第27話 寄り道しつつ解読も

「僕が心配しても仕方ないけれども、家事はいいのかな?」

 図書館へ向かう道すがら、野木村が助手席の月子に尋ねた。

 帰りが何時頃になるかは天気次第、昼を跨ぐようならお昼ご飯も外で食べてくることにして、白上家を出発したのだ。

「はい。お手伝いの方がいらしてくださいますので。言っておきますけど、私が急遽休んだんじゃありません。元々、週に一度か二度だけなんです、私が料理から洗濯から何でもやるのって」

「それもそうか。考えてみれば、月子さんが毎日、何でもかんでもこなしているのだったら、お手伝いさんを雇う必要なんてないわけだ」

 十分あまり走って、図書館に着く。十時に開館してまだまがなく、加えて雨模様だというのに来館者はすでに結構いるようだ。災害が起きかねない大雨で外出しづらくなるから、今の内に本を借りてプチ巣ごもり生活をしよう、ということなのかもしれない。

「調べるべきことがもやもやしていて、霧の中って感じだけれども、とりあえず四つの世界遺産について調べる。仲間外れにできるような事柄があるかどうか」

 館内に入る前、駐車場で降りたところで瑠音が確認をする。

「もしくは、四つの世界遺産それぞれによく似た地形や地名、施設なんかがないか。たとえばミニ法隆寺とかミニ姫路城とか」

「全国にたくさんある○○銀座や小京都的な」

 倉持が付け足したが、たとえとして合っているような微妙にずれているような。

「あとは、後半の暗号にもちょっとは目を向けておいた方がいいかも。所々、変な言い回しが出て来てるでしょ。米とか鬼とか」

 そのやり取りを耳にした野木村が、「あ、鬼門なら」と、方角を示す言葉であることを教えようとした。けれども、横に立つ月子から袖を引っ張られて止められる。

「今のところは見守っているだけでいいと思います」

「……そうですね。自力で調べて、見付けるのが大事か」

 納得した野木村はそのまま黙ったが、子供らには聞こえていた。

「何か言った、野木村さん?」

「いや、何でもない。ちょっとした勘違い。さてそろそろ入ろう。いつまでも駐車場にいたら邪魔になるかもしれない」

 そこから二時間あまり、図書館に滞在した。

 お目当ての物がなかなか見付からなかったことも一因であるが、それ以上に白神山地や屋久島、姫路城に法隆寺についてのこぼれ話が面白くて、ついつい寄り道してしまったのが大きい。白神山地にある青池の青い理由は三つあるとか、屋久島の杉が長寿なのは菌に強い樹液を大量に出すためと言われていることとか、姫路城にはお姫様の妖怪がいて僧侶を蹴り殺した伝説が残っているとか、法隆寺には“七不思議”が“たくさん”あるとか、書物にちょっと目を通しただけでいくらでも見付かる。

「七つじゃ収まらないなら、無理して七不思議って言わなくていいのに」

「計算が合わないと言えば、屋久島の雨の多さをたとえて、小説家の人が屋久島はひと月に三十五日雨が降る、みたいなこと書いたんだって」

「普通なら『ないない!』って言うけれども、表現として面白いね」

 寄り道が過ぎておしゃべりが弾んでしまい、図書館の人や他の利用者から「しーっ」と注意されることも。反省反省。

「正午を回ったし、お昼ご飯にしようか」

 小説を読んで過ごした野木村と月子が囁き声で子供達四人に伝え、とりあえず館を出ることに。本筋の暗号解読に役立つかどうか分からないけれども、世界遺産に関する本を一冊と、方位方角について歴史的・文化的に解説したページのある物知り事典を一冊、借りる手続きをしてから車に戻った。


 スタンドに寄って車に燃料補給している間に、お昼ご飯の店をどこにするかを決めた。意見がばらける中、ご当地ファミレスなんて面白いかもという月子の提案であっさり一つにまとまった。

「ここからは……北東方向かな。さっきの道をそのまま直進して、ええっと、多分四つ目の交差点を左に曲がて少し行けばあります」

「四つ目があやふやっぽいね。交差点は通り掛かったときに教えてください」

 店員の誘導でスタンドから出ると、しばらくは月子の言った通りに走らせる。

「今さっき、北東って言った?」

 瑠音が助手席の月子に尋ねる。

「言ったわ」

「鬼門だよね?」

「そう。図書館でちゃんと調べたのね」

「うん。暗号の前半が解けてお屋敷が分かったら、そこの北東の方角を向いて立つ、でいいんだと思うんだけど、反対意見も出ていて」

「え? 北東以外に何かある?」

 月子の問い返しに口を開くのは蒼井。彼が反対意見の持ち主らしい。

「辞書には鬼門て、北東の他にうしとらの方角とも書いてあった」

「うん、そういう言い方をもする」

「だから案外、現場に行ってみたら、牛と虎の像でも建っていたりして、と思ったんだ。暗号を書いた人、一筋縄では行かない感じだし」

「色々考え付くものね。やっぱり、若いほど発想が柔軟なのかしら。私なんて鬼門てあるのを見たときにもう北東って疑いもしなかった」

「どこまで柔らかくしていいか、暗号を作る側も大変だ。で、ぼちぼち四つ目だと思うんだけど、交差点」

 野木村の指摘に月子は風景を確かめ、「次を左折です」と告げた。曲がったあと、話題が元に戻る。

「小学生向けに方角を仄めかす暗号を作るとしたら、モンキーなんてのもありかな。鬼門の反対でモンキー」

「それってまさか、鬼門の反対がモンキー、つまり北東の反対の南西を意味しているとかになるんですか」

 高谷が速攻で見破ると、野木村は笑い声を立てた。

「はは、参った。こんな気まぐれに思い付いた暗号をすぐに解くとは、ほんと、頭が柔らかいな」

「いえ、今のは話の流れで簡単すぎます」

「慰められているのやら、けなされているのやら」

 ご当地ファミレスには正午を二十分ほど過ぎた頃に着いた。

 案内されたテーブルに着いて各自が注文を済ませると、月子が席を立った。

「昼食の件で、ちょっとお家に電話しておきます」

 そう言い置いて、外に出て行った。店のドアが閉まりきらない内に蒼井が口を開く。

「清順さん」

「ん?」

「月子さんといい感じに見えるんだけど、高校生はゾーンを外れてる?」

「何を言い出すかと思ったら。水を飲む前でよかった」

 手にしたコップをテーブルに戻し、咳払い一つ。

「いい人だし、よく気の付く人だと思うよ。でもそれとこれとは話が別。――瑠音さん、確か月子さんはグループデートの予定があるって?」

「うん」

「友達に頼まれて仕方なく参加とかじゃない限り、男子の中にそれなりにいいなと思っている相手がいるはずだよ。全然気にならない異性ばかりいるデートに嫌々参加したって、面白くないどころか、苦痛だから」

「経験者は語る、ですか?」

 倉持も興味津々、聞いてきた。

「経験はあると言っておこう。でもわざわざ僕が経験談を語らなくたって、君らにだってある気持ちだと思うんだが、違うかい?」

「……」

「口火を切った蒼井君にずばり聞こう。いくら宿題のためと言ったって、夏休み、泊まり掛けで遠出するのって普通はないことだよな。女子と一緒だなんて、他の男子に知られたら冷やかされること確実だし。最初から断るか、迷うもんだと思うんだけど、結局は行く方を選んだ。その決め手は何だ?」

「それは」

 蒼井は一度口元をごしごしとこすった。瑠音、高谷、倉持と順番に見ていき、最後に野木村に視線を戻す。

「こいつらと一緒なら楽しいんじゃないかなーって思ったから」

「だろ。あんまり深くはつっこまないが、一緒にいて楽しいっていうのは、好意の一つの現れだ。つまり君は程度の差はあるとしても、三人を好きってことだ。――クラッチも含めてだよ、ははは」

「ばっ――」

 ばかばかし、もしくはばかを言うなとでも続けるつもりだったのだろう。けれども言葉はそこで途切れたままになった。

「野木村さん、反対意見!」

 手を挙げて抗議口調で言ったのは瑠音。

「何だい?」

「私は嫌いな男子っていないんだけど。少なくとも同じクラスの男子とは全員、均等にっていうか平等に接しているつもりよ?」

「瑠音さんは誘った側だから少し立場が違うとは思うけれども、まあ、嫌いじゃないのならいいじゃないか」

「そうなのかなあ、うーん」

 頭を両手で押さえる瑠音。その隣、窓際の席に座る高谷が「私も」と挙手した。

「私もそんなに差は付けてないつもり。ただ、一番好きな男子は他にいる。これって浮気になるのかしら」

 ちょっとした爆弾発言に、瑠音も男子二人も「え!」と声を上げ、次に「誰よ、誰?」と聞き出そうとする。

 高谷は軽く深呼吸をしていかにも答えそうなそぶりをした。が、

「もちろん、ひ・み・つ」

 とはぐらかしてしまった。一番好きな男子とやらが本当にいるのかどうかすら、怪しく思える。

「何か楽しそうな話している?」

 いつの間にか月子が戻ってきた。野木村の正面の席に座ると、「いない間に楽しいことがあったかと思うと、何だか損した気分」とこぼした。

「かる~く、恋バナになる寸前でしたよ」

 野木村が教えるとほぼ同時に、料理が運ばれてきた。


 昼食が終わって店を出ると、待ち構えていたかのように雨粒が大きくなった、駐車スペースまで駆け足でいき、その勢いのまま車に乗り込むと、ドアを閉じる。

「どうしよう? 図書館に戻るか、瑠音さん達がよければ他の遊べる場所に行こうかと思っていたんだけれど」

「図書館はとりあえずいい。借りたし」

「遊ぶのも、この雨では早く戻った方が」

「そうそう。高架下をくぐるとき水没するなんて、嫌だからね」

「高架で思い出した。高さ制限四米とか書いてあるの、昔は意味が分からなかった」

 話がどんどん脱線しそうだ。一方、雨はどんどん強まっている気がする。

「よし、分かった。じゃあ帰るでいいんだね?」

「うん、いいよ」

「――月子さんは? ついでに買い物を頼まれているとかは」

「ないです」

「よし。それじゃあ出発だ。えーっと、白上さん家に戻るには」

 入って来た道路のどちら方向に出ようかと、左右を見渡す野木村。雨はいよいよ勢いを増し、見える景色を白くしていた。

「引き返すよりも、まっすぐ行った方がちょっとだけ近いと思います。より一層の安全運転で行きましょう」

 月子のナビゲーションで方角が決まった。


 帰り着いたときには、雨の峠は越えていたものの、依然として勢いは強かった。そのせいか、今日は診療所の方もあまり来院者はいないらしく、駐車場はがらんとしていた。

「瑠音さん、足下を気を付けて」

「うん」

 建屋の玄関のなるべく近くに野木村が車を停めてくれた。瑠音は借りてきた本を濡らさぬようにと前屈みになり、足早に屋根の下へ。おかげで本は無事だったが。服の背中や肩口辺りが濡れて染みになった。

 着替えるほどではないのでそのまま広間に入り、四人で早速暗号解読を再開する。先に忘れない内にと、鬼門について「北東のこと」とメモ書きし、念のために丑寅とも呼ぶことがあると記してておく。

「ついでに、まだ不確かだけど、これも後半の暗号文に関係することだから」

 と倉持が気付いた点を述べ出した。

「車で走っているとき、高架下の話をしたの、覚えてる?」

「高架下……」

 瑠音にはぴんと来なかった。高谷も同様らしくて小首を傾げる。蒼井だけが、やや時間を取ったけれども思い出した。

「あれか。車が水没したらたまらない、みたいな会話してた」

「そう、それ。正確にはそのあとだけど。高さ制限で“米”って書いてあるのを見たっていう話」

「ああ、思い出した」

 そこまで言われて、三人とも記憶が甦った。そして一旦気付けば、みんな察しがいい。

「暗号文に出て来る米は、メートルを表す米と同じじゃないかって言いたいのね?」

「うん。ただし、あとの方だけ。前の方の米はメートルだと意味不明なんだ」

 後半の暗号文の一部を抜き出し、推測できたところに手を加えてみる。



  二つの交わるところに建つ屋敷こそ起点なり

  屋敷の『北東』に立て

  『メートル』の鬼の話す1から10までの数に耳を傾け、弱きもの四つを拾い上げよ

  弱きものたちの力を合わせ、答の分だけ『メートル』を進むべし



「確かに、最初の方の米をメートルにすると意味が通らない。でも、あとの方はこれで合っている気がする」

「だよね? 直前に数の話が出てきて、弱きものの力を合わせっていうのは足し算することなんじゃないかなあ。足した答のメートル分だけ北東に進む」

 跳び跳びになっている解読だが、意味がつながりそうな文章が浮かんできて、俄然盛り上がった。

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