第25話 順番決めはトランプで

 本当なら食事のあとも暗号解読を続けるつもりでいたのだけれども、楽しくやっているつもりでも宿題は宿題だ。根を詰めたせいか疲れとダレが出て来ていた。長距離移動したのも合わさって、お風呂が沸いたわよと知らせてきた月子の言葉に、素直に従うことになった。

「当然、男女別に二人ずつ入るとして」

「どっちが先に入るか、勝負だ」

 何でそうなるのと傍で見ていた野木村が呟いたが、瑠音達小学生の耳には届いていない。

「望むところよ。ゲームは何? 早くかたのつく、できれば一発勝負のがいいわね」

「トランプ。ポーカー……は、一発勝負だと面白くないから」

 ポーカーと聞いて、野木村が手を挙げた。

「僕から提案していいか」

「いいよ。三人一緒に入ることになるだろうから。どうぞ」

「ポーカーのルールをちょっとだけ変えるのはどうかな。二対二でできるようにするんだ」

「どういう風に?」

 みんな乗ってきた。野木村は学生同士でたまにやったことのあるゲームを思い出しながら説明した。

「平たく言えばチーム戦だ。今回は二対二だから、一チームにつき十枚を配る……いや、それだと引き分ける場合があるから十五枚にしよう。そしてチーム内で相談して、五枚ずつの手札を三つ作る。カードのチェンジはなしで、配られた十五枚を使うんだ。そして敵チームのどの手札に自分達のどの手札をぶつけるかを交互に決める。第一回戦はチームAが決めたのだとしたら、二回戦はチームBが決める。最後の三回戦は残った手札同士だから自動的に組み合わせが決まる」

 面白そう――瑠音は関心を持った。蒼井と倉持も明らかに興味を持って聞いている。そんな中、高谷が難しい顔をして質問をしてきた。

「対戦する相手の手札を決めるのって、一回戦を決める先攻が有利じゃありませんか?」

「さすが、気付いたか。ちゃんと計算はしていないけれども、先攻が有利になると感覚的に思う。その差を埋めるルールの続きあるんだけど、聞いてくれるかな?」

「あ、はい」

「まず、対戦する組み合わせを決めると言ったって、直感に頼っただけでは単なる賭けで面白みが足りない。相手の手札を想像するヒント、手掛かりがあればどうだろう? その手掛かりとして、相手チームのカードを何枚かめくれることにする。たとえば三枚だったら三枚、敵チームのどの手札のどのカードをめくって欲しいか、指定できるんだ。一つの手札に集中して三枚開けさせてもいいし、一枚ずつばらけさせてもいい」

「あ、分かった。そのめくれる枚数を、先攻と後攻とで差を付けるんですね?」

「ご名答。枚数は君達の間で相談して決めてくれてもいいと思うんだけど、参考までに、僕が仲間内でやったときは、先攻が三枚、後攻が四枚めくれることにした」

「試しで一回やってみたいな」

 蒼井が尤もなことを言ったが、これは女子チームが即座に拒否。

「だめよ。時間がないのに」

「ちぇ。それ言われると何も言い返せないじゃん」

「お風呂の順番ぐらいで、男がうだうだ言わないでよ」

「ぐらいって言うなら、俺達に譲ってくれよ~」

「冗談じゃないわ。さあ、みんなやる気になってるんだから、さっさと始めよっ」

「分かった……」

 蒼井が渋々受け入れ、倉持が「野木村さん、配る役をお願いします」と言った。


 先攻後攻を決めるために、まずはじゃんけん。ここでもチーム戦のこだわりで、二人抜きしてはじめて勝ちとなるルールを採用した。

 ここは蒼井があいこもなしで二連勝し、あっさり決着。このことで気をよくした蒼井は、鼻歌まで飛び出した。

「さて、クラッチ。先攻と後攻、どっちを取る?」

「どっちがどれだけ有利なのかは分かんないけど、僕的には相手のカードがちょっとでも多く見えた方が、勝てそうな気がする」

「よかった、同じだ」

 軽くハイタッチして、男子チームは後攻を選んだ。

「確認だけど、ジョーカーは入れることにするよ。ポーカーの役の強さは分かる?」

 野木村の問いに、瑠音が答える。

「確かジョーカーありだと、同じ数字四枚とジョーカーでできるファイブカードが最強。次に同じマークの10からエースまでを揃えるロイヤルストレートフラッシュで、三番目が同じ数を四枚揃えるフォーカード?」

「惜しい。三番目に強いのは同じマークで数が連続している単なるストレートフラッシュ。フォーカードよりも上なんだ」

「そうだっけ? 忘れてた」

「その下はフルハウス、フラッシュ、ストレート、スリーカード、ツーペア、ワンペア。この辺りは大丈夫だね?」

「うん」

「あと、エースとキングのつながりは、エース(A)、キング(K)、クイーン(Q)、ジャック(J)、10という場合にのみ認められる。これ以外の例えばK、A、2、3、4なんていうのはだめだから」

「分かった。早くしよ」

「待った待った。もう少しだけ。数の強さはAが一番で以下、K、Qとなる。役が同じだったら数の強さで勝敗を決めるんだ。ただしフルハウスの場合はスリーカードとワンペアの組み合わせで、スリーカードの部分の強さを優先して比べる。つまりAのワンペアとJのスリーカードからなるフルハウスよりも、2のワンペアとQのスリーカードからなるフルハウスの方が上。

 そして数の強さでも同じになったときは、マークで決める。いくつか地方ルールがあるけれども、今はスペード、ハート、ダイヤ、クラブの順番にしておくよ」

 野木村はここで一息つくと、用意されたトランプをシャッフルし始めた。

「ではお待ちかね。交互に一枚ずつ配って行くから、配り終えてから見るように」

 女子チーム男子チームの順で一枚ずつ、合計でそれぞれ十五枚になるまで配られる。そして両チームは背中を向けて、カードを見ていき、役を作りにかかる。もちろん二人で相談するけれども声は小さく絞らないと相手チームに聞こえてしまうのでご用心。

「考える時間は短いほど面白いから三分にする」

「えー?」

「では用意、スタート!」

 有無を言わさず、シンキングタイムの幕が切って落とされた。



 ここからは瑠音と高谷の女子チームの立場で見ていこう。

 配られたカードを整理して記すと次のようになった。


  スペードの2、3、4、5、6、J、Q

  クラブの5、8、Q

  ハートの3、6、7

  ダイヤの2、6


「マークに随分と偏りがありますこと」

 高谷がため息をついた。

「それに数も小さいのが多いし」

「でも、スペードの」

 皆までは言わず、ストレートフラッシュができていることを指を使って示す瑠音。当然、高谷もそのことは承知している。

「ここを確定するとしたら、こちらの三枚はあきらめるしかない」

 6のスリーカードを作ってQのワンペアと組み合わせることで、フルハウスが完成するのだが、やはりストレートフラッシュを崩すわけにはいかない。

「一つだけ強くて、、残り二つが凄く低い手になりそう……」

 三戦して二勝しなければいけないのだから、まともにやり合うと負ける可能性が高い。

 と、そのとき、男子チームの方から声が聞こえた。

「いや、やっぱこれは固定だろ。最強なんだから」

「だよね」

 肩越しにちらっと見てみると、蒼井が五枚のカードを裏向きにして横に置いていた。男子達は今の動作を見られたことに、気が付いていないみたい。

「手札、残りはあなたが決めていい」

 高谷が言い出した。

「いいの? まあ、残りの二つの役はどう組み合わせても、たいした強さにはなりそうにないけど」

「私はあれを見張っておく」

「あれって?」

「さっき、蒼井君が取り分けた五枚。恐らく向こうの方が強いカードになってる。私達が勝てるとしたらこれしかない」

 小声かつ早口で言われ、瑠音は完全には理解できなかった。だけど委員長の言うことだし、乗ろうと思った。

「分かった。じゃ、これで行くよ」

 瑠音は手元のカード十五枚を五枚ずつ、次のように分けた。


・スペード2、3、4、5、6でストレートフラッシュ

・スペードのJ、Q クラブのQ ハートの6 ダイヤの6でツーペア

・ハートの3、7 ダイヤの2 クラブの5、8でノーペア


「何だか、一人だけ凄い選手がいるスポーツのチームみたい」

「確かに厳しいけどやれるだけのことはしましょ」

 制限時間の三分はあっという間に経った。両チームは作った手札を伏せた状態に戻して、改めて向き合う。

「どの手札がどんな役なのか、覚えているね?」

 野木村の問い掛けに、「忘れたら勝負にならない」「もちろん覚えてる」と返事する両チーム。

「結構。では先攻の女子チームから、めくって欲しいカードを指定して」

「はい。委員長、どうするの? 作戦があるっぽいけど」

 この問いに高谷は耳打ちで答えた。

「真ん中の手札がさっき男子が言っていた“最強”。だからそこには私達のノーペアを当てる。これはもう決まり」

「ていうことは、残り二つの強さを見極めないといけない」

「そう。絶対確実なんて無理。どうせギャンブルになるんだけど……クラッチの性格に賭けてみる。あとはあなたの演技も必要だから」

「え? 急に言われても」

「いいから」

 高谷の指示を瑠音は頭にたたき込んだ。

 それから高谷は向かって一番左、倉持の前にある手札を指差す。

「それ、倉持君が並べたのよね?」

「え? うん、そうだけど」

 虚を突かれた形の倉持はすんなり答えたが、蒼井は高谷の質問の口調から、罠の匂いを嗅ぎ取ったらしい。

「おい、クラッチ。迂闊に答えんな」

「でも」

「何だか分からないが、油断しない方がいいぞ。相手は委員長なんだ」

「これから気を付けるよ」

「ざーんねん。私にとって欲しい情報はそれだけだから」

 高谷は余裕があるように見せた。男子達が戸惑っている間に、さっさとカードを指定する。

「それじゃ向かって左の手札の、向かって左から順に三枚をまとめてひっくり返してくれる?」

「三枚いっぺんにかよ。それでいいのか?」

「考えたって分かることじゃないし。さあ、早く」

 強い語気に押されたか、倉持が指定された通りのカード三枚を、一枚ずつめくった。それらはそれぞれスペード、ダイヤ、クラブの9だった。

「順序よく並べてくれていてありがとうね、倉持クン。うまい具合に開いたわ。うーん、スリーカード分ができてるんだ……」

「まずいよ委員長。あれフルハウスだとしたら私達のこれ、ただのスト」

 自分達の手札の一つを指でそっと差しながら囁き声で言った瑠音の口を、慌てたそぶりの高谷が両手で押さえる。

「余計なこと言わないの、瑠音ちゃんたら」

 押さえられた瑠音はもごもご言って口をつぐみ、何でもないふりをした。

(言われた通りやったけど。これでよかったのかな)

 男子の様子を窺うと、少なくとも今の瑠音の口走った台詞を聞き咎めたのは間違いない。彼らもまた耳打ちをして短く相談した。

「それでは次。男子チームがめくるカードを指定して」

「一枚指定し、それを見てから次を指定してもいいんだよな、清順さん?」

「もちろんだとも」

 確認を取った蒼井だったが、彼がまず指定したのは二枚まとめてだった。つい先ほど、瑠音が指差した手札に関し、両端を一枚ずつめくるように言う。瑠音がこれとこれねと聞き返してからめくった。スペードの2とスペードの6が露わになる。そう、ストレートフラッシュの役ができている手札に対して、瑠音はただのストレートであるかのように思わせる芝居を打ったのだ。

「2と6か……辻褄は合うね」

 倉持が言って、蒼井が首肯する。

「男子チームのめくる権利はあと二枚。どこをめくろうか」

 野木村が促すと、蒼井は別の手札二つのうち、真ん中をじっと見た。

「それの二枚を。えっと、右から二枚目と四枚目をめくる」

「これとこれ? 分かったわ」

 今度は高谷がめくると、ダイヤの2とクラブの8が出た。実際はノーペアの手札だが、この二枚が見えただけでは、フラッシュ系やストレート系ではないことが分かるくらいしか判断できまい。

「さあ、いよいよ組み合わせを決める段階だ。先攻の女子チーム、どれをどれにぶつける?」

「そうですね」

 とうに決めているはずなのに、高谷はまだ芝居を重ねた。顎先に右手人差し指を当て、考える仕種をし、さらに「どう思う?」と瑠音に聞いてきた。

(高谷さん、ある意味凄いわ)

 内心感嘆しつつ、口では「もう、任せるよっ」と言っておく。

「じゃあ、真ん中同士で」

 真ん中にあったノーペアの手札を、そのまま前に押しやる。相手は男子チームが“最強”の上と口を滑られた手札だ。

「男子チームはどうする? 残りは二通りだが」

「二通りって言えば、東経と北緯の組み合わせみたいだな。全部試したいところだけど、それはできない」

 蒼井は言いながら、倉持の手前にあった札を、スペードの2および6の見えている手札の前に持って来た。

「これで行く」

「いいんだね? 自動的に三つ目の組み合わせも決定だ」

 こうしてできあがった組み合わせは、瑠音達の側から見ると次のようになる。


一つ目:ノーペア vs 男子曰く“最強”

二つ目:ストレートフラッシュ vs 強くても9のフォーカード(多分)

三つ目・ツーペア vs ?


 一つ目は負けが、二つ目は勝ちが確定したと言える。決着は三つ目次第だ。

(恐らく圧倒的に不利なゲームを、どうにか五分まで持って来た。ほんと、委員長って策士だわ。もちろん、私のお芝居もちょっとは貢献したのよね。ストレートフラッシュを単なるストレートだと思ってくれたからこそ、フルハウスかフォーカードはありそうな手札をぶつけてきた。あ。ということは、男子の三つ目の手札はストレートよりも弱い?)

 瑠音が色々気付いていると、野木村は「一つ目の組み合わせからオープンしていこう」と言った。

 早速、瑠音と蒼井がそれぞれの手札を開いていく。ともに軽快だったが、途中で蒼井の方の表情が曇る。

「おい何だよー、委員長。ノーペアじゃんか」

 “最強”の手札、瑠音達が予想するところではAのフィアブカードに、何の役もできていない札をぶつけられたとあっては、一勝をあげた喜びも半減してしまう。

 次いで、第二の組み合わせに移った。ここで男子チームの二人は再び表情を曇らせることに。開かれたカードは、女子は先に記したようにストレートフラッシュであるのに対し、男子側の手札は9のスリーカードと7のワンペアからなるフルハウスだった。

「だまされた……」

 じろっと見据えてくる蒼井に対し、瑠音は汗をかく思いである。両手を振って必死の弁明。

「こうでもしないといい勝負にならないと思ったから。だってそっちにはAが四枚とジョーカーが入ってるんだなって、想像ができたんだもの」

「え、何で? 自分達の手札の中にAやジョーカーがないからって、そうは思わないだろ」

「それはね」

 高谷が静かに説明を始めた。

「あなた達がカードの組み合わせを作っているときに、『この手札は最強だから固定』みたいなこと言って、五枚をよけていたからよ。最強って文字通りに解釈したら、Aのファイブカードでしょ。まあAじゃないかもしれないけれど、ジョーカーがー一枚しか入ってないのだから、ファイブカードならどんな数であっても最強よね」

「そうか、それでファイブカードにノーペアを当ててきたのか」

「そういうこと。ファイブカードの手札を見失わないようにしようと、緊張していたわ」

 得意満面で語った高谷だが、急に顔つきを引き締める。

「偉そうに言ってみたけれども、まだ勝ち負けは分からないのよね。色々と作戦を使って、やっと互角に持ち込んだ。結局は次の三組目で勝敗が決まるの」

 そしてまだ伏せられたままの二つの手札、カード十枚に一瞥をくれる。みんな、自然と息を飲んだ。

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