Qと10、たった二つの差で瑠音と高谷が勝利し、お風呂に先に入れたのだった。

「向こうは面白がる以上に悔しがっていたけれども」

「あの様子だと、明日またやろうって言い出してきそう」

「明日まで待つかな? このあと来るかも」

 その予想が当たっていたことを、およそ五分後に思い知らされる。廊下を走るような足音が近付いてきたかと思うと、ドアをごんごんごんと強めにノック。中にいる二人が反応するよりも先に、「ポーカーの第二戦、やろうぜ!」と来た。ドアを勝手に開けられなかったことが奇跡に思えるほどの勢いである。

「やーよ。もう疲れた」

「それに寝間着姿、見られたくないなー」

 寝間着姿というのが効いたのか、次の蒼井の反応があるまで少し間があく。

「そんなの、気にするようなものか? 林間学校のとき、みんな平気だったぞ」

「あれは体操服でしょ。今は寝間着。私はパジャマ、瑠音はセクシーなネグリジェよ」

「まじか?」

「い、委員長、嘘言わないで!」

 ドア越しに聞こえた蒼井のびっくり声に被せて、必死に否定する瑠音。

「信じたらだめだからね、私もパジャマなんだからね」

「開けたら分かるわよ――もがっ」

 高谷がとんでもないことを言い出したので、瑠音は強引に押さえ付けた。

「いたた……やられる~、助けて~」

「おい、大丈夫かよ」

 がちゃっとノブが回ってドアの開く音。面を起こした瑠音は、戸口に立つ蒼井と目が合った。

「開けたらだめだって言ったのに~っ」

「いや、言ってないぞ。見られたくないと言っただけで」

「同じよ!」

 手近にあった枕を掴むと、蒼井の顔面目掛けて投げる瑠音。見事にヒットした。続いて高谷の分まで投げようとする。

「待て、さすがに他人の家で枕投げする勇気はない。帰るから」

「分かればいいの、分かれば」

 軽く息を切らせる瑠音。ドアを閉まるのを見届ける。その間際、蒼井が割と大きな声で言うのが耳に届いた。

「何だよ、見られたくないって言うからどんな寝間着かと思ったら、普通にかわいいじゃん」

 そして扉は閉ざされて、立ち去る気配がかすかに伝わってきた。

「しっかり見られてしまったようね、結局」

 押し倒されたままでいた高谷が、上半身だけ起こして微笑した。

「もう……高谷さんて、どっちの味方なのか時々分からなくなることあるわ。普段は委員長として超真面目でおかたいと思っていたら、急におかしなことを先頭切ってやり出したりもするし」

「うーん? 自分ではさほど意識してないわ。でも多分、九十パーセントくらいは真面目にやっているから、その反動で好きなことを好きなようにやって発散したくなるのかな。先が読めなくても周りのみんなに迷惑を掛けているんだったら、ごめんなさいとしか言えない」

 台詞に合わせて頭を下げる高谷。

「迷惑じゃあないよ。ただ……」

 直前までまともに応えるつもりでいた瑠音だったが、急にいい返事を思い付いたので切り替える。

「委員長の旦那さんになる人は、大変かもしれないなあって思う。知らない一面が次々に出て来て」

「……人を二重人格みたいに」

 笑みをこぼしつつ、高谷は嘆息した。


 結局、初日はそのまま眠りに就き、翌朝は寝坊気味の朝八時起床となった。疲れが出たのだろうから仕方がない。とはいえ、人様の家ではちょっと、いやかなり恥ずかしい。親戚である瑠音でさえそうなのだから、他の三名は推して知るべし――と思ったら、そうでもなかった。

「普通にご飯食べるし、おかわりするし……」

 朝八時に起きたことを一番気にしているのは瑠音で、次が倉持。高谷は礼儀を尽くしているという自信があるのか、遅くなったことを恥じらいまじりに詫びたあとは昨日と変わらなくなり、蒼井に至ってはそもそも夏休みっていうのは夜更かし・朝寝坊するもんだろってな調子だ。

「みんな、今日の予定は結局どうするの?」

 とうに朝食を終えている月子が、自身の時間を削ってまであれこれ世話をしてくれる。

「基本的には暗号解読の続きだけど」

「実際に外に行くような行動が必要ってなったら、野木村さん次第ですので」

 蒼井に続いて高谷が答え、お茶漬けをそっとすする。半月型にカットされたたくあん一切れを箸で摘まんで器用に動かし、お茶碗にこびりついたご飯粒の小さな欠片を集めていた。

「――ということですが、どうですか、野木村さん?」

 食堂からリビングの方へ、張った声を掛ける月子。

「見ての通り、雨は降っていますが、思ったほどきつくはないなと」

 リビングでは野木村がテレビの画面から視線を外し、窓へと振った。

 近くのソファに収まっている宗久が肩をすくめる。

「警報が出ていたって言うのに、この分なら午後から出社だよ。野木村君のハイエースはお預けになるなあ」

「しばらくご厄介になりそうなので、いつでもどうぞ。ただ、さっきの天気予報では山側にかなり大量の雨がここ一週間で降り込んだみたいですね。災害発生の確率は普段に比べれば高まっていると言ってましたから、念のため、注意しておくに越したことはなさそうです」

「そりゃそうだ。もし君らも出掛けるのなら、充分に注意してくれたまえよ」

「はい、無理はしません。――瑠音さん達はどこか具体的に希望があるの? 行きたい場所とか」

「暗号解読に関して言うなら、まだあれから進展がないので……。だから行くとしたら図書館ぐらいかなあ」

「休館日……ではないわね」

 月子が携帯端末で調べてすぐに教えてくれた。そのまま食卓を離れて野木村へと画面を見せに行く。どうやら図書館のホームページに掲載されている周辺の概略地図を見せているようだ。

「図書館がここで、うちの前を通る道をずーっと伸ばして最初にある交差点が、この辺りになるんですが、分かります?」

「だいたい分かると思います。いやぁ、カーナビが壊れていなければ、この数値を入れるか施設名を入れればすぐなのに」

 厳密に言うなら、壊されていなければ、だよねと子供達が囁き合う。

「何でしたら、私もおともしようかしら」

 ふと言い出した月子に、野木村は目をぱちくりさせた。

「忙しいのではないですか。言っちゃあなんだけど、昨晩はあの電話のあと、あんまり宿題に身が入らなかったみたいでしたし」

「あれは気が昂ぶっただけで、一時的なものです。じきに落ち着いて遅れを取り戻したわ」

 言葉では落ち着いたとアピールしているが、声の調子は怒りがまたぶり返したように聞こえる。野木村は自分の頬の辺りを撫でて、しばし検討に入る。

 その間にも月子は瑠音達に向けて言った。

「本を借りるんだったら、私がいないと不便でしょう? 基本的に市民じゃないと貸し出ししてくれないもの」

「そっか。調べ物のことばかり頭にあって、借りる場合を忘れてた」

 瑠音は野木村の顔を見た。

「月子さんがいた方がいいよ、絶対」

「そうだね。分かりました。幸い、まだ乗れるスペースはありますし、月子さんには気分転換も必要に思えてきたので。当初の目的とは違いますが、一緒に行くとしましょう」

「いいんですか?」

「何を今さら。月子さんこそ本当にいいんですね? 図書館をはじめとする近場の施設に行くということは、あなたを知っているクラスの人達に見られるかもしれませんよ」

「……そうですね。もし私を知っている人に遭遇したときは、一応、遠い親戚の大学生ということにして話を合わせる。これでお願いします」

「了解。――こういう事情ですので、月子さんの方が先に乗ることになりますが」

 野木村は改めて宗久に言葉を掛けた。宗久は遅れて反応を示し、きょろきょろと左右を見る。

「えっと? 私に言ったのかい?」

「身内の方に一言お断りを入れておかないとまずいでしょうから」

 月子の両親は、すでに診療所の方で勤務を始めている。

「小さな子達も一緒なら、別にいいんじゃないの。まあ午前中の内に出掛けるんなら、私の口からご両親には伝えておくよ」

 このあと瑠音達小学生四人で話し合って、天気が大崩れしない内に動くのがいいだろうという結論になり、早々に出掛けることが決まった。

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