第24話 正体判明
瞬く間にテーブルが淋しくなり、席に残っているのは瑠音達四人と宗久だけになった。お手伝いさんもいるにはいるが、ぼちぼち片付けを始めている。
「瑠音ちゃん達は宝が見付かった場合、どうするつもりなんだろう?」
少しお酒の入った宗久だが、意識も言葉も明朗なようだ。
「どうするって、レポートの形にまとめて提出するだけですけど」
「あははそりゃそうだ。だけどさ、万が一にも本物の、つまり値打ちのある物が出てきたら、そう簡単に事は済まないと思うんだ。誰の物になるのかっていう話から、もしかしたらニュースになるかもしれない。そうしたらマスコミがここに押し掛けて来る可能性だってある」
「別にいいんじゃないの?」
蒼井が、何をそんなに心配しているんだという風に首を傾げる。
「もしニュースになるような話だったら、きっちり報道してもらえば済む。お宝が誰の物になるのかって言うのも、あんまり気にしていないし」
「君達の気持ちはそれでいいんだろう。けどさ、月子ちゃんやそのお母さんやお父さんに迷惑になるかもよ」
「あ」
宗久の言葉の意味を、子供らはそれぞれすぐに理解した。その中でも一番敏感だったのは瑠音だ。
「ちょっと前に、ワイドショーが取材に来たんでしたっけ。学生時代の知り合いっていうだけで色んなこと聞かれて」
「そうなんだ」
宗久は、彼のキャラクターからすれば意外にも、周囲に注意を配り、声を落とした。
「外見上はなんともない風にしていたけれども、結構堪えたかもしれない。特に姉――月子ちゃんのお母さんは。だからなるべくでいいんだけど、もし見付かっても騒ぎが大きくならないようにしてくれないかな」
「分かりました。みんなもそれでいいよね?」
三人の友達から異論は出なかった。
「宝物を見付けてからすべき心配だと思いますけど」
高谷が率直に言うと、宗久は「ははは、違いない」と声のボリュームを元に戻し、笑い声を立てた。
「神経質になるのも許して欲しい。あのときは泥棒が盗んだ宝石の隠し場所を吐かなかったせいで、適当でいい加減な噂までネットで流されて少々弱ってたんだ」
「ここの診療所に隠してある、とか?」
倉持が言ったが、これはいくら何でも短絡的に過ぎる。
「うーん、そういうのもあるにはあった。昔の付き合いが今でも続いていて、宝石を預かったんじゃないかとか、逃亡の手助けをしたんじゃないかとか。もちろん警察はネットの噂だけで動きやしないから、実際に捜査員が来るなんてことはなかったが」
「朱に交われば赤くなるじゃないけれど、部活動が同じでちょっと親しかったくらいで、そう見られるのは迷惑な話」
瑠音が吐き捨てる調子で言うと、蒼井が「でも、俺達の班ぐらい仲よくしていたら、疑われてもしょうがないかもなー」なんてことを言い出した。
「はあ? 女子同士男子同士なら分かるけれど、四人全員が凄く仲いいみたいな言い方して。どうかしちゃった?」
「あれ? だってこうして一人の親戚のうちに泊まるってだけでも、凄い親しくしてると思うんだけど?」
「それはまあ……そうかもしれないけれども」
「言い換えれば一つ屋根の下で寝起きする、だものね」
瑠音が言葉に詰まったのを面白がったのか、高谷は蒼井の味方に付いたようだ。
「うわ、何か嫌だ、その言い方」
「クラスの他の子に知られたら、何て言われるかしら」
「あ――僕、もう何人かに言った」
「えーっ? 何てことを!」
倉持の発言に他の三人が大いに慌てたところで、宗久も食事を切り上げた。
「ま、楽しくやれたらそれが一番だ。あと、さっき私が言ったことを気にして、見付けるのをあきらめようなんて考えるな。応援してる」
「あ、はい、どうも」
励ましの言葉に素っ気ない返事をしてしまった……と瑠音が後ろめたさを覚えたときには、宗久はもう台所でお手伝いさんと二言三言話して、じきに出て行ってしまった。
「僕らもそろそろ」
「だけど、清順さんが戻って来たら一人ぼっちだぜ」
そこへ、宗久と入れ替わるみたいにして、当の野木村が戻ってきた。月子が続くものと思っていたら、彼一人だけで、ちょっと意外だ。
「野木村さん、どうだった? カメラに何か映ってた?の」
「宝を狙ってる奴、ほんとにいた?」
瑠音と蒼井が相次いで尋ねる。野木村は元いた椅子に収まり、湯気ののぼらなくなったお茶の残りを一気に煽った。
「映っていたことは映っていた。でも、宝探しとは関係ない」
「なーんだ。じゃ、やっぱり車好きな子が、野木村さんの車を見たくて覗いてたっていうこと?」
「それも違う。今、月子さんが無茶苦茶怒ってるよ」
「ほ? 月子おねーちゃんが? どうしてですか」
聞いてから、そりゃまあ他人が勝手に敷地内に入ってきたら腹が立つのは当然だけれども、と思った瑠音。しかし野木村のさらなる説明を聞いて、驚いた。
「僕の車に泥の痕跡を残したのは、月子さんに執着してる同級生だった」
「げえっ。まじですか?」
反応が変な言葉になったのは、瑠音達小学生の声が四つ折り重なったせい。
「そうみたいだ。僕もその男子の顔写真を前もって見せてもらっていたから分かったんだけど、防犯カメラに映っていたのは確かに同一人物だった」
「はーっ。何しようとしてたのかしら」
高谷が好奇心を隠さずに聞く。
「まだよく分からないけど。今は月子さんがその男子の家の固定電話に電話を掛けて、抗議と注意をしてるところ」
「そんな刺激するような真似して、いいのかな」
「通話をスピーカーモードにしてもらって、僕もしばらくやり取りを聞いてたんだけど、気の弱そうな反応をしていたな。だからって危険じゃないとは言えないけれども、月子さんも高校に入ってからはその男子のことを注意して見ていたようだ。だから性格や扱い方をある程度把握できていてる様子だった。この分ならまあ大丈夫だろうと思って、引き上げてきたんだよ」
「はあ……もてるのも大変みたいね」
高谷が瑠音の方を見ながら、同意を求めるようなアクセントで聞いてくる。何と答えていいのか分からず、曖昧に笑ったあと、「もてたことないから分からないよ」と言い足した。
「とにかく、これで動きやすくなったかもしれない。天気がよくなったら、君達の運転手役として」
「えっと、何か関係あるんですか? 月子さんのことと運転手してくれることとが」
倉持が素朴な疑問という体で聞き返す。野木村は首を傾げた。
「あるよ。あれ? 瑠音さん達女子に知られているのだから当然、みんなに伝わっているのかと。月子さんに彼氏のふりをしてくれと頼まれた件」
「あ、それならおしゃべりの最中に聞きました」
「だったら分かるんじゃないか。僕が偽者の彼氏を演じなくてもいいだろうから。それだけ自由に動き回れる」
「それなんだけど、清順さん、里帰りはしなくていいのか?」
蒼井が心配げに聞く。野木村はすぐには答えず、空になった取り皿を別の取り皿に重ねた。
「帰ろうと思えばいつでも帰れるから。別に大病を患っている家族がいるわけでもないしね。それに比べて宝探し今このときだけだ。最後まで付き合ってみるのも悪くない」
「……何かいい感じに答えてくれたけれども」
蒼井は真顔で始め、言い終えると胸を反らせて野木村の気持ちを透かし見るような視線を送った。
「もしも今、恋人がいて故郷でデートする約束があったら、同じ台詞を言える?」
これには高谷が手を打って喜んだ。
「面白いっ、いい質問」
瑠音も面白がって「野木村さん、早く答えて」と急かす。
野木村は最初のほんの一瞬だけ戸惑ったようだったが、そこは大学生。すぐに返事を思い付いたようだ。
「決まっている。同じ台詞を言えるぞ」
途端に、「ええっ、ほんと? うそだー」と軽いブーイング。野木村は四人の子供らを手で制した。
「まあ落ち着いて聞きなさい。僕の返答には続きがある。とりあえずその恋人を連れてきて、宝探しに付き合わせるよ。それを嫌がるような相手なら、別れてもかまわん!……多分」
「おおー、さっすが大学生の年の功。俺的には最高の答」
席を離れた蒼井は野木村に右手を出した。握手を求められていると気付いたようで、野木村は微苦笑を浮かべながらもしっかり応じた。
「あのう、皆さん。楽しく盛り上がるのもいいのですが、食べ終わったのなら、そろそろ片付けさせてもらってもいいですかね」
キッチンの方から顔を覗かせたお手伝いさん。笑顔ではあるが、ひょっとしたらいらいらしているかも?
「はいっ、ごちそうさまでした!」
瑠音達に野木村を加えた五人は声を揃えて言うと、誰が言うでもなしに、使った茶碗や箸やコップなどを台所に運び始めた。
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